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日本の電気代はなぜ高い?  鉄鋼業と電力業

日本の電気代はなぜ高い?  鉄鋼業と電力業

日本の電気代はアメリカの2倍です。長い間、日本の国民は高い電気代に泣かされてきました。中小企業は安い電気を使う海外との競争に疲れ、日本の家庭ではすっかり「節電」が定着しています。

道徳としての節電が良いか悪いかは別にして、電力会社にお金を出すために高い電気代を設定し、国民が我慢するという構図を、原発事故を境に止めたいものです。

日本の電気代が高いはずはありません。具体的に、燃料費、発電所建設費、送電距離、送電変電効率、電力品質などを比較しても良いのですが、このように細かく計算するとほとんど必ず電力会社の計算値に多くの人がだまされます。

それより、「日本の鉄鋼は品質価格ともに世界一なのに、なぜ電気は劣等生なの?」という質問の方が的を得ています。

鉄と電気は最終製品こそ似ても似つかないものですが、生産方法はまるで同じです。石炭を焚いて、鉄鋼では溶鉱炉を、電気では発電機を動かし、それで鉄と電気という製品を作るわけです。

新日鉄やJFEという巨大な鉄鋼会社と、東電・関電という電力会社の規模はいずれも巨大ですし、やっていることは同じで、日本の鉄鋼は国際価格で、しかも品質は第一です。

おまけに電力には日本特有の有利なことがあります。日本は人工稠密で国土が良い状態で管理されているので、送電距離が短く、国民が電気の送電に協力しているので、電柱などを敷設する問題も少ないという特徴があります。

それに三菱重工の高効率発電機、パナソニックが開発した高性能ガイシ、それにSF6の高圧スイッチ、ケイ素鋼で作られた変電装置など日本の電力技術は世界最高峰でもあります。

ダメなのは、地域独占、政商と化した電力のビジネスモデルにあります。まさにかつての日本の農業をダメにしたコメ政策を思い出します。まずは、発送電分離でもなんでも良いので、電力の独占から競争環境にすることでしょう。

電力会社にお勤めの皆さん。多くの方は若い頃、もうけより日本の電気のことを考えて就職されたと思います。2011年の原発事故は東電ばかりではなく、すべての電力会社の責任でもありますから、ここで初心に返り、外国に負けないコストで電気を作るべく頑張ってもらいたいと思います。

石炭、天然ガスで十分に現在の電気代の半分になります。事業の独占とはそれぐらい恐ろしいものなのです(西ドイツと東ドイツが統合したとき、西ドイツの人は東ドイツの工業製品が20年以上も遅れていたのにびっくりしました。同じ民族でも競争のないときにはそうなります)。






中部大学武田邦彦
(平成24年4月23日)

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戦後教育の確信(1) 国家と教育

戦後教育の確信(1) 国家と教育
なぜ、戦争が起こったのだろうか? なぜ、310万人も犠牲になったのだろうか? その一つの原因として「教育が国家に押さえられていた」ということが戦後日本の反省だった。そして、「国家から独立した教育制度」ができ、教師の独立性が目指され、民主教育が叫ばれた。

この原理はどこにあるのだろうか? 

大人の世界は汚れる。汚れの原因はある時には権力、あるときはお金、そして恨みや衝動だけのことすらある。権力を握った人間は初心を忘れ、国民を尊敬せず、地位にしがみつく。

その時間をできるだけ長くするためには教育は実に魅力的である。裁判官が人に死を宣言できるように、医師が他人の体を傷つけられるように、教師は子供の心に手を入れることができるからだ。

権力者は教師を手なずけようとするのは自然の勢いで、教室で事実とは違うことを教えるように強要する。やがてその子供たちは自分の奴隷になり、自らの子供を次の帝王につけることになるだろう。

かくして、戦争が起こり310万人が死んだ。戦争の原因は教育だけではないが、教育も一役買ったと考えられた。戦後の民主教育は日教組だけが進めたわけではない。東大の文化系学部もこぞって民主教育を支持した。

しかし、今、私たちが目指した民主教育は完成せずに終わりを迎えようとしている。すでに教育委員会というシステムは権力側にあり、子供を最優先する校長先生も絶滅寸前にある。あの元気だった先生方は今ではすっかり文部省に飼い慣らされ、疲れ切り、ただノルマを果たすだけのロボットと化した。

ただ、現在、教育を支配しているのは権力者(内閣)でも政治家でもない。官僚群である。官僚の論理は明確で、「国民の平均頭脳レベルは我々より劣るので、我々が国を経営しなければならない。だから税金をできる限り高くして、我々の自由になるお金を増やす必要がある。しかし、国民はお金を払いたがらないから、「税金が足りない」という状態を作らなければならない。それはばらまき行政だからお金をもらう国民は喜ぶ。つまり、「ばらまき行政→税金不足→赤字国債→将来のツケ→増税→ばらまき行政」というサイクルに入れば良いと言うものである。

私の分野でも、「ばらまき行政」と「教育現場での洗脳」は見事な連係プレーで進んでいる。「リサイクル教育→1年5000億円のばらまき→天下り組織設立→ほぼ全量を焼却→リサイクルしていると子供に教育」で子供に事実に反することを教えている。

現場の先生は「これまで子供にリサイクルを教えていた。今更、リサイクルが良くないとは教えられない」というジレンマに陥っている。「紙のリサイクル、割り箸忌避、ダイオキシンの毒性、地球の気温の変化、温暖化と南極の氷の増減」など、この20年間、もったいないとか節約という思想問題を科学に置き換えて、間違った科学を子供たちに教えてきた。

