生保の苦情ワースト5はアフターサービス
「結局、広い意味でのアフターサービスに不満がある……ということか?」前回調べた各保険会社の苦情発生率に続き、その内訳を見ながら考えています。
生命保険協会のホームページでは、各社の苦情の内訳について、2011(平成23)年度の第1四半期から第3四半期までの詳細を確認できます。
苦情は、
(1)説明不十分などの「新契約」関係
(2)口座振替・送金など、保険料の「収納」関係
(3)名義変更・住所変更、解約手続きなどの「保全」関係
(4)入院給付金の支払い手続きなどの「保険金・給付金」関係
(5)職員の態度・マナーなど「その他」
の5項目に分けられています。さらに項目ごとに、全部で38の内容に区分されています。具体的に、どんな内容の苦情が多いのでしょうか。国内大手4社の数字を集計してみました。
まず、部門別で発生率が高い順に並べると下記のようになります。
(1)保全関係…34%(2)その他…27%(3)保険金・給付金関係…17%(4)収納関係…11%(5)新契約関係…11%
小数点以下を四捨五入しているので、4位と5位は同位ではありませんが、2010(平成22)年度の数字を調べても、4位と5位が0.3%差で入れ替わっているだけでした。また、保全関係がトップに来るのは、大手4社に限ったことではなく、一般的な傾向でもあります。
次に「内容別発生率」のワースト5は次の通りです。
(1)アフターサービス関係…10%(2)入院等給付金支払い手続き…8%(3)解約手続き…8%(4)職員の態度・マナー等…7%(5)満期保険金・年金等…4%
2点、お断りしておきますと、実際の5位は「生保カード・ATM関係」6%でした。ただし、この苦情は大手4社以外ではほとんど見かけないものです。
しかも、今回は日本生命で13%超と突出して高い数字が出ていて、より例外的な順位になっている可能性が考えられるため、6位の満期保険金・年金等を繰り上げて列記しました。
それから、具体的な内容がわからないので、各部門の「その他」は順位をつける際、除外しています。
加えて、関連業務の発生件数が違うことも認識しておくべきかもしれません。機会が少ない業務の場合、例外的に発生した苦情が、発生率を大きく上昇させることがあるとも思われるからです。
とはいえ、個人保険だけを確認しても、2010(平成22)年度末の大手4社の保有契約は4000万件弱、2011(平成23)年度第1四半期から第3四半期までの新契約件数は約340万件です。
入院等給付金支払い件数と解約件数にしても、23年度分についてはわからないので、平成22年度の実績を調べてみたところ、前者は約820万件、後者も約155万件と相当数の母数があります。
そんなわけで、特にいびつな結果が出ているわけでもないのではと推察します。
あらためて付記しておきますと、2010(平成22)年度の大手4社の苦情発生件数を、年初と年度末の保有契約件数を足して2で割った数字で除して算出してみた「苦情発生率」は1%に届いていません。
それが多いのか少ないのかも私にはよくわかりません。「不満があったら、必ずコールセンターなどに連絡する」というお客様ばかりでもないだろうと想像する必要もあるでしょう。
いずれにしても、上位に並んでいる苦情の内容からは、お客様が対面販売を主流とする保険会社および担当者に何を求めているのかが、うかがえるような気がします。
(4)の「職員の態度・マナー等」以外は、広義のアフターサービスとまとめられそうだからです。
この点については、そもそも、主に新規契約から得られる報酬で生計を立てている営業社員に、契約後の保全手続き等まで約束させる業態が自然だろうか? とも考えたりします。
通信販売での契約が多い会社などでは、苦情の傾向も違うのでしょうか。別の機会に調べてみたいと思います。
生命保険協会のホームページでは、各社の苦情の内訳について、2011(平成23)年度の第1四半期から第3四半期までの詳細を確認できます。
苦情は、
(1)説明不十分などの「新契約」関係
(2)口座振替・送金など、保険料の「収納」関係
