被曝のことを「公衆衛生」ではどのように教えているか?
被曝のことを「公衆衛生」ではどのように教えているか?
先回、高等学校の教科書に被曝と健康についてどのように書いてあるかをご紹介しました。それによると「一般公衆は1年1ミリ」と明記されていることを示しました。こんなにはっきり書いてあるのに「1年1ミリといって危険を煽る」と言う人がいるのですから驚いてしまいます。
今度は「公衆衛生」の授業の教科書にはどのように書いてあるかをご紹介します。
[
Bandicam_20111115_081752444]
まず、日本では自然放射線は低いのに、医療被曝が世界でも断然、多いことが示されています。この点についてすでに2004年にもヨーロッパの論文で、日本の医療被曝でガンが4倍も多いとされていて、話題になったことがあります。
お医者さんとしては、検査した方が患者さんも安心するし、もし十分な検査をしなければ医療ミスで訴えられるし、検査はお金になるので、どうしても過剰な検査をします。それに放射線の機械は高いのでメーカーはなんとしてもお医者さんに放射線の検査をして欲しいのです。
もちろん公衆衛生の教科書でも「一般公衆の被曝限度は1年1ミリ」と明記してあります。ただ、ここで問題なのはこのような教科書を書いていた人たちが福島原発事故以来、「被曝しても大丈夫」とまったく正反対なことを発信している点です。お金のためとはいえ、みすぼらしく惨めな専門家ですね。
[
Bandicam_20111115_082035057]
次に胎児の被曝の影響について、広島長崎の例を引いています。妊娠8週目から25週目にかけて1シーベルト浴びた胎児のIQ(知能指数)は30ほど下がり、重度の知的障害になることが示されています。1年1ミリなら問題にはなりませんが、文科省大臣と食品安全委員会が児童生徒に被曝させているのが1年30ミリですから、そのぐらいになると知的障害が起こる可能性があります。
ただ、広島長崎のデータは戦後まもなくであり、必ずしも十分なものではないのですが、それでも胎児の被曝も注意が必要であることを示しています。
先日、校長先生にも呼びかけましたが、学校で使用している教科書の多くが、当たり前のこと、1)被曝は低く、2)1年1ミリ、3)ガン、遺伝障害、知的障害が起こる可能性がある、と書いてあるのに、「被曝が危ないと煽るな」と言うのは実に奇妙です。むしろ「被曝は安全と煽るな」と言いたいと思います。
中部大学武田邦彦
(平成23年11月15日)
先回、高等学校の教科書に被曝と健康についてどのように書いてあるかをご紹介しました。それによると「一般公衆は1年1ミリ」と明記されていることを示しました。こんなにはっきり書いてあるのに「1年1ミリといって危険を煽る」と言う人がいるのですから驚いてしまいます。
今度は「公衆衛生」の授業の教科書にはどのように書いてあるかをご紹介します。
[
Bandicam_20111115_081752444]まず、日本では自然放射線は低いのに、医療被曝が世界でも断然、多いことが示されています。この点についてすでに2004年にもヨーロッパの論文で、日本の医療被曝でガンが4倍も多いとされていて、話題になったことがあります。
お医者さんとしては、検査した方が患者さんも安心するし、もし十分な検査をしなければ医療ミスで訴えられるし、検査はお金になるので、どうしても過剰な検査をします。それに放射線の機械は高いのでメーカーはなんとしてもお医者さんに放射線の検査をして欲しいのです。
もちろん公衆衛生の教科書でも「一般公衆の被曝限度は1年1ミリ」と明記してあります。ただ、ここで問題なのはこのような教科書を書いていた人たちが福島原発事故以来、「被曝しても大丈夫」とまったく正反対なことを発信している点です。お金のためとはいえ、みすぼらしく惨めな専門家ですね。
[
Bandicam_20111115_082035057]次に胎児の被曝の影響について、広島長崎の例を引いています。妊娠8週目から25週目にかけて1シーベルト浴びた胎児のIQ(知能指数)は30ほど下がり、重度の知的障害になることが示されています。1年1ミリなら問題にはなりませんが、文科省大臣と食品安全委員会が児童生徒に被曝させているのが1年30ミリですから、そのぐらいになると知的障害が起こる可能性があります。
ただ、広島長崎のデータは戦後まもなくであり、必ずしも十分なものではないのですが、それでも胎児の被曝も注意が必要であることを示しています。
先日、校長先生にも呼びかけましたが、学校で使用している教科書の多くが、当たり前のこと、1)被曝は低く、2)1年1ミリ、3)ガン、遺伝障害、知的障害が起こる可能性がある、と書いてあるのに、「被曝が危ないと煽るな」と言うのは実に奇妙です。むしろ「被曝は安全と煽るな」と言いたいと思います。
中部大学武田邦彦
(平成23年11月15日)
セシウムとストロンチウム(専門家は何を提供すべきか?)
