8という数字は、豊かさを表す数字として好まれており、
私も、8888の車のナンバーは好きだったのだが、
自分からこの数字を使うことは、避けていたことに気がついた。
意外に思って、その時の自分の内側を感じてみたら、
「豊かさ」という言葉が意味する、
もう少し深い意味を、受け入れることに対して、、
抵抗していたようだった。
豊かさ=幸せな感覚、満たされた感覚
というイメージが、私の中には存在していた。
経済的にも、物質的にも、精神的にも、人間関係なども、
自分の希望にかなった、愛にあふれた状態がそこにあって、
「豊かに」満たされている、といったイメージが。
少なくとも、わたしが潜在的に求めていた「豊かさ」は、
こういう類のものだったらしい。
自分の奥深くにある本音に気づくときって、
自分自身が一番、ドキっとするものだ。
願望としては、全然、それでもいいですよね。
あらゆる面で、満たされたいですよね。
しあわせ感じて、生きていきたいですよね。
ただ、その時に、ふとわかってしまったことは、
「豊かさ」という言葉が、もう少し深い部分で意味しているものが、
「経験の豊かさ」である、ということだった。
それも、「外面的」な経験のことではなくて、
もっと、内的な経験だ。
たとえば、ちょっとした事なんだけど、
それが自分の古傷に触れて、かなり落ち込んだ、とか、
あるいは、いきなり腹が立って、その日ずっと怒りを感じ続けていた、とか、
客観的なことではなくて、そういう主観的なこと。
そこが、自分を知るために、自分に近づくために、
実は最も大切な部分なのだと、気がついてしまった。
そして、それらの経験が、深いものであり、
バラエティーに富んでいるほど、
つまりは、「豊か」なのだ。
何にドキっとしたかというと、
私が潜在的に求めていた豊かさというのは、
そういう意味では、色彩に富んでいなかったのだ。
辛い気持ちとか、悲しさとか、憤りとか、
そういうのは、もう味わいたくないな、っていう気持ちが、
どこかに、あった。
だから、それらを除いた色彩を、
もっとパステルカラーの、明るい色だけを望んでいた、
ということを、突きつけられたように感じた。
それが、悪いというわけじゃない。
ただ、実際、それを望んで、それらが実現した時に、
私はほんとうにそれらの色だけで、満足するかといったら、
満足しないであろうことが、明らかに、感覚としてわかってしまった。
じゃあ、なにが、わたしにとって、
本当の豊かさの経験なの?って思ったら、
あらゆる色彩を、トーンを変えながら、味わい尽くすこと
だった。
言葉にすると、いい響きでしょう。
私は、まじ勘弁、って、ちょっと思った。
つまり、豊かさという言葉を実現させる経験の中には、
自分にとって、一番経験したくないと感じることも、
含まれているということですよ。
一般的にではなくて、
その人にとって、まじ勘弁、って感じるようなこと。
まじ勘弁して欲しい、人生から取り除きたいような感情や経験も、
いやいや、それがあってこそ、色彩は豊かになるのよ、とばかりに、、
その色彩は、つまり、まじ勘弁、な経験は、
「豊かさのひとつ」というかたちをとって、やってくるのかもしれない、ということ。
その色彩を、自分の中に見出すまで。
まじ、勘弁(笑)
わたしが、8を使うことに躊躇していたのは、
「豊かさを受け入れる~☆」と、ほんとに宣言してしまったら、
待ってました~☆とばかりに、
「色彩豊かな」経験が、押し寄せてきてしまうであろうことに、
おののいていたのかもしれないな、と思いました。
そう思いながらも、8という数字を、使い始めました。
あきらめどきとは、こういう時を言うのです。
気づいてしまったら、後戻りできないのです。
たとえ全力で後戻りしたくとも、
全身全霊で、はっ!と腑に落ちてしまったものについては、
もう、ごまかすことができないのです!
どんな経験もWELCOM!って言える人って、
やっぱり、尋常じゃなくすごいと思う(笑)
ああ、もう、思いっきり、
人間らしく、生きていこう~!!!
そして、自分を超えていこう。
それって、ものすごく、面白いはずだから!!!
☆☆☆