かつての心理学、とりわけ行動主義(Behaviorism)の心理学はもう廃れてしまい、現在は機能主義(Functionalism)に基づく認知科学が本流のようです。(名称も最近は認知心理学より認知科学の方に移行してきているようです)
行動主義は、人間の行動を外側から観察すればその中身も明らかにできるだろうという立場です。つまり、人間をブラックボックスと扱って入力出力の関係だけを観察します。われわれが普段ぼんやり心とか意識とか呼んでいるものも、外部から行動として観測可能だろうとと乱暴に仮定するわけです。
あるいは、外部から見えるわかりやすい範囲に限定して研究を行なおうという方法論的行動主義もあります。心や意識との正面からの全面戦争は避け、科学(カールポパーのいう反証可能性)として扱いやすい範囲でまず研究を進めたかったということでしょう。
そして行動主義は、科学の路線に心理学の実験を載せたことで数々の副産物を生みつつも、人間の精神を明らかにするという心理学の目的からすると事実上失敗に終わりました。
行動主義への批判の中から出てきた認知科学では、心とか、意識とか、あるいは無意識とかも積極的に扱います。この際の道具立ては、脳科学/神経科学、心の哲学、人工知能研究や計算機科学や言語理論などです。
参考:
映画「危険なメソッド」を観てきました。フロイトとユングによる精神分析の創始と、両巨人のめぐりあい及びいさかいのきっかけになった患者女性の関係を描いた映画です。フロイトとユングは、意識と、それと対になる無意識を発見して、はじめて学問的(科学的ではないにせよ)に扱った心理学の巨星です。
二人の細かいエピソードが盛り込まれていますね。例えば、ラップ音にまつわる二人の議論とか。でも、映画としての完成度はどうなんだろうか。一応史実に沿って時間の流れを追う形にしてありますからね。ハリウッド映画のように、盛り上げておいて最後にどんでん返しやハッピーエンドを持ってくるといった、映画の王道の娯楽を志向した構成にはなっていません。
PG12(お子様はよくわかってる大人と一緒に観てね)だけど、結構どぎつい表現があるなあ。