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2号機

2号機の温度があがり、ホウ素の注入ということもあります。いま、気をつけて見ていますが、まだ避難の必要はありません。変化があったら書きます。

中部大学武田邦彦
(平成24年2月6日(月))

知の侮辱(2)・・・森林はCO2を吸収しない

知の侮辱(2)・・・森林はCO2を吸収しない
このことを「知の侮辱」の最初に書こうと思ったのは、理由があります。今から10年ほど前でしょうか、小泉純一郎内閣の時です。当時、政府に「科学技術戦略会議」というのがあり、ノーベル賞学者や東大教授が多く名前を連ねていました。

ある学問のシンポジウムで、私が環境と国際関係の話をしたのですが、それをお聞きになっている人の中に科学技術戦略会議の議員の先生がおられました。実直な先生でしたから、私が「森林はCO2など吸収しないのに、このような科学的な間違いが蔓延するのは科学者として残念だ」ということを言いましたら、話の後で真っ先に手を上げられて「森林がCO2を吸収しないって本当ですか?!」と言われました。

その時、私は懇切丁寧にその理由を説明しましたが、十分には理解されなかったと思います。それでも、「これは大変なことだ。本当に武田先生の言われることがただしければ・・・、科学技術戦略会議では吸収すると言っていた!!大変なことだ!」と言われました。

「科学技術戦略会議」とは「正しい科学技術の認識のもとで日本国家の方針を決める」という会議ですから、そこで科学技術に反することが前提になるとは考えてもおられなかったのでしょう。

1997年の京都議定書で、日本は国際的に大きな不利を被りました。このことを少しでも回復しなければならない環境省は、日本が削減すべきマイナス6%(6%は形式的な数値で本当はマイナス19%)を実質的に減らすために国際会議で「森林吸収分を参入する」という交渉をしました。

ヨーロッパ勢は日本だけが不利だったのですから「ま、しかたないか」ということで「科学的には無関係だが認める」というコメントを出しています。いわば国際的にも日本の恥をさらしたことになります。

これに基づいて政府は国際的な間違いを国内に持ち込まざるを得なくなり、「森林の働きでCO2を減らす」という非科学的方針を打ち出したのです

。これに乗ったのが、森林関係のお金を取ることができる林野庁や森林総合研究所、森林関係の学者などでした。

すべてはお金で動く時代ですから、その人たちが一斉に「森林はCO2を吸収する」と言い始め、マスコミはそれに追従し、ついに子供たちまで科学的な間違いを教え始めたのです。学問的に間違ったことが社会的な常識になったのです。

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これについて私が名古屋市の経営アドバイザーになった時に、一つのもめ事がありました。当時、名古屋市は(どういう理由か)CO2の削減を市民に指導していました。その一環として名古屋市でもっとも賑やかな「栄の交差点」に大きな「CO2監視計」を市民の税金で作っていたのです。

私が正しい経営のアドバイザーとして「CO2の濃度を測定しても意味がないですよ」と言いましたら、担当室長は色をなして「先生!なに言っているのですかっ!そばに樹木があって昼間は光合成でCO2を吸収するから値が低くなって、夜は光合成が止まるのでCO2が増えているんですっ!小学生や中学生にCO2と樹木のことを教えるのに役に立っていますっ!」と言いました。

これこそロンドン天文台長が「現代社会では自分の学問に忠実な学者は絶滅した」と言った意味なのです。社会に誤解が蔓延し、それに学者が合わせて生活をする。だから、誰も学問的に間違ったことでも指摘できなくなるのです。

昼間にCO2が減って、夜、光合成が止まるのでCO2が上がるのは確かですが、それは「樹木がCO2を吸収する」ということにはなりません。樹木がCO2を吸収するのなら「昼と夜の合計」を測定して、その増減を調べなければならないのであり、「昼と夜の差」を調べても結果は得られないのです。

もちろん、栄の交差点はオープンな場所ですから測定自体がCO2の増減を調べることはできないという基本的な問題もあります。

「科学的な心」というものの一つは、「何を測定したら何が判るか」ということですから、残念ながら名古屋・栄のCO2計は「子供たちの科学の心を破壊する」ものなのです。これでは先生方が一所懸命「科学の心」を教えても、子供は成長しないでしょう。

お金で子供の発達を阻害するという典型的な例の一つだったのです。


「takeda_20120205no.415-(8:32).mp3」をダウンロード

中部大学武田邦彦
(平成24年2月5日)

瓦礫引き受けに関する考え方(1)・・・なぜ、瓦礫を引き受けてはいけないのか?