(3)名義変更・住所変更、解約手続きなどの「保全」関係
(4)入院給付金の支払い手続きなどの「保険金・給付金」関係
(5)職員の態度・マナーなど「その他」
の5項目に分けられています。さらに項目ごとに、全部で38の内容に区分されています。具体的に、どんな内容の苦情が多いのでしょうか。国内大手4社の数字を集計してみました。
まず、部門別で発生率が高い順に並べると下記のようになります。
(1)保全関係…34%(2)その他…27%(3)保険金・給付金関係…17%(4)収納関係…11%(5)新契約関係…11%
小数点以下を四捨五入しているので、4位と5位は同位ではありませんが、2010(平成22)年度の数字を調べても、4位と5位が0.3%差で入れ替わっているだけでした。また、保全関係がトップに来るのは、大手4社に限ったことではなく、一般的な傾向でもあります。
次に「内容別発生率」のワースト5は次の通りです。
(1)アフターサービス関係…10%(2)入院等給付金支払い手続き…8%(3)解約手続き…8%(4)職員の態度・マナー等…7%(5)満期保険金・年金等…4%
2点、お断りしておきますと、実際の5位は「生保カード・ATM関係」6%でした。ただし、この苦情は大手4社以外ではほとんど見かけないものです。
しかも、今回は日本生命で13%超と突出して高い数字が出ていて、より例外的な順位になっている可能性が考えられるため、6位の満期保険金・年金等を繰り上げて列記しました。
それから、具体的な内容がわからないので、各部門の「その他」は順位をつける際、除外しています。
加えて、関連業務の発生件数が違うことも認識しておくべきかもしれません。機会が少ない業務の場合、例外的に発生した苦情が、発生率を大きく上昇させることがあるとも思われるからです。
とはいえ、個人保険だけを確認しても、2010(平成22)年度末の大手4社の保有契約は4000万件弱、2011(平成23)年度第1四半期から第3四半期までの新契約件数は約340万件です。
入院等給付金支払い件数と解約件数にしても、23年度分についてはわからないので、平成22年度の実績を調べてみたところ、前者は約820万件、後者も約155万件と相当数の母数があります。
そんなわけで、特にいびつな結果が出ているわけでもないのではと推察します。
あらためて付記しておきますと、2010(平成22)年度の大手4社の苦情発生件数を、年初と年度末の保有契約件数を足して2で割った数字で除して算出してみた「苦情発生率」は1%に届いていません。
それが多いのか少ないのかも私にはよくわかりません。「不満があったら、必ずコールセンターなどに連絡する」というお客様ばかりでもないだろうと想像する必要もあるでしょう。
いずれにしても、上位に並んでいる苦情の内容からは、お客様が対面販売を主流とする保険会社および担当者に何を求めているのかが、うかがえるような気がします。
(4)の「職員の態度・マナー等」以外は、広義のアフターサービスとまとめられそうだからです。
この点については、そもそも、主に新規契約から得られる報酬で生計を立てている営業社員に、契約後の保全手続き等まで約束させる業態が自然だろうか? とも考えたりします。
通信販売での契約が多い会社などでは、苦情の傾向も違うのでしょうか。別の機会に調べてみたいと思います。
子どもの理科離れはなぜ起こるか? 空気的事実の罪
子どもの理科離れはなぜ起こるか? 空気的事実の罪
学校では理科でアルキメデスの原理を教え、それを理解した子どもは「北極海の氷は海に浮かんでいるので融けても海水面には関係がない」とわかる.ところが家に帰るとNHKで「北極海の氷が融けて海水面が上がる」と言う.
学校では理科で物の融点というのを教え、それを理解した子どもは「温暖化すると南極の氷は増えるのだな」とわかる.ところが家に変えるとNHKが「温暖化すると南極の氷が融ける」と放送している.
学校では理科で光合成と微生物による分解を学び、それを理解した子どもは「森林はCO2を吸収しない」と言うことを知る.ところが家に帰るとNHKで「森林がCO2を吸収する」と解説している.
