かつての心理学、とりわけ行動主義の心理学はもう廃れてしまい、現在は機能主義に基づく認知科学が本流だと以前書きました。
しかし行動主義は、内観に頼らない客観的な外部観察を心理学実験の中心教義としたことで、
数々の科学的な知見や副産物を生みました。
他人に電気ショックを与えるようなスイッチを押させるミルグラム実験は、
その中の輝かしいもののひとつでしょう。
この実験は、被験者が押す偽電気ショックのスイッチに応じて、
仕込んだ俳優に電気ショックを与えられたかのような反応をさせます。
被験者には、電気ショックが偽であるとか、ショックを与えられる人が俳優であることは隠します。
実験者は、被験者に、だんだん強いショックを与えるように指示し、
俳優はそれに応じて悲痛な反応を示し、
最終的にどの程度強力な電気ショックを与えるところまで被験者がスイッチを押すか調べます。
普段は善良と考えられる被験者のうち2/3までもが、
俳優の激烈な反応や、引き続く死的な静寂を超えてまでも、
最大の電圧をかけるスイッチまで押したという結果が出ました。
この実験によって、人間がいかに簡単に権威に服従させられるかが明らかになりました。
権威に服従させられている状況下では、
人は倫理に反する行為や残虐な行為も容易に行うようになってしまう、と解釈されています。
(*)ただし服従させられている時の気持ちや感じ方はいろいろです。
強い電圧をかける際に、涙を流しながらスイッチを押したという被験者もいるそうです。
逆に言うと、それだけの強い情動まで屈服させて服従をさせることが可能だということですが。
服従させる側(たとえば軍隊)としては、
こうした情動を消す技術と組み合わせて応用しようとするのは当然でしょう。
心理学者のフィリップ・ジンバルドは、以下のTEDセミナーで、
普段は善良な人がいかに悪人に変貌するかをミルグラム実験も例に出して解説しています。
「普通の人がどうやって怪物や英雄に変貌するか」
http://www.ted.com/talks/lang/ja/philip_zimbardo_on_the_psychology_of_evil.html
強調しておかなければならないのは、
人の中に良い人悪い人という性質があるのではないということです。
善人を集めてきても、悪人を集めてきても、
状況や環境によって、ある人、あるいはその人たちは、悪人へと変貌するのです。
良いリンゴも容易に腐ったリンゴになるのです。
親鸞が弟子の唯円に人を千人殺せと命じ、唯円ができないと断ると、
「おまえの心がよいから人を殺さないわけではない。場合によっては百人でも千人でも殺すだろう。」
というようなことを言ったことが思い起こされます。
参考:『歎異抄』における悪と宿業の問題
http://www.skb.or.kr/down/papers/060.pdf
(ただし親鸞の本来の思想と、歎異抄を書いたといわれる唯円の発言の立場とでは、
殺人と宿業との順序関係が逆である可能性が指摘されている。)
暴力、虐待、いじめ、体罰…
こうした問題を考えるとき、属人的な性質や経緯の具体例を掘り下げていくことは
(必要なことでしょうけど)解決につながりません。
システムがどうしてそういう暴力を許す環境になっていたのか、
そうした公衆衛生的な視点にパラダイムシフトすることが必要でしょう。(TED映像の18:32あたり)
暴力は病気なのです。
天然痘にかかった患者をひとり治しても、他にも次々と天然痘の患者は発生するでしょう。
もちろん天然痘患者のケアは必要ですが、
根本的に天然痘という病気(疾病)自体を撲滅する努力だって必要です。
同様に、暴力病にかかった患者をひとり治しても…ということが言えます。
また私たちは、暴力というと、人を刺すとか殴るとか蹴るとか、
そういうことを想像するかもしれません。
これらは確かに暴力です。
しかし上記の映像でフィリップ先生は、
これが重要です 全ての悪は15ボルト(ごく弱いところ)から始まります。
と述べていることに注目しましょう。(TED映像の11:01あたり)