昭和初期に建てられた木造校舎だった。
ロウで毎日磨かれた廊下は
木々の間をすり抜けて
窓から差し込む陽光で揺らいでいる。
まるで、
そこに川が存在しているようだった。
教室の扉は重く
小学校低学年の力で開けるのは必死だった。
1階が1年生の教室で
上の階に行くほど上級生の教室だ。
さっちゃんは、小学校2年の時に転校してきた。
成績は中の上くらい
吸込まれそうな
大きな瞳は真っ直ぐに人を見る。
困っている人を見ると、放っておけない性格の
優しい子だった。
帰り道が途中まで一緒だったから
よく2人で帰った。
おれは
異性に興味があるような年では無かった。
好きという感情がわからなかった。
大切な友達だった。
最初は・・
学校まで続く道は2本あった。
標高667m
校門から東西に伸びる下り坂は
桜の木が等間隔で植えられていた。
車が1台、通れるかどうかという細い道である。
おれたちは
東側に下る道で帰った。
ある時、不思議なおじさんに出会った。
そのおじさんは
帰り道を塞ぐように両手を伸ばし
ニタっと笑って立っていた。
まあるい眼鏡の奥の目が怖かった。
足首ですぼまったズボンを履き
妙にベルトをきつく締めていたため、
ズボンに入れたシャツはシワだらけだった。
日焼け?なのか、汚れなのか?黒い顔には無精髭と
伸びっぱなしの鼻毛をそのままにしたその顔にも
無数のシワがはしっていた。
突然、
『おっまえら』
『ちち・・チンゲ生えているか?』
と、
聞いてきたのだ。
『生えてないよ!』
って言うと
『炙りゃあいいぞ・炙りゃあ』
『そうすりゃあなあ・きき・きっと生えるで』
と、自分の問いに即答してきた。
なんだ?このおじさん?
不思議に思ったが、それ以上のことは何もなかった。
ところが
次の日も学校の帰り道に同じ場所に現れて
『おっまえら』
『ちち・・チンゲ生えているか?』
と、
聞いてきた。
『生えてないよ!』
って言うと
やはり、炙れ! と、言ってきた。
おれは家に帰って、母ちゃんに
『ねーチンゲって、炙れば生えるの?』
って聞いてみた。
『生えるわけねーだろーばか!』って
広告を丸めた棒で頭をひっぱたかれた。
そして・・
おれとさっちゃんは、また次の日も出会ったのだ!
全く同じやりとりがあった。
ただ・・
昨日までと違うことが一つだけあった。
おれら3人?以外に、
下から上がってくるお爺さんがいたのだ。
『生えてないよ』
って言った時、
その杖をつきながら上がってきたお爺さんは
不思議そうにおれらを見て、
『誰と話しをしとるね?』
と、聞いてきたのだ。
どうやら、お爺さんにはチンゲおじさんが見えないらしい。
またか?
と、思った。
よくあることだった。
おれにしか見えない人がいるのは・・
ただ・・
後にも先にも、会話をしたのは初めてだった。
そして、
おれは、あることに気づいた。
さっちゃんにも見えていたのだ。
おれと同じように見えている子がいることが
無性に嬉しくなった。
さっちゃんとは、休みの日も一緒に遊んだ。
セキュリティーの曖昧な当時の校舎は、簡単に忍び込めた。
おれは、
一階の光る廊下で、
何度か魚が泳いでいるように見えたことを
さっちゃんに言ってみた。
そして、おれは
さっちゃんと一緒に、それを見たのだ。
さっちゃんは、ヘビがいると言った。
え?
と思い、見直すと
ヘビが何匹も絡まっていたのだ。
おれはさっちゃんと手を繋いで一気に廊下を走って
奥の理科室に向かった。
硬い廊下を踏んでいるはずの靴底に、
妙に柔らかい感触があった。
変だった。
変なんだけど
変なことに疑問を持たなかった。
理科室には、
オカルト定番のホルマリン付けされた生き物や
人体模型
クジラの骨 なんかがあった。
学校の怪談的なものが、おれらの学校にもあったのだが
まさに、その怪奇現象を見た。
『ギ・ギギ・・』と音がしていた。
天井からぶら下げられているクジラの骨が
風もないのにグラグラと揺れているのである。
おそらく、おれらはおちょくられたのだ
慌てて逃げ出した。
それから2年後、
隣で建築中の新しい校舎が完成し
旧校舎は壊された。
そして・・
変な噂を耳にした。
取り壊した旧校舎の下から
何体もの人間の骨が出てきたと・・
時が経ち
小学校の高学年になって
4年生にもなると
さっちゃんに対して
友達以上の感覚を持ち始めていた。
それは何だかは、わからなかった。
3年生でクラス替えがあり、
おれらは違うクラスになったが、
それでもたまに会っていた。
おれらは何人かを集め
少年探偵団を結成し
立入禁止区域とかに潜入しては探検をしていた。
帰りはいつもさっちゃんと一緒だった。
4年の夏休みに入る頃だった
用水路を探検した。
それが
さっちゃんとは最後の探検になった。
おれらは
チャリで並列に坂を降りていった。
用水路からずーっと長い下り坂である。
夕焼けが、ちょうど背中にあった。
夏でも日が沈むと涼しくなる。
さっちゃんは急に
『けんちゃーん』っと
大きな声でおれの名を叫んだ。
『何?』
って聞いたけど
また
『けんちゃーん』っと
大きな声でおれの名を叫んだ。
なんとなく、さっちゃんは泣いているように見えた。
意味がわからないけど
おれも
『さっちゃーん』って
叫んだ。
空は青からオレンジ色に
そして
色濃くなっていた透き通った藍色から
一番星が顔を出していた。
さっちゃんを見たのも
それが最後だった。
夏休みの間に
さっちゃんはお父さんの仕事の関係で千葉県に転校していた。
急に決まった転勤だった。
学校でその事実を知り
声を出して泣いてしまった。
かけ慣れた電話番号にダイヤルしても
もう、
だれも出なかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
この思い出は
『銀河への案内図』という曲にして
今でも大切に唄っています。
