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THE CLEARING DAY

わが家のお掃除を、本腰を入れて始めたのだ!!

こころもからだもくりあ~でいくよ!!




体の調子もあって、数日引きこもろうかなあと思っていたのですが、


結局、予定を入れてしまった・・・(笑)


けど、全部わくわくの楽しみな予定だからいーのドキドキ




いや、ひっさしぶりに体調崩してます!


頭痛がひどいのと身体ののあちこちが痛んでて、


消化器系もやられているんだけど、それでもむしゃむしゃ食べてしまうので(笑)


お味噌汁で、ただいま胃腸をよしよししてます(笑)


あとが怖いもので・・・(^^;)胃腸ごめんね~!




よく体調を崩してた、子供の頃を思い出した。


その時の感覚や記憶が蘇ってきて、


わたしはあの頃から見たら、身体的にも、


そして何より、精神的にも、ずっと自由だな、って思って、


年月が教えてくれた人生のレッスンに、感謝した。




そして、レッスンは続いている。


私が今一番したくないことは、


じっとして、いること。


というわけで、今日はこれから、じっとしてます(笑)


じっとしてどうなるか、見てみるわ。


ではではまた~☆



☆☆☆



自分の感覚を信頼すること

これって、大事だなって思った。

そのときには、理由が見つからないように思えても、

その時の自分には気づかなかったことに、

直感の方は、気づいていたりするのだと。

直感なんて、根拠がないから、

嫌に思う理由なんてないじゃないか、とか、

このわたしの態度は、わがままなんじゃないだろうかとか、

その感覚を抱いている「自分」に、非があるのではないか

という行動パターンに陥っていたことに気づいた。

だけど、それによって、

自分の境界線を守れていなかったことにも気づいた。

今日、お店に行って帰ってきた時に、

それが、ものすごくわかった。

相手がどう感じるかを、

最優先事項にしてしまっていたことにも気づいた。

それで、自分の心地悪さを押し込めて、

自分が我慢することで、その場をしのごうとしていたことにも。

それに気づくと、怒りが出てきた。

なんで、目の前の人間には気を遣っているくせに、

私っていう人間に対しては、そういう扱いになるわけ?

あったまにきた。そんな自分の行動パターンに。

おばあちゃんにマッサージしながら、そのお店の話をしたときに、

その相手を傷つけるような意図はなしに、感じたことをただ言ったら、

体中から一気に、もやもやの感覚が解き放たれた気がした。

心地よくない感じを我慢しているときというのは、

結局のところ、自分を犠牲にしてしまっていて、

その結果、心地よくない感じを味あわせた相手に、

ネガティブな感情や怒りが、自然に向きがちだ。

でも、結局は、

自分が、自分を犠牲にしたのだ。


まさか、自分自身でこの結論に至るとは。


書きながら、意外で、驚きもしてる。



だけど、確かに、そうだった。



だから、今度は、


違う道を、選ぼう。



☆☆☆






今年に入ってから、


実は、はちみつを見直している☆




はちみつの甘さって、なんとなく甘ったるい感じがして、


いや、これは幼少期体験の結果なのだけれど、



うちのおばあちゃん、トマトにはちみつをかけるんですね(笑)


おばあちゃんにとっては、それがご馳走らしくて、


食べさい!食べさい!って、食べるまで言われるんだけど(笑)


甘ったるい水っぽいトマトが、わたしにとってはまずくて(笑)


それで、


はちみつ=余計な甘さ


っていうデータが、私の中に入ってしまっていたのね(笑)




それが、コールセンター業務を始めてから、


部屋の乾燥としゃべりのおかげで、のどがもたなくて、


しぶしぶ、寝る前に、


はちみつをほんの少し、お湯に溶かして飲んでみた。




そしたら・・・


お、おいしい!!!




このさじ加減が、ポイントだったんだ!と気づいた!


お湯にほんのりと、はちみつの風味を加えるくらいのつもりでいれてあげると、


体への浸透率が高くなるのか、


ポカリスエットのように、ぐんぐん身体に染み込んでいくドリンクになった!


