〇〇のために、やる。
〇〇が正解だから、やる。
今日、職場で施設長から
「今日は、すごくいいね。
ニコニコして、すごく付き合いやすい。
今日の感じでずっといってください。
何か、いいことでもあったのか?」
と言われた。
そのことを、先生にお礼とともにメールした。
すると、先生からお返事をいただいた。
「それでいいと思います。
ただ、その施設長が見てくれるために、やったらあかんで。
だれも見ていなくてもやる。そのことを忘れたらあかんで。」
そうだ。
ここだ。
ひっくりかえるポイントだ。
昨日のフラの先生からのアドバイスでもそうだ。
〇〇が正解だからやる、のと
必要な要素を稽古していたら、うまくなっちゃった!の違いは、
出来上がりが全く違ってくるそうだ。
今日の施設での自分は、うまくなっちゃった!だ。
特段、こうしようと意識していたわけではない。
元気よく、とは思っていたが、それ以上特別になにかしようとしたわけではない。
ということは、これまで取り組んできたことが
身につけられてきている、ということだ。
それが、良い方向に向かったということだ。
であれば、それを継続しろ、と先生は仰っているのだ。
今日の出来事を入り口にして、仕事をやろう。
難しいことではない。
これまで、正解を求めて、正解にこだわって
正しさに依存して、セミナーやワークショップにでて
答えを探してきて、他の人に誇示してきていた。
ただ、人との関係性はかわらなかった。
それは、自分との関係性にも全く同じことが言えるだろう。
この一年、なんとか取り組んできたことを
続けよう。
まだ言語でまとめるには早い。
やろう。