さっき、久しぶりにノートがはかどった。
イメージと文章、どちらも出てきてくれたおかげで、
私の理解の仕方も、より全体的なものになった気がした。
例えば、さっきの例で言うと、
自分の中で問いかけをしたとき、
ヨーロッパ貴族の肥満児のイメージが急に出てきて、
どうしたんだろ、と思ってたら、
このイメージについて、どう思う?という問いが逆に響いてきたので、
なんでもやってもらうこと自体が仕事みたいになってるから、
自分で動く機会がないので欲求不満を感じている。
この欲求不満が、生きる意欲や気力をも抑えてしまっている、
みたいなことを書いているうちに、
このイメージ、自分の小さい頃の姿かもって思った。
身体も、気持ちも、周りを伺っていることが多かったから、
自発的に動いて楽しいというよりは、
怒られないように、最小限のことをする、という方が、合ってたかもしれない。
あとは、着せ替え人形みたいな感じですよね。
けど、たとえば、お手伝いとか、
これお願いって、大人から許可を受けたものだけは、やってたんだ。
今思ったけど、わたしはその場で臨機応変に動けるタイプというよりは、
マニュアル通りに業務を行う方があっているタイプ。コールセンターとかね。
もっと、自由に動ける人に憧れていたんだけど、
言われたとおりにしか、動いてはいけない、というのが、
子供の頃の記憶として、残っていたのかもしれない。
それで無意識に、自由に考えるという思考に、ストップがかかってしまうのか。
父親も、その極端なタイプだったから、
「言われた通りにしかやってはいけない」ということを、
怒られる恐怖とともに、随分味わったのかもしれないと思いました。
あ~あ~、謎が~と~けえてゆ~く~。(昔懐かしい歌に合わせて)
自分の謎解きをするのは面白い。
でも、同時に吐き気(笑)
最近、ず~っとノートが進まなくて、
書いてはいるんだけど、頭の中が整理されるどころか、
むしろごちゃごちゃがとまらず、自分の中に全然入っていけなかった。
肩もカチカチだし(笑) 実はわたし、7、8歳の頃から肩こりだったので、
その頃の身体と感情の記憶が、よみがえってきてるのかもな、
と思いながらも、どきどきしてました(笑)
こんな小さい頃の記憶に向き合えるのか?って感じで怖かったし、
その頃味わった鮮やかな感情なんて、出てきてくれなくていいって思った。
だけど、鮮やかだったからこそ、
取り戻す必要があるんだよね、今の自分に。
自分を非難するや、貶めることではなくて、
自分を愛することに、意識を向け始めた今だから。
少しずつ、取り戻していったら、いいよね。
☆☆☆