やってみて
失敗して
覚えて
調べて
また挑戦して
繰り返して ようやく小さな結論が出る。
その積み重ねが経験になる。
特におれは 不器用で、あたまが悪い。
覚えないから、何度もやる。
情けないと思う。
いくらやっても覚えないこともある。
『ちくしょう!』 と思う。
だけど
これが重なると、
『経験という名のライブラリ』 になる。
自分に能力が無かったおかげで、
いろんなことを覚えた。
知りたいことはたくさんある。
だから今でも、それを繰り返している。
繰り返しになるが、おれはあたまが悪い。
出た大学も三流だ。
大学四年生の時、
長野県の高校教員採用試験 に
まぐれで合格したのだが
それを選択しなかった。
ほんと、バカだ。
就職担当の教授からはひどく怒られた。
当時、バブルと言われた時代である。
公務員なんかよりも、
派手な仕事がしたくて選んだ企業だったのだが
結果
本社から子会社への左遷を命じられ
今は系列の町工場で働いている。
待遇は劣悪になったが、仕事の内容は変わらない。
なんとも情けない現実である。
働くというのは 大変である。
なんだか愚痴っぽくなってしまったが
こんなことを書きたかったわけではない。
仕事における『判断』は、利益に直結する。
長く、同じ業界にいると
どうしたら良いかは
経験を積んできたおかげでわかるようになった。
おれは、仕事では プロだ。
上司は、もっと大変だと思う。
更にそのプロよりも知識が必要なのだから
ところが
残念なことに、現実はそうではない。
立場に胡坐をかき
知ったかぶりで
夢を指示する お偉いさんたちには、
もう、
うんざりなのだ。
メディアで得た、ちんけな知識を得意げに話されても、
聞いているこっちは、その道のプロ
堂々と話をするその馬鹿面を見ていると
こっちの方が恥ずかしくなる。
ちなみに
あきれた事例をひとつ
溢れんばかりの仕事量と、
不運にも退職者が出たことが重なり
休日を使っても調整がきかない状態の時に頂いた、
ありがたい名言である。
---------------------------------------
『時間っていうのはね、
無いんじゃーないんだよ
自分でつくるものなんだよ』
---------------------------------------
と、
言われた時は、正直 ふき出しそうになった。
(てめーは ソクラテスかプラトンかよ)
組織の中で
事実を把握し、信念を貫くのは 大変である。
発言の仕方では、
左遷 とうイベントの次に待っているのは
解雇 というイベントである。
~~~~~
おれには
歴史上の偉人で、唯一尊敬している人がいる。
山本五十六(新潟県長岡市出身)だ。
過去の偉人には当然、会ったことは無い。
古い話ほど、信憑性に欠けるが
現存する記録は 事実を語る。
知識や経験が豊富だった
山本五十六氏は
日本の軍事力の規模が、
アメリカに対して絶対的に不利だったことを知っていた。
それを伝え
戦争に対して、猛烈に反対した軍人だった。
陸軍や右翼から命を狙われても、
その信念を堂々と表明していたのである。
たとえて言うならば、
北朝鮮で、
書記長の判断に苦言を呈している
側近の軍人がいるようなものである。
山本五十六の判断が正しかったことに
政府が気づいたのは
彼の反対した
『負けると知っている戦争』で
戦死した後だった。
政府の絶対的な力には逆らうことができず、
命令に従った結果だ。
負けるとわかっていても
彼は命令に従い、最善を尽くした。
洗脳された日本に対して、『反戦』を訴えたのは
相当な覚悟があったに違いない。
無念だったと思う。
山本五十六の名言である。
-----------------------------------------
やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、
ほめてやらねば、人は動かじ。
-----------------------------------------
自分がやってみせて
言って聞かせて
やらせて、
うまくいったら褒める。
こうしないと 人は動かない。
という意味である。
実によくわかる明言である。
自分で理解をして、
見本をみせることが大切である。
自分でできないと、やり方は説明ができないものである。
ここで、もう一度
前述した
わが社のお偉いさんの名言を確認してみよう
--------------------------------------------
『時間っていうのはね、
無いんじゃーないんだよ
自分でつくるものなんだよ』
--------------------------------------------
つくづく思う。
目の前で、
時間を止めたり、
時間をあやつる 魔法を見せて頂きたいものだ。
最後まで 読んで頂き、ありがとうございました。
先日、ひょんなところで
山本五十六氏の遺品を見てきました。