このはちみつ水のおかげで、喉も身体の乾きも癒えましたドキドキ



自然のものは、ほんのり加えてあげると、


身体に自然に染み込んでいくんだなと、実感したのでした。




神経が高ぶっている時も、これは効果的。


やけに頭が活動的になっているとき、


そのまま行くとやけに疲れるなあという時は、


ひとさじのはちみつを、お湯に溶かして飲んであげると、


身体がホッとして、神経が緩んでくれるから、


明日からまた仕事!の前夜にでも、


ぜひぜひ、お試しあれ☆



☆☆☆





休みの日って、最近挑戦(笑)


いや、何かに挑戦するわけではなくて、


何もしなくていい時間をつくるって、


精神にとっては、挑戦的な時間だなと思った。



英語とか、身体を動かすこととか、


ルーティンワークとして、一日の中に詰め込もうとしていたので、


ちょっと違う気がするなと思って、いったんそれをやめてみた。


そしたら、出てくるわ、出てくるわ、


今まで我慢していたであろうことがどやどやどや。



何もしないでぼーっと一日を過ごす。


Dailymotionで昔のアニメに没頭する。


食べたいだけ食べて、寝たいだけ寝る。


あふれんばかりに、これらをやっていました。


ぼおーっとね(笑)




何が挑戦かというと、


数日前の私の意識から見たら、


これらはすべて、「時間の無駄」であり、「自分の本意」とは逆の行為であるので、


律するべきものとして、無視し続けてきたものだった、


ということに、気づいちゃったってとこだね。




もっと言えば、無視するっていうことは、


その存在を認めずに、悪者として扱っていたところがあった、ということ。




そんなつもりはなかったんだけど、


いつのまにか、そういう扱いをしていたんだ。


無意識にやっていたことに気づくときって、


けっこう、衝撃的だったりします。



だから、結果的には、


「抑圧」してたってことになるので、


あふれ出すわけですね。こんなふうに。




でも、こういう姿勢って、


自分の中で、葛藤や分裂を引き起こすだけだから、


律するという言葉を使いながら、実際には悪者を排除しようとしているだけだから、


そして、その「悪者」という概念さえも、


わたし自身の価値観から、生み出されたものに過ぎないから、




それに気づかされてしまうと、


自分が作り出した悪者を、自分が正義の味方になって倒そうなんて、


なにを大いなる一人芝居してるんだろうって、ぼーぜんとしてしまう。


律するなんて言葉を使って、自分の一部を切り離そうとすることに、


エネルギーを使うことが、つまらなくなってくる。



別に、戦わずにさ、


一緒に、同じ方向向いたらいいんだよね。


そのやり方は、まだ知らないけど。




いまは、とりあえず、


食べたいだけ食べて、寝たいだけ寝て、


抑圧された欲求を、解放しています(響きよく聞こえるな笑)




そういう状態にならないようにすることで、


自分をいい状態に保とうとしていたことがわかった。


けど、今感じているのは、


そういう状態になった時に感じる、心地悪さというか、


自分はダメなんじゃないかとか、なんにもできてないんじゃないかとか、


自分の中でのジャッジに、自分自身がさらされることが、


嫌だったんだろうと思う。




心地悪いことって、避けるよね。


基本的には、それでいいと思うけど、


ものによっては、その中に入っていくことで、


より、自分になっていけることもあるんだと感じた。


自分が切り離した悪者達を、


自分の中に、帰してあげる感じだよね。


居場所を与えてやらなかった者たちを、


ごめんごめん、悪かったねって、


家に連れて帰ってあげるような、そんな時間だよね。


それもまた、をかし。(どうした)



☆☆☆





ここ最近、ブログや英会話などに時間を使わなきゃ、


という意識の方が先に立っていたおかげで、


「時間がない!」という感覚が常に生じ、


結果的に、一日がうまく回っていかないという状態が起こっていた。




なので、昨日から、その姿勢から抜け出すことにした。


これをしなきゃ、あれをしなきゃという気持ちを、まるごと放り投げた。


その結果、今日、帰ってきてから、4時間昼寝をしてしまい、


やっちゃった・・・感で目が覚めたときに、


そのことに対して、「悪い」という判断を下していたことに気づき、


ただ、この状態を感じてみることにしたら、


いつもと違う意識感覚であることに気づいたので、


早速ノートに向かったら、内側へ降りていく感覚で、かなりの文章が書けました。




あれだけ今まで書けないでいたのに、不思議。


「人間万事、塞翁が馬」って、こういうことなんだなあと思いました。


いい悪いと判断していたら、その頭の中の判断によって、


実際に起こっている「経験」自体を、見逃す可能性があるのですね。





今日、ノートに書きながら気づいたことは、


感じていく力と、具現化していく力を、


適材適所で、使ってあげるということ。


どちらかが邪魔に思われたり、自分の足を引っぱるように感じられたときは、


自分の力を最大限に引き出すやり方で、それらを使っていないだけなんだということ。


会社でも、適材適所とか言うけれど、


同じことは、自分の中で、起こっているんだね。



そのことが、よく感じられました。


物事の性質、それ自体ではなく、

わたしのやり方自体が、わたしの足を引っ張っていたのだということに。



とても大切なことを、教えられました。




☆☆☆