セシウムとストロンチウム(専門家は何を提供すべきか?)
現在のように多くの人が科学的知識を求められているとき、専門家
(解説者)はどのように社会に対して正しいことを発信するかは非常に難しい。もちろん、科学だから厳密に正しいことが求められるが、それを追究すると結果的に誤解を招くことがある。
「伝達」や「情報」は相手のあることだから、相手がどのように理解するかを考えなければならない。原発事故の直後、国のミスリードもあって、多くのお母さんは「家の中の放射線は外から来る」とか「原発から放射線が来ている」と錯覚し、「家の中に放射性物質がある」とは思わなかった。
そこで、今では常識になった「除染」の「染」が「染める(そめる)」という字なので「ぞうきんで拭く」というのとあまりに語感に開きがあり、なかなか理解されなかった。そこで、間違いを承知で「除洗」という用語を使ったら、部屋の中をぞうきんで拭いてくれるお母さんがでて、その人からの情報で多くの人が濡れたぞうきんで室内を拭いてくれるようになった。
その結果、室内の放射線量は3分の1から5分の1になって、幼児の被曝の危機はひとまず回避された。ただ、「武田は除染という字を間違えている。アイツは専門家ではない」というバッシングも受けた。社会はすべてを一度に納得させることは難しい。
・・・・・・・・・
今、同じ問題がセシウムとストロンチウム、プルトニウムなどの「核種」、「化合物」にある。事故の時に原子炉からでる放射性物質は希ガスをはじめとして、ヨウ素、セシウム、ストロンチウム、プルトニウム、ウラン、バリウム・・・など膨大な元素があり、それぞれの元素にはまた同位体の種類があるという超複雑な状態だ。
一方、それを理解しなければならないお母さんは、毎日、子育てと家事、あるいは仕事に追われて細かいことを勉強する時間などない。しかし、日本の子供を最前線で被曝から守っているのもまたお母さんである。そこで、どのようにお母さんにこの複雑な化合物、元素を伝えるか、そこに工夫がいる。
すでに希ガスはどこかに行き、ヨウ素は半減期を大きく過ぎた。これからはセシウム、ストロンチウムを中心に考えなければならない。この二つの元素は、「プラスイオンになりやすく、原子炉では6%程度できる」という点では「双子」であるが、沸点、融点、化合物の形、水溶性などではかなり異なる。
だから「双子」と書くと専門家からかなり批判されるが、といって、お母さんがこの2つを区別する必要があるかというと、それより大切なことが多いので、セシウムとストロンチウムは「双子、兄弟」としてもそれほど問題が起きないような気がしている。
・・・・・・・・・
やはり、希ガス、ヨウ素、(セシウムやストロンチウム)、プルトニウムぐらいを覚えるのが精一杯だと思う.その点では半減期が30年で筋肉や骨にたまり、病気の元になる物として防御した方が良いと私は思う。また時期によっても違うだろう。最初はヨウ素に注意して貰い子供の甲状腺ガンを防がなければならないが、事故から半年から数年はセシウムとストロンチウムが危険なので、徐々に個別の性質を理解することも必要と思う。
ただ、何を言うにしても、専門家(解説者)はバランスよく、一つの面からや、自分の考えだけをそのままストレートに社会に言うのではなく、全体像を示し、その中で「標準的なこと」と「先端的な知識」を分けることも必要と思う。この場合、わかりやすいというのと、科学的間違いを厳密に区別しなければならない。
中部大学武田邦彦
(平成23年11月14日)
現在のように多くの人が科学的知識を求められているとき、専門家
(解説者)はどのように社会に対して正しいことを発信するかは非常に難しい。もちろん、科学だから厳密に正しいことが求められるが、それを追究すると結果的に誤解を招くことがある。
「伝達」や「情報」は相手のあることだから、相手がどのように理解するかを考えなければならない。原発事故の直後、国のミスリードもあって、多くのお母さんは「家の中の放射線は外から来る」とか「原発から放射線が来ている」と錯覚し、「家の中に放射性物質がある」とは思わなかった。
そこで、今では常識になった「除染」の「染」が「染める(そめる)」という字なので「ぞうきんで拭く」というのとあまりに語感に開きがあり、なかなか理解されなかった。そこで、間違いを承知で「除洗」という用語を使ったら、部屋の中をぞうきんで拭いてくれるお母さんがでて、その人からの情報で多くの人が濡れたぞうきんで室内を拭いてくれるようになった。
その結果、室内の放射線量は3分の1から5分の1になって、幼児の被曝の危機はひとまず回避された。ただ、「武田は除染という字を間違えている。アイツは専門家ではない」というバッシングも受けた。社会はすべてを一度に納得させることは難しい。
