窓の中にピアノの屋根が写っているのが見えるでしょうか・・・

今週は3つのコンサートへ出かけました。フルートのクラスコンサートを入れると4つ。
仕事柄・・ということもあって多い方だと思います。

なかなかブログに向かう時間がとれないので、全部の感想を書くことはできませんが、今日は書けそう。

「行きたい」と思うコンサートにはできるだけ行くようにしているのですが、レッスンの時間帯と重なるのでそうそう思うようにはいきません。曜日によって休める時と休めない時があるので、ある程度厳選して行くようには、しています。

今日はここから少し北の町で、個人の方が仲間を募ってピアニストを呼び、レストランを会場に
開いたもの。その主催者と知り合いであるため、そしてピアニストは12月の発表会のゲストでもある
という偶然が重なり「ぜひ行きます!」となった次第。

さて、今日のピアニストの中川賢一さんは三十代後半。美しい音とエネルギッシュなパワーを自由自在に駆使して、私達をピアノ満開の世界へ連れて行ってくれます。
フランス印象派、そして現代曲を得意とし、東京と出身地であるこの県を半分ずつ行き来しています。

今日の観客は30名ほど。
プログラムは

サティ作曲      ジュ・トゥ・ヴ 
ドビュッシー作曲   アラベスク第一番
           月の光
           
ラベル作曲      水の戯れ

リスト作曲      コンソレーション(NO忘れ)
           愛の夢 第三番
           ため息

ショパン作曲     ノクターン作品9-2
           マズルカ(No忘)
           ワルツ作品64-2
           軍隊ポロネーズ
           英雄ポロネーズ

アンコールはラベルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」

終了後、観客とともに食事。交流。
最終の新幹線で東京へ。

プログラムをごらんになってわかるとおり、コンサートホールでのリサイタル等では絶対に並ばないような、「よく知られたクラシック」が並びました。

中川さんは自分の演奏も大切にしながら、主催者の要望に答えてくださり、
クラシックになじみのないお客様で、たとえば演奏中に携帯電話が鳴ったり、演奏中にごそごそ・・とか出入りしたり・・ということがあっても(今日はレストランなので特にそうだったかも)、決して演奏に手を抜くことのない、すばらしい方です。
(演奏に手を抜かないって、当たり前のようですが、実はそうでもない方もいるんですよ。)


コンサートの後のお食事の時も、まわりにかわるがわるお客さんが寄ってきて、その誰とでも意欲的に楽しく話していらっしゃいます。

私もごあいさつに行き、ちょうど発表会での曲目をメールで打ち合わせしている最中なので、少しその話をしました。
4月に彼の「お誕生日パーティーコンサート」(こういうのもやってます)でお会いして以来なので、いっぱいお話したかったのですが、次のファンの方がいらしたので早々に退散。

ちょうど来ていた知人とおしゃべりをして、楽しく食事をし、主催者の方には本当に感謝の一言で
HAPPYに帰って来ました。











今日はフルート教室のクラスコンサート。
少人数ということもあって、我が家のリビングが会場となりました。

フルートクラスは中学生一人のほかはすべて社会人。
発足して3年目、クラスコンサートは二回目です。
皆、一年前より目覚しく進歩していて、来年がさらに楽しみ。

今日のピアノ担当はフルートの先生です。
ピアノはアメリカのEVERETT社製。50~60年くらい前のものです。

追記:フルート教室は現在開講しておりません


好きなのは、バッハ・シューマン・バルトーク


はじめはバッハの「フランス組曲」
バッハを愛する私ですが、小学5年生の時に衝撃的な出会いがありました。
フランス組曲第三番のアルマンドの冒頭部分を弾いて
「これは今までやった曲と全然ちがう!」と思ったのです。
それ以来、バッハを弾くのも聴くのも好きで好きで・・・。
でもやっぱり原点はこのフランス組曲。
イングリット・へブラーの暖かく豊かな音楽に、ゆったりと浸れます。
J.S.バッハ  フランス組曲     
演奏 イングリット・へブラー        PHILIPS社


今年の発表会でシューマンとバルトークを取り上げたのがきっかけて、
今、自分でも驚くほど今シューマンにはまっています。
「ユーゲントアルバム 作品68」は最初の数曲は日本でもいろいろな子供のための曲集に入っているけれど、全曲の録音は数えるほど。でも短い曲のひとうひとつが美しいのでぜひ全曲盤をおすすめします。
まさにピアノがうたう・・とはこのことかという感じです。
ここでは輸入盤をご紹介しますが、
日本人では伊藤恵(いとう けい)さんがシューマニアーナというシリーズで全曲録音をしていらっしゃいます。こちらもとても美しい曲集です。

Roberto Schumann     Album fur Jugend Op.68
演奏 MICHAEL ENDRES    OEHMS CLASSICS社


そして、最後はバルトーク。
バルトークはコダーイとともにハンガリー全土を旅して民俗音楽を収集しました。
それをもとに子供たちのための曲をたくさん作り、ずっと後になって
音楽教育のシステムを編み出しました。
中には日本のメロディーに近いものもあって、私はこれを聴くとなんとなくドキドキします。
ああ、つながっているんだなあ・・って。
民族音楽はいろいろな形でつながっているのだそうです。(交易等を通じて)
バルトークは我が子にピアノを教えるために後に作曲した「ミクロコスモス」もすばらしいのですが、
「聴いて楽しめる」のはやはりこちらだと思います。

