ギリシャ三大哲学者はいかに死んだか | 科学のために科学を科学的に笑うべし

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ソクラテスは不合理な死刑判決を受け入れて、自ら毒杯をあおいで死にました。
じゃあ、プラトンアリストテレスの最期は?

プラトンは、確実な記録が残っていなくていろいろな説があるようです。
ということは、ソクラテスほど印象的でドラマチックな死に方ではなく、
凡庸な死に方だったということかもしれません。
いくらか優勢な説としては、トラキア人少女のフルートを聴きながら亡くなったという説明があります。
多分奴隷か家政婦かだったのでしょう。

アリストテレスは、弟子のアレクサンダー大王が亡くなった後、アテネを離れます。
反マケドニアの勢力がアテネを征服し、
大王と親しかったアリストテレスを適当な理由をつけて捕まえようとします。
その手から逃げたわけです。

不合理であっても国や法に従って死を選んだソクラテスとは違うのですね。
ちゃんとこれを意識しての逃亡の言い訳もしていて、
「アテネの人が、かつてソクラテスに行なったような、
哲学に対する罪を再び犯さないように」

だそうです。
アテネを離れてまもなく、アリストテレスはお腹の調子を悪くして亡くなりました。
(毒をあおったとの説も)

参考:
http://www.morec.com/schall/docs/dieplato.htm
http://www.gradesaver.com/author/aristotle/