ある繁華街の喫茶店へ行きました。


かなりの人通りの一等地にある店です。


放っておいても来客があるようなところです。


やる気の無さそ~、な声で出迎えられ、


どうでもよさそ~、な接客態度を満喫し、


帰る時だけは、やけにうれしそ~、な見送りを受け、


まぁ、


どうでもいい印象の店でした。




以前、


「○○店のオーナーは、てんで愛想が無いんや。でも商品はよく売れている。


 だから、商売は接客やないんや!接客の向上なんて無駄や!」


と話されている方がおられました。




商売は立地です。


商売は商品です。


ニーズに応えられているならば商売は成り立ちます。


利益を上げる事は商いの正義です。


しかし、


商売とは利益を上げる為だけのものでしょうか?


「関わった全員が得をしないと商売じゃないんだよ」


以前日記に書いた、ある人の言葉です。


人は事に仕えることによって育つものです。


仕事とは、


人を育てる物でなければならない。


商売とは、


利益を上げるという目的の下に関わる人間が育つものでなければならない。




得をするとは必ずしも金銭的な事だけではないという事。


人間性を高める為の商売という事を忘れてはならないと思います。




専門学校に行くのは負け組だと思ってます。


特にくりふすみたいなケースは典型です。


一度社会に出て、


上手くいかないので、


学校に逃げ込んだわけですから。




専門学生が社会を動かしてるのはそうそう聞きません。


どちらかと言えば動かすのを手伝っている、


動かされているイメージがあります。


自分は動かす事をしたいです。


だから、


負け組だという事を自覚して、


一体、


自分に何が足りないのか、


常に考えながら日々に取り組もうと思います。


時間と言うのは本当に待ってくれないものです。





捨身(すてみ)⇒


生命を捨てる覚悟で全力をふるってする事(岩波国語辞典より)




「強敵に捨身であたる」とか「捨身の攻撃」とか。


例え命を失っても相手に必ず勝つ!


自分のプライドを守る!


みたいなイメージがあります。


さて、


このイメージどうですか?


命を捨ててまでするって、


何のためにします?


敵に勝つため?


敵って誰?


自分のプライドを守るため?


命を捨てれる程のプライドって、そうそうありますか?


命を捨てる程なのですから、


よほどの理由が無いと言葉が成り立ちません。


理由がないなら自殺になってしまいます。




「捨身」


この言葉の本当の意味は、


誰かの為に身を捨てる事、という意味です。


人の為に自分を捨てれるか?


という意味なのです。




人の為に捨身になれる機会は日常に沢山あります。


親や友達など、身近な人間関係、


職場の人間、取引先、ユーザーの為、


起業者としての社員や社会貢献の為などなど。


捨身になれるか、なれないか。


この心構えだけで人生の価値が大きく変わって来るのです。


人としての輝きが大きく変わって来るのです。




どうですか?捨身になれますか?