学校では歴史の時間に「ローマ帝国はゲルマン民族の大移動で分裂した。それから500年後はとても暖かくノルマンが活躍した」と教わる.それを理解した子どもは「ドイツに住めないぐらい寒い時期があった。ノルマンの時期は北の氷は融けていた」と覚える.ところが家に帰るとNHKがIPCCが示したという「これまで世界の気温は常に一定だった」というグラフを見せられる.
大人の世界、特に日本の大人の世界では「科学的事実」はどうでも良く、そんなことを言う学者は疎まれる.それより「お金」だから「ウソでもうまく回れば良い」という空気的事実が優先する.空気的事実には役人の利権がついているからNHKは受信料を払う国民ではなく、認可権を持っている役人を向いている.
子どもの理科離れが問題になって久しいが、これほど大人が理科や社会科を無視すれば、子どもは敏感だから勉強がイヤになることは間違いない.
今から4年ほど前、機械工学科のある男子大学生が「先生、勉強して良いのでしょうか?」と聞いてきた.機械工学科は産業の基盤となる技術を教える.でも家に帰れば政府が節電、グリーンを政策にし、「生産を縮小して貧乏になるのが良い」と言っている.若い心はこの矛盾を許せないのだ。
今の日本の大人はなにをやっているのだろうか? 電気代が国際価格の2倍なのにさらに2倍の太陽電池に群がる人たち。温暖化を気にして国全体でCO2を減らしているのは世界で日本だけ.運転中の原発が爆発したのは日本だけ.原発を運転して出来る核廃棄物を子どもに回そうとしているのも日本だけ。もう、変えないと行けない。
学校の先生も魂を失い、学問的事実と空気的事実を混合して児童生徒に伝える。こんな学校教育を受けている子どもが可哀想だ。
中部大学武田邦彦
(平成24年6月1日)
学校では理科でアルキメデスの原理を教え、それを理解した子どもは「北極海の氷は海に浮かんでいるので融けても海水面には関係がない」とわかる.ところが家に帰るとNHKで「北極海の氷が融けて海水面が上がる」と言う.
学校では理科で物の融点というのを教え、それを理解した子どもは「温暖化すると南極の氷は増えるのだな」とわかる.ところが家に変えるとNHKが「温暖化すると南極の氷が融ける」と放送している.
学校では理科で光合成と微生物による分解を学び、それを理解した子どもは「森林はCO2を吸収しない」と言うことを知る.ところが家に帰るとNHKで「森林がCO2を吸収する」と解説している.
学校では歴史の時間に「ローマ帝国はゲルマン民族の大移動で分裂した。それから500年後はとても暖かくノルマンが活躍した」と教わる.それを理解した子どもは「ドイツに住めないぐらい寒い時期があった。ノルマンの時期は北の氷は融けていた」と覚える.ところが家に帰るとNHKがIPCCが示したという「これまで世界の気温は常に一定だった」というグラフを見せられる.
大人の世界、特に日本の大人の世界では「科学的事実」はどうでも良く、そんなことを言う学者は疎まれる.それより「お金」だから「ウソでもうまく回れば良い」という空気的事実が優先する.空気的事実には役人の利権がついているからNHKは受信料を払う国民ではなく、認可権を持っている役人を向いている.
子どもの理科離れが問題になって久しいが、これほど大人が理科や社会科を無視すれば、子どもは敏感だから勉強がイヤになることは間違いない.