瓦礫引き受けに関する考え方(1)・・・なぜ、瓦礫を引き受けてはいけないのか?

瓦礫の引き受けが全国で拡がっています。これまで「他の自治体のゴミを引き受けるなんてとんでもない!」と言って来た首長さんはずいぶん、豹変するものと感心してしまいます。

それには「ウラ」があるのですが、まずは瓦礫の引き受けを止めようとしている多くの人のご参考にと思い、具体的な話から入ります。

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長い間、日本人を被曝から守ってきたこと・・・日本は原爆を落とされた国として被曝に対してしっかりした考え方でやってきましたが・・・、それは「法律を守る」ということです。人間に対しては1年1ミリシーベルトという厳格な規則があります。

まず、第一に、被曝に関して法律があり、瓦礫を引き受ける自治体は「法律を守る」ということを宣言しなければならないということです。自治体の多くは今まで「被曝の法律なんかあるの?」という態度でしたから、まずそれを確認することが大切です。

ここで、言い訳がでてきますので、それに対抗する必要があります。それは「日本にはもともと原発の事故を想定した法律などない」というものです。でも、これは間違っています。原発の事故に関する法律とその考え方は次の様になっています。

1) 原発の事故が起こっても起こらなくても、日本人の被曝と健康の関係は変わらない(これは、被曝に関するすべての法律が同じ基準値であることでも判ります。つまり日本国内の法律で「この法律では1キロ100ベクレル、この法律では1キロ1000ベクレル」などとなっていると混乱するという理由と、もともと被曝の発生源などが違っても日本人に与える影響は同じだからです。)

2) 従って、どの法律を使っても同じ結論になる(悪意で誤魔化さなければ)。

3) 原発を運転している限り、事故の可能性はあり、日本政府はそれほど無責任ではないので、事故の想定をしている。それによると希な事故(およそ1万年に1度)の場合は1年5ミリまで被曝限度を上げることができる。およそ10万年に一度程度の事故の時には、1年5ミリからあまり離れない被曝量を設定できる)の場合、被曝限度を現行法を超えて設定できるとしている(これは原子力安全委員会指針)。今回の事故は原子炉が運転し始めてから100年以内。津波の規模は1000年に1度以上だから、指針によって1年1ミリシーベルトを超えられない。

4) 食品基準、物品基準、廃棄物基準、土壌基準などは、1年1ミリシーベルトをスタートとして計算される。ベクレルは人間に関係の無い数値で、シーベルトを決めるとベクレルが決まる。従って、すべて1年1ミリシーベルトが最初の基準になっている。従って、食品でもゴミでも現行の基準を変えることはできない。

5) このほかに、原子炉については核種が多いので、特別な注意をされていて、「クリアランスレベル」という別の概念が適応される。これは「1年0.01ミリシーベルトのものは自由に取り扱っても(捨てても)良い」というもので、1年以内懲役、100万円以下の罰金を伴っている。

6) 今回の福島原発事故は、原子炉の中のものが飛び散ったので、クリアランスレベルを適応するべきである。

7) 瓦礫の処理には「今、東京にあるゴミより放射線量が低い」という理屈を持ち出すことがあるが、そんな法律はない。Aが泥棒をしたのだから、Bの泥棒が許されることはあり得ない。法律違反は法律違反である。もし東京のゴミが基準値以上なら、基準値以上のものを持ち込んでも良いというのではなく、東京のゴミを東電が処理しなければならない。

おおざっぱにいって、瓦礫に関して日本人を被曝から守るための法律は上記の様になっています。もし自治体の首長さんが良心的なら、クリアランスレベルを守るでしょう。それほど良心的でなければ、被曝の一般法を守るでしょう。

もし、住民の健康よりお金が欲しければ、法律があることを知らないふりをするか、いろいろな理屈を言うでしょう。なお、被曝に関する法律は「法で定められている」と言うほかに、「現在の医学では最良の値を決めている」ということでもあります。

時々、「法律で決まっていると言っても学問的にはどうなのか?」などと言う人がいますが、被曝限度のような数値は日本の学者のコンセンサスでできています。

法律に反することを言う学者は法律を決めるときに、相手にされなかったか、もしくは論争に負けた人です。急ぐので、まず、ここまでで第一回を終わります。

「takeda_20120204no.413-(10:33).mp3」をダウンロード


中部大学武田邦彦
(平成24年2月4日)