勝負の世界は何かと勝ち負けに注目してしまいがちですが(勝ったらもちろんとってもうれしいし)、でも、負けるとしてもまずは試合に出ないと負けられないわけで、そのことをもっと軽んじない心構えでいられたら、もう自分の出番がある試合があるだけでハッピーなのかもしれないです。
べえす かえ
ずっとそうではあるのですが、ここのところインプットがめちゃめちゃ楽しくて、名前は聞いたことあってずっと気になっていたいろいろなアーティストのCDを聴きまくっております(ようやく現代に追いついてきましたが、いまだにサブスクよりもついCDに偏ってしまいがちです。12年愛用中のiPad nanoも現役!)。
こんな音楽があったのか…!!とびっくりしながら、新しさやその信念みたいなものとかがばしばしと伝わってくると、自分の細胞が生まれ変わるような感じがして良いです。多少は今後のわたしの演奏も何か影響を受けるかもしれません。今は昨日発売日だっただいすきなアーティストのアルバムを聴いてこれを書いております。ちょっと音に気を取られてなんか変な文章になっていたらごめんなさい。
写真はあまり乗らない沿線の電車に久しぶりに乗った時の車窓から。小雨が寒く秋らしい日でしたが、川面の波紋に生命力を感じました。
べえす かえ
「シンリョウトウカ」の季節ですね。
せっかく日本語を歌うのなら、
音から感じる季節感を大切にしたいなーと思ってます。
アレンジは勿論、歌声でも表現したいって日々研究してます。
言葉が持つ季節感は直接的なものだけでなく、
感情を表す言葉にもあるような気がしてます。
この時期にいつも思い出すのは、
2006年9月に2曲同時並行で作っていた「秘密」と「トリコ」
感情は思い出とリンクして季節感を手に入れるのか、
この2曲の中に出てくる「嫉妬」や「心酔」は秋の匂いが合うような。
感情が焼き付いた季節を、涼しい風が冷まして、
この秋も少しずつ深まっていくのかなと感じました。
他愛もない。
noa
週末、2回目のワクチンを受けて抗体作りに必死な体は39度近くまで体温が上がりました。
なんでこんなことになっちゃったんだろう、と無力な自問をしながら天井を眺めてました。
一人の人間が一人でいくら頑張っても、できることはたかが知れている。
まずは隣にいる人と何が生み出せるかがすべてであり、その初心を忘れている限りは時間の経過がすべて幻です。
隣の隣の隣・・・・の隣の人が製造したワクチンが僕の体の中に入り、だるさと関節痛にやられながらも、この世の中で過ごすリスクを少し下げる。
地べたを這う実感を維持しないと、この状況下で意識を強くもって生活することはできない。
一日経って回復して、またその実感は軽くなってしまいましたが、ゆっくりと考える機会になりました。
ワクチンといわずとも、すべての表現行為が同じ様だと思いたい。
きーぼーど まっけん