じゃんけんに引き分けはあるか:その2 | 科学のために科学を科学的に笑うべし

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前の記事じゃんけんに引き分けはあるか で考えたように、じゃんけんでは両者がすくみあってしまうとどうしようもありません。
偶然や外乱の入らない競技におて、対等な競技者同士が、精密に対称な行動をとったとしたら、
両者にとって同等な結果がもたらされるべきです。
こうした場合の妥当な解釈は、じゃんけんでさえ、引き分け/両者負け/両者勝ちということになりましょう。

では、じゃんけんでは草野球の表裏を決められない可能性があるということなのでしょうか?
そうではありません。
現実のじゃんけんでは、引き分けになる可能性は0なのです。
両者が有限の時間内に手を示し、あいこが有限にしか続かなければ、有限の時間内に必ず勝ち負けが決します。
あいこがいつまでも続くことはあり得ますが、連続あいこが1回伸びるたび、確率が1/3づつ下がっていき、どこまでも0に近づきます。
両者の選択手が独立の事象である限り(*)、あいこが無限に続く確率は0です。
極限において勝負を同定するという言い方をしてもよいでしょう。

  (*)
  逆は真でありません。
  独立事象でない場合でも、無限あいこの確率が0になることはあります。

引き分けになるのは、現実のじゃんけんでないケースだけです。
つまり以下のどちらかです。
(1)有限時間内にどちらの競技者も選択手を示さないことがある。
(2)あいこが無限に続く。(例えば両者パーだけ出すことを根回しする。)

これらは普段われわれがじゃんけんをする際に、既に陰に採用している妥当な仮定でしょう。
引き分けを嫌うじゃんけんが採用している、隠されたルールです。
後だしロボットの映像から学べることは、
じゃんけん競技化にはこれをルールとして明文化すべきということです。
じゃんけんについての最初の記事 で述べたものに続く、2番目のルールとなりましょう。

後だしロボット同士の対戦の自明な結末が引き分けと呼んでいいかについては、
「そもそもあれ厳密にはじゃんけんじゃない。対戦として合法的に成立してない。」
と答えることになるでしょう。