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点滅信号に感情移入

甘ずっぱい独身生活 音楽 猥雑 その他愛しいもの なんしか日々。



明日(正確に言うと今日)、数ヶ月前から計画していた友人達とのシークレットパーティ in Anywhere


参加者は一緒に計画していた友人達とその近しい知り合い達だけなので、


結局シークレットも何もなかったんですが。


その辺が変に律儀な僕は、一人秘密を守り通していました。


誰にも言っちゃイケナイ、タフな事情でもあるのかと思ってビビってたのに。


小豆島旅行が入ったこともあって、仕事でもしたことがないスケジュール調整が難しかったのに。


黙っていたのは僕だけでした。



だから、


30?歳になるけど20?歳にしか見えない4CO姐さん、


お誕生日会に参加できず本当にゴメンナサイ。



毎度懲りずに誘ってくれるCOA姐さん、


出来の悪い隊長をいつもサポートしてくれるチェンミー隊員、


家の都合だなんて言って本当にゴメンナサイ。


たしかに明日の夜までお盆行事で強制的に実家なんですけど、その後の深夜はのっぴきならぬ秘め事があるんです。



シークレットと言われていたもので・・・。


この埋め合わせはきっとします。


ロープでもロウソクでも三角木馬でもなんでも言うことをききます。



それはうそです。


なので、この場を借りて謝罪します。





みんな愛してる。



「二十四の瞳映画村」

小学校以来になる、本物のひまわり畑は感動しました。




二十四の瞳

壷井 栄 著


敏腕バスガイド「豆岡キン子(仮称)」さんから学んだいちばん大切なことは、


「二十四の瞳」という映画・小説の存在です。



バスツアーで立ち寄った二十四の瞳映画村では、映画二十四の瞳(主演 田中裕子)が上映されていて、


ほんの短い時間でしたが見てみました。


でも、その数分で惹き込まれるものがあり、一度ちゃんと映画を見たいな~と思いました。



それまで、この有名な小説・映画のタイトルを知ってはいましたが、


内容については、戦時下を描いたものであるということだけは知っていたので、


正直、


暗澹な気持ちになる気がして敬遠していました。


けれど、僕が映画でみたその数分のシーンは、小豆島の寒村に赴任してきた若い女性の先生と、


その生徒とのほほえましいやりとりのシーンで、単純に「続きが見たい」と思えたのです。



その後、映画村の見学も終わり、ホテルに向かう道中で、今バスが走っている場所が小説の舞台になったところ


だということを聞かされたこともあり、


その場所がとても趣のある岬にあたる場所の船着場だったこともあって、


ますます見たい、


というより「二十四の瞳について」知りたいと思い、


今朝、帰りのフェリーに乗る前に書店で小説をみつけ、


数時間前に読み終えたところです。



まだ頭のなかでごちゃごちゃしていてうまく読後感想を言えないですが、


以前想像していたような内容ではなく、


あとがきの言葉を借りると、


「・・・しかし「母性の作家」である壷井 栄は、この暗い現実を、やわらかくほぐし、明るい愁い(うれい)のある世界にしている」


と表現されているように、深い母性に焦点を当てた小説だと思います。


庶民の視点からの戦争告発、戦争批判という側面もありますが、なによりも心に残ったのは、


どんな状況からでも強くたくましく立ち上がる人間の美しさでした。


あまり内容の事に触れるのはよくないと思うので、これ以上は書きません 笑。



でも、とても胸を打たれました。


絶対的に重い、過去の現実を目の当たりにすることになりました。


小説の後半を読んでいると、フェリーの甲板の上でだんだんと目頭が熱くなってきて、急に涙が溢れました。



恥ずかしいことに、読み終えてから気づいたのですが、


奇しくも今日は終戦記念日。


これまでの人生でいちばん、太平洋戦争が日本に与えた傷の深さを思い知らされた、


気の遠くなるような数の尊い命がほんの数年の間で奪われたという凄まじい現実を思い知らされた、


8月15日になりました。




はたっ


と目を覚ますと、いっそう蒼く濃い海、オレンジ色の日差し、オリーブの葉で覆われた山々、


マルキン醤油の看板


が、目に飛び込んで来ました。


どうやら甲板で死んでいたうちに小豆島に到着したようです。




小豆島 坂手港に到着した「さんふらわあ あいぼり号」




腹痛に「淡麗」はいかがなものであったかと不安になりましたが、


存外、小豆島に上陸してからは調子が良く、


「あすこに見える大衆食堂で、大衆が押しかける前に讃岐饂飩を食すなど、如何なものか」


と母リエコに端的明確に告げ、


「大衆食堂大阪屋」(小豆島に到着したのにいきなり「大阪屋」)に、


11時40分に入店しました。




大阪屋

(壁一面のアサヒスーパードライの歴代販促ポスターと、天井一面のカラフルな謎の提灯がハイセンス。)



若干お値段が資本主義価格ではありましたが、


ショキングパープルのスゥエットパンツを穿いた、


恐そうな彼氏に寵愛されていそうなかわいい店員さんと、


水槽からパワフル&ダイレクトに掴み挙げるおばちゃんの腕に必死に絡み付くが


敢え無く鉄板に叩きつけられて悶え苦しむ蛸をおいしく頂く、


その名も「たこの残酷焼」、その他海産物がマイウーだったので、満足して店を出ました。



腹が満たされたのと、甲板で惰眠を貪ったおかげですこぶる体調のいい僕と家族一行、


さっそく観光です。




長崎県佐世保市で生まれ育ち、高校生当時スチュワーデスを目指していた母ですが、


腎臓の病気のためスチュワーデス採用試験で不合格となり、


その後、採用試験のため勉強していた英語が生かせるということで、


地元の佐世保米軍基地に就職して数年間勤めたのち退職、


大阪の旅行代理店に就職し、


そこで父親に捕獲された母リエコ当時25歳、



ですが、


今回の旅行は、「父親に捕獲される前の華やかりし頃の母リエコ」


ツアーをプランニングしたとのことで、


今日は「バスツアー」に参加するとのことです。


「バスツアー」なるものに参加するのは大人になってからは初めてで、


バスガイドの「小豆 キン子さん(仮称)」が、


「ようこそ小豆島へ~♪」とマイクで言い放った瞬間に一気に楽しくなりました。



小豆島についての予備知識が、「小説『二十四の瞳』の舞台になった」ということと、「醤油とオリーブの名産地」


ということぐらいしか知らなかったので、


地形、人口、風土、歴史などを小豆 キン子さん(仮称)がバスの中で説明してくれたのが勉強になりました。


でも、


一番前の席に座る僕の目をじっと見つめながら、


縦横無尽にカットインしてくる、


おばちゃん独特のダジャレに「またまた~」「うまいこというわ~」「よっ、日本一」等の、


合いの手を、一人ですかさず入れ続ける4時間半はタフでした。


勉強になりました。



以下、立ち寄った観光地の画像です。




寒霞渓(かんかけい)

海底が隆起して出来上がった渓谷。





あいちゃん(メス)

猿まわしの猿を生業とする8歳(人間の20歳にあたる)のギャル猿。

気だるい仕草、適度の「やらされてる感」がアンニュイでセボン。



20何年ぶりに今年2月(?)に誕生した双子のベイビー猿。

うち1匹は僕と同じ、尻フェチ。




ホテルの裏の海岸

干潮時に砂浜が道のようになる「エンゼルロード」

満潮時に歩くともれなく本当の天使になるので注意だぞ!


(小豆島旅行 3 に続く)