昨日は、震災からまる2年が経った日だった。
あの頃のこと、考えていた。
いまだに印象が強い思いでは、
地下歩道にいた、ホームレスの人の光景。
ライフラインがとまり、交通機関も止まり、
これからどうなるのだろうと、人々がさまよい歩いていた街で、
その人は、静かに編み物をしていた。
その一角にだけ、静寂があって、
その一角にだけ、日常があって、
その一角にだけ、高潔さがあった。
これはあくまで、私を通した見方だけれど、
あの光景を見たとき、衝撃が走った。
ライフラインが使えない。
住む場所が、ままならない。
食べ物が、確保できない。
それらは、私たちにとっては、異常事態だった。
でも、その人にとっては、日常だったのだ。
だけど、そのこと自体に、衝撃を受けたのではない。
誰もが、異常事態だと受け止めているであろう状況の中で、
その一角だけは、静寂と、日常とがあったこと。
外側が、私たちに影響しているものなんて、なにもない。
全部、自分たちの中で、起こっていることなんだ。
異常事態も、緊急事態も、
出来事に、「名前」をつけた瞬間、
わたしたちは、その名前通りの経験をしているだけなんだ。
だけど、ほんとうは、
外側の状態に名前をつけたのは、内側なんだ。
わたしたちが、世界を見たいように、見ているだけで、
感じたいように、感じているだけで、
経験したいように、経験しているだけなんだ。
そんなことが、一瞬のうちに自分の中で感じられて、
身震いをした。
受け入れがたい概念だった。
だから、いまだに覚えているのだと思う。
もうひとつ、覚えているのは、
悲しみが湧き上がってきたとき、
かさぶたが剥がれ落ちるような感覚を持ったこと。
剥がれ落ちるように、涙が出てきてしまって、
自分では、止めることはできなかった。
そのときに、思った。
かさぶたって、いつの間にできたものなんだろうって。
この震災で、できたものではないように感じた。
ずっと前からあったものが、その傷口をあらわしたかのようだった。
だけど、とにかく、もう二度と味わいたくないと思った。
剥がれ落ちると、ありえないくらい、悲しみが湧き上がってくるから、
そんな思いは、日常生活を送る上では、ありがたくない感情だったから。
とにかく、もう二度と、味わいたくなかった。
わたしは、その意味では、
ほんとうに、あの出来事を乗り越えてはいないのだと思う。
ただ、私がそれまで気づいてなかったことを、2つ、
あの震災は、教えてくれたのだ。
自分の根底や核心を揺さぶられる体験を通して、
わたしに、宿題を与えてくれた。
まだ、私の中に、悲しみや嘆きの感情が残っている。
だからこそ、この宿題を与えられたのだろうと思う。
深く、深く、流れるように、歩いていくことで
初めて、知ることができるものも、あるということを、
わたしはいま、なんとなく、感じている。
☆☆☆