・・・・・・・・・
今、同じ問題がセシウムとストロンチウム、プルトニウムなどの「核種」、「化合物」にある。事故の時に原子炉からでる放射性物質は希ガスをはじめとして、ヨウ素、セシウム、ストロンチウム、プルトニウム、ウラン、バリウム・・・など膨大な元素があり、それぞれの元素にはまた同位体の種類があるという超複雑な状態だ。
一方、それを理解しなければならないお母さんは、毎日、子育てと家事、あるいは仕事に追われて細かいことを勉強する時間などない。しかし、日本の子供を最前線で被曝から守っているのもまたお母さんである。そこで、どのようにお母さんにこの複雑な化合物、元素を伝えるか、そこに工夫がいる。
すでに希ガスはどこかに行き、ヨウ素は半減期を大きく過ぎた。これからはセシウム、ストロンチウムを中心に考えなければならない。この二つの元素は、「プラスイオンになりやすく、原子炉では6%程度できる」という点では「双子」であるが、沸点、融点、化合物の形、水溶性などではかなり異なる。
だから「双子」と書くと専門家からかなり批判されるが、といって、お母さんがこの2つを区別する必要があるかというと、それより大切なことが多いので、セシウムとストロンチウムは「双子、兄弟」としてもそれほど問題が起きないような気がしている。
・・・・・・・・・
やはり、希ガス、ヨウ素、(セシウムやストロンチウム)、プルトニウムぐらいを覚えるのが精一杯だと思う.その点では半減期が30年で筋肉や骨にたまり、病気の元になる物として防御した方が良いと私は思う。また時期によっても違うだろう。最初はヨウ素に注意して貰い子供の甲状腺ガンを防がなければならないが、事故から半年から数年はセシウムとストロンチウムが危険なので、徐々に個別の性質を理解することも必要と思う。
ただ、何を言うにしても、専門家(解説者)はバランスよく、一つの面からや、自分の考えだけをそのままストレートに社会に言うのではなく、全体像を示し、その中で「標準的なこと」と「先端的な知識」を分けることも必要と思う。この場合、わかりやすいというのと、科学的間違いを厳密に区別しなければならない。
中部大学武田邦彦
(平成23年11月14日)
【Occupy経産省】 当局が「脱原発テント」の撤去試み緊迫
tanakaryusaku
経産省と丸の内警察署は14日朝、「脱原発」を訴えて市民が座り込みを続ける同省前テントの排除にかかったが、市民側の抵抗で断念した。
午前9時半、役所の始業とともに経産省の職員6人がやってきた。全員マスクをしている。一瞬、放射能防護マスクと見間違えた。もしそうだったら、ブラックユーモアだ。
経産省は12日、「脱原発テント」の回りに鎖を張ったが、座り込みの市民が鎖を地面に降ろしていた。14日朝、職員は再び鎖を張り巡らしワイヤーで固定した。さらに鎖の上に黒と黄色のポールまで置いた。まるで工事現場の様相である。
“工事”の準備が整うと、経産省側は撤去を始めようとした。10人余りの私服刑事が見守るなか、座り込みの市民に「どいて下さい、ここは国有地ですから」と通告。
テントの入り口には60代の女性2人が座り込んだ。私服刑事と経産省の班長が退去を求めたが、1人の女性が「天皇陛下としか話さない」と言い拒否した。
事態を憂慮し駆け付けた人たちから「帰れコール」が起きる。座り込みの市民と経産省職員 、警察との押し問答が続いた。
体を張った市民の抵抗の前に、経産省側は、14日午前の排除は諦めざるを得ない状況となった。とりあえずは引き揚げた格好だ。予断を許さない。
経産省と丸の内警察署は14日朝、「脱原発」を訴えて市民が座り込みを続ける同省前テントの排除にかかったが、市民側の抵抗で断念した。
午前9時半、役所の始業とともに経産省の職員6人がやってきた。全員マスクをしている。一瞬、放射能防護マスクと見間違えた。もしそうだったら、ブラックユーモアだ。
経産省は12日、「脱原発テント」の回りに鎖を張ったが、座り込みの市民が鎖を地面に降ろしていた。14日朝、職員は再び鎖を張り巡らしワイヤーで固定した。さらに鎖の上に黒と黄色のポールまで置いた。まるで工事現場の様相である。
“工事”の準備が整うと、経産省側は撤去を始めようとした。10人余りの私服刑事が見守るなか、座り込みの市民に「どいて下さい、ここは国有地ですから」と通告。
テントの入り口には60代の女性2人が座り込んだ。私服刑事と経産省の班長が退去を求めたが、1人の女性が「天皇陛下としか話さない」と言い拒否した。
事態を憂慮し駆け付けた人たちから「帰れコール」が起きる。座り込みの市民と経産省職員 、警察との押し問答が続いた。
体を張った市民の抵抗の前に、経産省側は、14日午前の排除は諦めざるを得ない状況となった。とりあえずは引き揚げた格好だ。予断を許さない。