教学社というところが出版している高等学校社会の教科書に「温暖化したら南極の氷が融けて、ツバルという南方の島が沈んでいる」との記載があった。私は電話をして「科学的にも間違いで、事実と違うことが書いてあるので著者と話してみたい」と言ったら、「著者はご紹介できない」と言われるので、「それではこの文章の基礎となった文献を教えて欲しい」というと「環境白書」だという。

そこで、「教育は政治とは切り離されていなければならない。環境白書を参考にして教科書を作るのは良くない」というと、「ご意見は承りました」と言うだけだった。

教科書に記載されていることが事実かどうか、この作業は主として東大の先生が行う。東大には国立環境研究所などの文部省傘下の研究所などから多くの教授が送り込まれていて、いくら事実と異なっていても官僚の通りに記述された教科書ができあがる。

戦後、民主教育と検定教科書の問題が何回かあったが、不当な検定があったと言っても、思想の問題だった。でも、温暖化と海水面などという「純科学的なこと」でもごまかして子供たちにウソを教える体制は完成しているのである。
・・・・・・・・・

御用学者が原発を解説するのも影響が大きいが、それは一時的なものに過ぎない。これに対して、{文部官僚―教科書会社―東大教授}が組んだチームは、学問的に正しいかどうかなど関心はなく、文部官僚は天下りを、教科書会社は売り上げを、そして東大教授は研究費をもらうために、子供たちにウソを教えてはばからないのである。

しかし、文部官僚も元はといえば純情で日本のために働こうと思った若者だったし、教科書会社は売り上げは必要だが、その基本は「良い知識を子供たちに」というのがもともとの目的だ。そして東大教授は自らの学問に厳密で忠実でなければならない。

お金と権限のため、老後のために魂を捨てる人たちではないはずだが、すでにダメだったのだろう。

これを正しくするのは、保護者の力と教師の自覚にある。戦後教育の確信が「国家は汚れるが、その汚れを子供につけてはいけない」というものなのだから、それを原発事故を契機に、もう一度思い出す時期だろう。

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中部大学武田邦彦
(平成24年4月23日)

集団自殺を回避する方法(3)・・・世界に目を向けて物事を単純に考える

集団自殺を回避する方法(3)・・・世界に目を向けて物事を単純に考える
原発を再稼働しないときに、日本人が集団自殺をしないようにするための方法の最終回、原発がない国はなぜ集団自殺をしないのか?を整理してみます。
[カメラBandicam_20120419_131534047]
このグラフはアジア諸国のこれまでとこれからの電力に何を使うかを整理したもので、ほぼ同じような統計や見通しが多くの機関からだされています。グラフを見れば一目瞭然で、説明の必要もないぐらいですが、今後の電気は原子力や自然エネルギーもあるものの、主力は「石炭と天然ガス」で、それも2005年から2030年までにほぼ2倍にできるとしていることがわかります。

これは、「石炭や天然ガスがまだたっぷりあるのだから、まずそれから使う」という素直で単純な考えです。ウランの寿命は石炭や天然ガスとほぼ同じぐらいですが、原子炉が危険で、核爆弾の拡散を止める方法もないということですから、やはりまともな神経なら石炭や天然ガスを使うということになるのは普通です。

また自然エネルギーは値段が高い(資源をより多く使う)ので、経済的にも石炭火力などに対抗できるようになるまでマイナー(少量)であるのも当然ともいえます。

でも!! このグラフと日本の政府、マスコミ、専門家の言っていることがあまりに違うことに違和感を覚えない人がおられるでしょうか? 日本では「原発を増やさなければ、集団自殺だ」と言う政府の人があいますが、もともと原発はそれほど主力ではありません。

また、日本では「原発を石炭や天然ガスに変えると電気代が高くなる」というひともいますが、日本より経済力が低いアジアの諸国も、本当に原発が安いなら原発をやりたいのです。でも、ウラン燃料、安全保持、核廃棄物を総合すると原発の方が高くなると見ています。

先日、日本原子力委員会が「原発を止めた方が核廃棄物の処理が10兆円ぐらい少なくなる」という試算を出しましたが、それが普通(国際的)です。

さらに、日本では「石炭や天然ガスを燃やすとCO2がでて地球が温暖化する」と専門家は言うけれど、それは日本だけで、日本以外で1997年の京都会議以後、CO2を削減している国は世界にない(ドイツ5%増加、イギリス11%増加枠、減少枠は世界で日本だけ)という事実を真正面から見なければなりません。

原発を再開するかどうかを考えるときに、私たちは大人の責任として、「日本以外の国の考え方」を参考にしなければならない。まねる必要はありませんが、「なぜ、他の国は石炭と天然ガスなのだろうか?」、「なぜ、他の国はCO2を減らしていないのだろうか?」ぐらいはどうしても考えて自分なりの答えを出しておかなければ子供への責任を果たせないからです。

私はと言えば石炭、天然ガスが多いのだから、おおよそ1000年、少なくとも200年は石炭火力と天然ガス火力を主力にして日本の電力生産を増やし、原発は今の廃棄物をそのまま地下にしまい込むのがもっとも良いと考えています。

「原発を再開でいないのは集団自殺のようなものだ」というような不見識な政治家がいて、本当に困ったものです。

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中部大学武田邦彦
(平成24年4月22日)