脱・同居嫁が専業主婦はじめました! -9ページ目

脱・同居嫁が専業主婦はじめました!

結婚して間もなく始めた義両親との同居
しかし後悔の毎日…

やっぱ、同居むりーっと、3年後、脱獄成功☆
パラダイスな別居生活も束の間…

5ヶ月後に震災で住まいを失う
子供の撮りためた写真、思い出の品など…究極の断捨離を体験。
仕事も辞めて専業主婦だぜぇ!

今日、買い物から帰って息子と一緒にお昼寝してしまって起きたら


5時半…。



ちょっと寝るつもりがこうなるよね~。



だって仕事から帰るの9時だもん。
混乱した世界に疲れてるんだもん。


悪いけどね、いーじゃん。
休みくらい。







したらババァが

味噌汁は作ったし、昨日の残りのシチューがあるから

あとは餃子焼くだけだから!(やりなさい)



暇してんなら、オマエがやれば

なんてさっきまで寝てた人間が言えるはずもなく




「はい。分かりました。」

と感情を全く込めず返事。





旦那の帰りが7時ころ。




出来合いの餃子焼くだけなら、10分もあればできるじゃん。



5時時半に焼く必要もないなと判断。

息子と遊ぶなり、ケータイいじるなりしてたら




私が席を外したら

ババァが

「早くやったらいいべ。

もさくさして(行動が遅いの意)。


◎※▼£%&#。


困ったもんだ。」




と、ジジイに言ってます。

ジジイも「うん、うん。」てな微妙な反応。




私も聞かなきゃいいんだけどね。


今に始まったことじゃないけどババァが必ず何か言うからね。






だって5時半から作りはじめなくとも十分間に合うし。


ババァはいつも早くにご飯支度を終わらせる。



でた。サマータイムならぬ、シルバータイム。




でもね、私はせっかく餃子焼くなら、温かいの食べてもらいたいじゃん。


なら帰宅の15分位前からでも十分可能。




味噌汁だってやる気になればすぐできるし。





自分の考えとそぐわないからって、困った人間扱いすんな。



子供もその戯言聞いてるだろ!!






郷に入っては郷に従えということわざもあって、その通りかもしれないけど。




従えない自分がいる。





餃子ひとつ焼くのも面倒くせー。





早くおさらばしたいぜ。
いろんな意味でパー





震災直後の話でもはや1ヶ月も前の話になるんですが…


誰かに聞いてもらわないと悔しい思いが成仏(?)できないから…。




まず、震災があった日から5日くらいは義家の茶の間で雑魚寝してました。


余震がたくさんあったし、いつでも逃げられるようにってことで。

実際、震災後も津波注意報で2回避難しました。



最初は仕方がないかなと思ってたんですが、やっぱりだんだんストレスが重なってきました。


電気が来てなく暖をとるには昔ながらの反射式ストーブがある茶の間で過ごすしかなかったんですね。


24時間、ずっーと義親と過ごした……結果



まじイライラMAX!!



だいたい9時には寝るんですが、余震で起きたりいろいろ考えたりすると眠れなかったり。


甘えかも知れないけど、朝だってまだ寝てたいのに、義親は何時だったろ?6時前には起きてるみたいで普通に会話してる。


近くでうちらが寝てるんだから、ヒソヒソ声で話せばいいのに。


私達は義親が寝たら、そのくらいの配慮はしてましたよ。



で、息子もそれに合わせて起きちゃうじゃないですか~。

そしたら私も起きないといけないじゃないですか~。


奴らがいなければ(少しの配慮があれば)もっと寝れていたのに!!って思うじゃないですか~。



のくせに、「孫くん、おはよう。お腹すいたか~」とか。



違わい!!!!!

で、やっと1週間経つか経たないかくらいの時に、私達は茶の間の隣の部屋に、義親は茶の間を出て廊下を進んだ奥の部屋で寝ることになりました。




で、別部屋になって初めの朝は7時くらいに起きちゃったかと思います。


義親はこれがおもしろくなかったみたいで…





次の日の朝いきなり


「○×$§@*&だっ!!!!起きろっ!!!!!」

って何事かと心臓バクバク、ジジイに叩き起こされました。



何て話してたのか分かんなくて、旦那が息子を抱っこして起きて行ったら、ジジイにめっちゃ怒られました。



「この非常事態にいつまで寝てるんだ!!もう7時だぞ!!よそではもう起きて水汲みとかしてるんだぞ!!」てな話でした。



時間みたら6時40分くらいでしたけどね。

その早め早めのサマータイムならぬ年寄りタイムやめろよな。




叩き起こされた一瞬でまた津波で避難?かと思ってびくびくで


起こされブチ怒られ、ストレスもあったし不覚にも泣いてしまいました。



声を殺し殺し。
私にも非があったとしてもあまりに嫌な起こされかたに腹がたって、


「昨日は2時まで寝れなかったんです。連絡が取れない人のこととか、いろんなこと考えたら寝れなかった。何もあんな起こし方しなくても良かったじゃないですか!!」


って言ったら、ババァが

「そんなの、みんな同じだから。あんたが特別な訳じゃない」と一蹴。




………。


クソババァ。





みんな一緒と言われれば一緒だ、
でもさ、心の傷ってか被害に対する気持ちって人それぞれ。



私は津波が来た後の壊滅した町が燃えているの、本当にCGなのか夢の中なのかと思うような光景も見たし。


その中に行方不明の同僚がいるって考えたら布団の中では眠れなくて。






井の中の蛙には分からんわ!!