今から4年ほど前、機械工学科のある男子大学生が「先生、勉強して良いのでしょうか?」と聞いてきた.機械工学科は産業の基盤となる技術を教える.でも家に帰れば政府が節電、グリーンを政策にし、「生産を縮小して貧乏になるのが良い」と言っている.若い心はこの矛盾を許せないのだ。
今の日本の大人はなにをやっているのだろうか? 電気代が国際価格の2倍なのにさらに2倍の太陽電池に群がる人たち。温暖化を気にして国全体でCO2を減らしているのは世界で日本だけ.運転中の原発が爆発したのは日本だけ.原発を運転して出来る核廃棄物を子どもに回そうとしているのも日本だけ。もう、変えないと行けない。
学校の先生も魂を失い、学問的事実と空気的事実を混合して児童生徒に伝える。こんな学校教育を受けている子どもが可哀想だ。
中部大学武田邦彦
(平成24年6月1日)
そのままの人生
そのままの人生
ネットなどを見ているとやたらと批判的、挑戦的、けんかっ早い人が多いように思えます。相手の顔が見えないことで普通なら遠慮するところなのに、そのままストレートに感情をぶつけることが出来るからかも知れません。
また何か不満があって、そのはけ口にネットを使っているということもあるでしょうし、あるいは人を脅してそれを商売にするというのもこの世のことですからあると思います。
ところで、私も江戸っ子の気質が残っていて、かつてけんかっ早い方だったのですが、ある時から「心の底から喧嘩にならない」ようになりました。そのもっとも大きな理由は「自分は自分の意見が正しいと思っているけれど、相手は相手が正しいと思っていることを正しいとしている。相互に違うだけ」ということがわかったからです。
人は「自分が正しい」と思っていることを「正しい」と錯覚しています。本当はそれは「誰から見ても正しい」のではなく「自分から見ると正しい」と言うことに過ぎません。その時の「正しい」という根拠は、「自分の生い立ち、自分の経験、自分の頭脳構造、自分の利害、自分の将来、自分の家族のため、自分の国日本のため」などどちらかというと自分中心です。
私の人生の一つの目標は「ありのままの自分」、「ありのままの人生」でした。考えてみると「こうなりたい」と思うことは大切ですが、それでも自分は自分で「日本人である」ということなど変えようもありません。少し努力をするにしてもできる範囲は大したことはなく、学者ならせいぜいノーベル賞を取るぐらいです。
ノーベル賞を取ることはすばらしいことで、それに至る努力や才能は尊敬すべきものですが、「たかがノーベル賞、されどノーベル賞」という域をでるものではありません。一人の人間の「そのままの価値」はそれを上回ります。
「ありのままの自分で、この世を生きていけないか? ウソをつかず、いつも誠意をもって人に接し、額に汗しただけの範囲で満足し、時に病気をしたら仕方ないと思う」・・・そんな自分が32歳からの自分の目標でした。
それまでは「少しでも得をしよう」と思って、いいわけをしたり、人を出し抜いたりしなかったわけではありません。でも冷静に考えてみるとどうも結局、その方が損をしていることにも気がついたのです。
「人の意見は自分と違っていても「間違っている」とは思わない」、「ありのままの自分で良い。それで損をしてもそれは元々の自分の力だ」と思えるようになってからの自分は、心の底から腹の立つこともなく、テレビでアガることもなく、楽しい人生を送ることができるようになりました。
もちろん、子どもを被曝させるような政策には心底から腹が立つのですが、「どうしてそんなことを考えるのだろうか? 歳を取っても自分のことがかわいいのだろうか? もしかすると自分が間違っているのではないか?」と考えますから、少し余裕が出ます。
病気になると落胆はしますが、「気をつけているなら病気になるのは運命だし、気をつけていなければ自分の責任だから」と思うことができるようにもなりました。
最近、「普通の人なら、「これを言ったらどうだろうか? あれは・・・」と考えるのに、武田先生はいつもそのまま言って、それで普通にやっているのだからビックリします」と言われてこの文章を書く気になりました。
確かに私の最初のうちは「ありのままの自分」というものに不安を感じていましたが、今では「正直で誠意があれば、周りは何とかしてくれる」と思っています。
