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国は正しい?? 水俣病と福島原発

国は正しい?? 水俣病と福島原発

水俣病では多くの人が苦しみました。それは「水銀が毒だ」ということが初めてわかったからです。それまでは神社の朱色は硫化水銀、女性のおしろいは酸化水銀、奈良の大仏は水銀アマルガムを使っていました。

水銀を工場で使ったのは日本窒素という会社でしたが、もちろん国の許可をえて創業を開始し、社会にも貢献していました。でも、事件が起こると国は責任を逃れ、日本窒素は裁判所から「無過失責任(過失はないけれど責任はある)」という判決を受けました。

まさに、何かが起こると「国は正しい、民に罪をかぶせる」ということを裁判所が追認しているのです。操業手順を守り、認可を得て、排水基準を守っていた日本窒素は残念だったでしょう。もちろん日本窒素にも若干の問題点はありましたが、「国が正しい」ということを前提としているので、責任を一手にかぶったのです。

福島原発も同じでした。東京電力の態度はいただけませんが、「民間の会社に任せておいては危険だから」という理由で「原子力安全委員会」、「原子力保安院」、「原子力安全機構」など公の機関を数多く使い、あたかも「安全は国が責任をもって審査している」ということだったのですが、未だに国は訴えられず、誰も罪に服していません。

役人は何をしても罪はない、国の認可は何も認可している訳ではない、でも国の認可を得ないと何も出来ないという社会は間違っています。司法がシッカリしないので、法的に改善されることもないでしょう。私たちがこのことを意識し、日本国の主人として直していくしかないと思います。

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中部大学武田邦彦
(平成24年5月29日)

勤労の義務 日本国憲法27条

勤労の義務 日本国憲法27条

第二十七条 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。

憲法を大切にしようと思っている人も普段の生活やテレビなどのコメントを見ていると、27条を知っているのかな?と思うことが多い。たとえば「ニート」という言葉が普通に使われたりしている。

ニートという用語はもともとは英語で16才から18才の青年を指すけれど、日本では内閣府が15才から34才で「勉強も勤労もしていない人」と定義している。つまり、日本国憲法に違反して勤労の義務を果たしていない人だから、「恥ずかしいこと」なのに、何となく「なんでニートが悪いのか?」という感じも漂っている。

でも、ニートを認めても良いという日本社会の風潮は、政府や識者側にの責任がある。勤労の権利を行使できるぐらい勤め先が充分にあるか、日本人はどのように生活するべきなのかなど基本的な問題が未解決だからで、まずは「偉い人」の方でみんなが27条を守れるようにしなければならないだろう。

ここで、なぜ憲法で「勤労の義務」を定めているか、簡単に解説する。日本が国として成立するためには「誰かが働かなければならない」。一つの方法として「貴族と平民」という2つの階級を作って「貴族は働かず、平民は働く」と決めることもできる。

でも、今の日本は天皇陛下以外はすべての国民に階級制はない。だから、「平等」ということを現実的に達成するためには「働ける人は全員が働き、一部の人だけに働かせない」という思想なのだ。私にはもっともなように思う。

「身体満足で、教育が終わった人は全員働く」ということを、ここで私たちはもう一度、理解し、まずはそれに沿った言動をすることが大切と思う。そうすれば行き先がわからなくなっている、生活保護、ニート、就職難、リストラ、年金、エコポイント、太陽光発電など多くの問題が解決に向かって進むだろう。


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中部大学武田邦彦
(平成24年5月30日)

東北人の誠意を見せて下さい:一関市長と議会に謝罪を求める

東北人の誠意を見せて下さい:一関市長と議会に謝罪を求める

現代の日本人の悩みの一つは「ケジメ」をつける誠意と勇気を失ったことでしょう。少し前にはJR西日本が大きな事故を起こしたのに社長が辞任せず、もがいて事故隠しという不祥事を招きました。近くは原子力安全委員会が判断ミスをして福島原発が爆発したのに、相変わらず1600万円の年俸をもらいながら、委員を辞任しません。

かつて日本の小学校では「間違ったら謝ること、潔いこと、誠実であること、それを実行する勇気を持つこと」を教育したものです。

私は昨年の秋、事故から半年ほど経ったところでテレビ放送で「東北の一関は汚染されたので注意した方が良い」という旨の発言をしましたら、東北から一斉にバッシングを受けました。特に一関市長からは2011年9月7日に公開非難を受け、議会からも謝罪を求められました。

これによって、私は学者としての信用を一部、失墜し、東北のマスコミは私が敵のように報道し、郡山市は私のアドバイス職をキャンセルしました。個人としての被害は甚大でした。でも、岩手県でも一関市などが汚染されたことがほぼわかっていました。学問的な情報を提供するのは学者の仕事でもあります。しかも半年後です。

一関の人は次の事実をどのように感じているのでしょうか? 私への批判は間違っていて、個人を追い詰めたことについて、誠意と勇気は無いのでしょうか?

1)私の発言の直後、2011年9月9日、1キロ583ベクレルのウシ2頭を出し、出荷停止をした、 その後も汚染食材を多く生産した(個別のことは一関市の人が知っておられる)、
2)農家が東京電力を相手取って、汚染による被害を補償するために約4000万円の訴訟を起こした、
3)国の「汚染状況重点調査地域」の指定を受けた一関市が、国の承認を待たずに除染に着手する方針を明らかにしたことについて、岩手県知事は「国が先頭に立って、東電が早めに手を打つのが基本。強く県からも促したい」と除染を国に働きかける姿勢を示した(一関市は岩手県知事に「一関が汚染されていることを認めたのはけしからん!」と抗議文を送っていない)、
4)一関市は5月22日独自の判断に基づき市内の学校施設で本格的な除染作業を開始した。子どもの安全を優先する観点から国の手続き遅れに堪忍袋の緒を切らした。

日本人には誠意が求められます。私の手元には市長と議員からの抗議文がありますが、いったい、このまま一関市は「武田は個人だから、無視しても良い」という態度を続けるのでしょうか?

日本の再建には、誠実さと誤りを認める勇気がいります。一関市自体、東電の不誠実、政府の不誠実に反撃をしていますが、いったい、自分自身の不誠実なら黙っているのなら誠実とは言えません。私は早く一関市の汚染を指摘したのだから、学者として批判されることはないと考えます。

一関市長と議会の誠意と勇気、東北人の魂に期待します。そして今後「正しいこと」を発言した人が被害に遭わないためにも、大切な一つの儀式と思います。









中部大学武田邦彦
(平成24年5月28日)