それに他所の家とすぐ比べる。


義家出るときの家族会議で旦那が隣の家といちいち比較するな!って言ったこと忘れてる。


ボケ老人だから仕方がないけど。




やはりここは完全アウェイなんだと思いましたね。



さらにその後、ジジイが「この非常事態に家族がバラバラじゃダメなんだ。」とかほざいてる。




だから私はアウェイだって!!!!






まじイラつくので、その日の夕方にババァと再バトル。




電気の来ていない冷蔵庫内に「期限が今日までだけど食べて」ってもらったものの、


ババァのずさんな管理により結局期限が切れてしまった豆腐と

期限が切れそうな牛乳があったのでまず牛乳を出しました。



で湯豆腐にしようと豆腐を切って鍋に入れました。



そこにババァ登場。


「おらど(ジジイババァ)はいらないから。

お湯はストーブの上で沸いてたのがあるからそれ使って。」

……わかってるし



「あとガス使わないで、ストーブにかけてたほうがいいんじゃないかな」

………
いちいち言われんでもそうするし。

って気持ちが

「んもぉ!!分かってます」って言葉に乗り移ったようで




ババァがジジイに告げ口。

またジジイに「この非常事態に贅沢言ってるんじゃない」って怒られました。




贅沢って。あるもの食べるのが贅沢ですか。



ババァなんか米はたくさんあるとか言って無駄にご飯炊いてるけど


米だっていつ底をつくか分かんなかったから、日持ちしない今ある物でお腹を膨らまそうって考えが贅沢でした?



私「期限も過ぎてるし、ご飯炊かないである物食べようと思ったんですけど



それにガスだって一度も使ったことないです」

って言ったら



ババァ

「だって料理しないじゃない」だって。




…………。


タヒね!!!!!




機会があればするさ。



子供の世話とかあるんですけど。


子供がいるからって出来ない訳じゃないけど、暇してるババァが今まで通りやればいいじゃん。





ババァが子守りして、私がご飯支度すれば良かったんですかね。


ならば言えばいいじゃん。


さらに私「それにいちいち行動みられて、あーしろこーしろ言わなくてもだいたい分かります。」



って言ったら


ババァ「だって、あなたがどう考えてるか私には分かりません(プイー」





私「だったらいちいち、指示しないで、見守ってくれてもいいんじゃないですか。(てか実際見守りとか要らねーし」




ババァは離れたとこにいたジジイにあーだこーだ告げ口してました。





水汲みも行ってたし、自分家族の洗濯(ジジイババァ以外)だって冷たい水で手洗いしてたし。


配膳もしてたし。




もちろん子供のこともちゃんとしてたし。


動かずぐーたらしてた訳じゃない。


なのに、自分のやり方にそぐわないだけで、出来ない、ワガママ、贅沢、そんな言われようでした。







もう知らね。



どーでもいいし。




まぢタヒね。


と思った1ヶ月前でした。(てか今もー






あーイラつく
今日は仕事休み。


息子は保育園。



午前中は掃除洗濯片付け


お昼前に家を出発。




買い物と津波で流されてしまった通帳があるので銀行へ。


義両親とのお昼なんてまっぴらごめんパー


私は焼きたてパンが売ってるところに行きたかったのさ!!
(この期に及んでワガママ)




買い物前にアパートの跡地へ。



ほーんとに何もない。



ここにアレがあったのにな、とか


お風呂はここ。3人でお風呂入ってたのにな、


この辺で寝てたな。


バルコニーの柱もグニャリと曲がってる…



見れば見るほど
考えれば考えるほど悲しくなる。



前行ったときもそうだったのに。


またしても何で何一つ残っていないとこに行ったんだろ。


思い出探ししたかったんだろーか

自分がよくわからん。




延々と続く道路脇のガレキを見てると泣きたくなるんだ。


泣きたかったのかな?





泣きたいけど、涙が出ないよ。


いっそのこと、大泣きできたらいいのにな。








被害区域では、舗装されてたはずの道路すらなく砂利道になっていたり

折れたり、へしまげられた電柱。

4階まで津波が来たことを物語るマンション。


木の枝にかかる漁業用品。



あり得ない光景。




でもちょっと高い道路に行くと、そこには日常がある。

当たり前にしっかり建っている家。
何もなかったみたいな。




でも少し進めば、非日常のあり得ない世界。




目的地に着くまでに繰り返される。

全く別の世界が隣り合わせで心がえぐられるよう。




ここにいる人たちは、本当に死と隣り合わせだった。

誰しもが、あのときこうしていたら自分は助からなかったな、という避難ストーリーを持っている。









ケータイで撮った写真。


アパートで撮った写真に写る物


テレビ、家具、おもちゃ、服、家電…




借り物ながらも気に入っていたアパート

壁、お風呂、キッチン、バルコニー…


みんな、もうない。







でも


そこに写るいちばん大切な"者"だけは残された。




ありがとう。







大切な人を失い、家にあった写真や思い出の品までうしなってしまった人の喪失感と言ったら…


想像つくはずがない。







布団に入ると、いろいろ考えてしまうな。


やだやだ(;ω;`)






朝がくれば
子供に元気もらって


大変だけど、職場のみんなと笑いこけることもあって楽しいよ。



目覚めたら元気になるけど、夜は考えちゃうよ。



眠れない夜の独り言でした。




おやすみ。