その直接的なきっかけは原子力でした。原子力基本法で「自主、民主、公開」が原則になっていて、なんでもそのまま発表し、発言してみると、一部を隠していたときよりスムースに行くではありませんか! 一部を隠しているとそれが引っかかって考えが前に進まないのですが、隠しごとがないとスッキリして見通しがとてもよくなり、人の気がつかないところまで見えてかえって評価されるようになったのです。
中部大学武田邦彦
(平成24年5月31日)
ネットなどを見ているとやたらと批判的、挑戦的、けんかっ早い人が多いように思えます。相手の顔が見えないことで普通なら遠慮するところなのに、そのままストレートに感情をぶつけることが出来るからかも知れません。
また何か不満があって、そのはけ口にネットを使っているということもあるでしょうし、あるいは人を脅してそれを商売にするというのもこの世のことですからあると思います。
ところで、私も江戸っ子の気質が残っていて、かつてけんかっ早い方だったのですが、ある時から「心の底から喧嘩にならない」ようになりました。そのもっとも大きな理由は「自分は自分の意見が正しいと思っているけれど、相手は相手が正しいと思っていることを正しいとしている。相互に違うだけ」ということがわかったからです。
人は「自分が正しい」と思っていることを「正しい」と錯覚しています。本当はそれは「誰から見ても正しい」のではなく「自分から見ると正しい」と言うことに過ぎません。その時の「正しい」という根拠は、「自分の生い立ち、自分の経験、自分の頭脳構造、自分の利害、自分の将来、自分の家族のため、自分の国日本のため」などどちらかというと自分中心です。
私の人生の一つの目標は「ありのままの自分」、「ありのままの人生」でした。考えてみると「こうなりたい」と思うことは大切ですが、それでも自分は自分で「日本人である」ということなど変えようもありません。少し努力をするにしてもできる範囲は大したことはなく、学者ならせいぜいノーベル賞を取るぐらいです。
ノーベル賞を取ることはすばらしいことで、それに至る努力や才能は尊敬すべきものですが、「たかがノーベル賞、されどノーベル賞」という域をでるものではありません。一人の人間の「そのままの価値」はそれを上回ります。
「ありのままの自分で、この世を生きていけないか? ウソをつかず、いつも誠意をもって人に接し、額に汗しただけの範囲で満足し、時に病気をしたら仕方ないと思う」・・・そんな自分が32歳からの自分の目標でした。
それまでは「少しでも得をしよう」と思って、いいわけをしたり、人を出し抜いたりしなかったわけではありません。でも冷静に考えてみるとどうも結局、その方が損をしていることにも気がついたのです。
「人の意見は自分と違っていても「間違っている」とは思わない」、「ありのままの自分で良い。それで損をしてもそれは元々の自分の力だ」と思えるようになってからの自分は、心の底から腹の立つこともなく、テレビでアガることもなく、楽しい人生を送ることができるようになりました。
もちろん、子どもを被曝させるような政策には心底から腹が立つのですが、「どうしてそんなことを考えるのだろうか? 歳を取っても自分のことがかわいいのだろうか? もしかすると自分が間違っているのではないか?」と考えますから、少し余裕が出ます。
病気になると落胆はしますが、「気をつけているなら病気になるのは運命だし、気をつけていなければ自分の責任だから」と思うことができるようにもなりました。
最近、「普通の人なら、「これを言ったらどうだろうか? あれは・・・」と考えるのに、武田先生はいつもそのまま言って、それで普通にやっているのだからビックリします」と言われてこの文章を書く気になりました。
確かに私の最初のうちは「ありのままの自分」というものに不安を感じていましたが、今では「正直で誠意があれば、周りは何とかしてくれる」と思っています。
その直接的なきっかけは原子力でした。原子力基本法で「自主、民主、公開」が原則になっていて、なんでもそのまま発表し、発言してみると、一部を隠していたときよりスムースに行くではありませんか! 一部を隠しているとそれが引っかかって考えが前に進まないのですが、隠しごとがないとスッキリして見通しがとてもよくなり、人の気がつかないところまで見えてかえって評価されるようになったのです。
中部大学武田邦彦
(平成24年5月31日)