ベラ・バルトーク              子供のために 
演奏 ゾルダン・コチシュ                PHILIPS社


六星占術による  木星人の運命
                    細木数子  平成18年版   ワニ文庫

六星占術のルーツは,中国四千数百年の昔に人間が生み出し、それ以来長い時間をかけて育んでき
た統計学です。

六星占術は「心のあり方」を学ぶ人間学のはじまり

以前からテレビで、細木数子さんのお話を聞いて、その魅力的な人柄に興味をもっていました。
細木さんのお話は私が持っている「占い」についてのイメージをはるかに超えて、
人が左右することのできない「運命」の中でどういう生き方をしたら良いのかということを考えさせられます。

運命は変えられないが、それを知ることによって前向きな生き方ができる。
もっと自然を大切にし、身を任せる・・という生き方をしてもいいのではないか。
そんな気持ちになります。

もっとお話を聞いてみたい、
鑑定していただくこともできるのだろうか、などど思っていました。

そんな折も折、買い物にいくついでに
「何か買ってきてほしいものある?」と夫に聞いたら
「細木数子さんの本」
ああ、やっぱりそう思っていたのね。。。と嬉しくなり、店先で家族4人の星を計算し、4冊購入。
(別に住んでる娘の分も買っちゃいました)

でもって、私は木星人です。

いちばん嬉しかったことは、向いている職業のなかに「ピアノ教師」があったこと(単純?)
夫との相性が最高であること(なぜかこれは二番目?)
なるほど、と思ったのは長男の干支、星ともにお互いにあまり関わらない方が良いということ
                   (なのに、過干渉、支配はあんまりだったね。ゴメン)

十二年の周期で過去のいろいろなことを見ていくと
「なるほど、当たってるゥ・・」とうなずくことばかり。
ただ、良妻賢母の星・・・というのはどうかなあ。
家事はさぼってばっかりだし、お世辞にも良い母とは言えなかったと思う。
人によって強く出るところとそうではないところがあるのかも。

科学や知識など現在の自分たちの理解できるものだけを信じるのは人間のおごりであると思います。
人間が生まれるずっと前から宇宙はあったのだし、その宇宙は人間には発想すらできない概念でできてい
るのかも知れません。

人間というものが小さな存在であることを知ってなお、
人生を希望をもって見つめることのできる一冊です。


学級崩壊をどうみるか                        NHKブックス
                    
                 1999年6月初版    尾木直樹著 日本放送協会編






図書館の「家庭教育」のコーナーで、「知らずに子どもを傷つける親たち」「ダメ母に苦しめられて」とともに借りました。


学級崩壊を

小学校において、授業中、立ち歩きや私語、自己中心的な行動をとる児童によって、学級全体の授業が成立しない状態

と定義しています。



ピアノ教室でも以前、新人の先生のレッスンで「学級崩壊」かとおもわれる状況になったことがあったので、関心をもっていました。

その状況というのは
1 あいさつをせずにレッスンを始め、終わる (教師、生徒)                 
2 友達同士のように話す (教師、生徒)                           
3 かばんは床に投げ出したままその中から一冊ずつ本を出して弾いている (生徒)       
4 子どもがレッスン中に立ち歩く 関係のない話を突然する(生徒)             
5 教室の備品で遊ぶ
6 レッスンの内容が身につかない
7 個人差を考慮しても尚、他の先生に習っている子より極端に進度が遅れる
8 その子の家庭の問題や、かかえている問題点がフォローされず、むき出しにあらわれてくる
9 そして、これらのことを、注意し改善することができない(教師)              
などです。

これは個人レッスンの場合どの教師とどの子の関係でもおきうるものですが、とても極端な形で起きてきていました。
そしてその先生の担当するほとんどのレッスンで一つ以上当てはまりました。
その時、私は指導力の不足する教師の場合、子どもがかかえる何らかのことがらが、
その不足部分(スキ)に「付け込む」ような形で問題が起きるような印象を受けていました。

「これが集団だったら学級崩壊ってこんなふうにしておきるのではないか。先生たちは子どもが変わったことが原因といっているけれど、子どものような指導者の方か原因なのではないか」

ところが、そうではありませんでした。教師暦何十年というベテランの先生のクラスでも学級崩壊は起こりうるというのです。

この本では学級崩壊の現状を具体的に調査した上で、学童保育所の指導員、保育園の保育士さんにアンケート調査でこどもたちの現状を聞いています。
  ・それぞれが勝手なことをしていて話が聞けない(集中力の欠如)
  ・できないことはやらない
  ・自分の要求がとおらないとパニック状態になる
  ・一人でちがうことをする(集団になじめない)
  ・しかし心が安定している子は社会性も豊かで友達と遊ぶのが上手。一つのことをみんなでやる
   楽しさが少ないのではないか

さらに筆者は講演先で先生や親とのやりとりの中から大人の側の問題点を探っています。
大人にもイライラ感、生き辛さが蔓延して、思う存分子どもをかわいがって育てることのできない環境(社会、個人両方)のように思いました。

最後に「学級崩壊からの脱出」という章で解決策が提示されていますが、
やはり指導者の側が「子供観」を変えていく必要があること
「学級」そのものの意味や必要性が問われる時代(状況)であること
一人担任制や今までの指導観は通用しない時代になってきていること
を、知りました。
ただ、実際に現場でそれを変えていくのは、教育の世界に限らず大変なことのようです。

教師側がまず柔軟な姿勢にならないと、子供の変化に対応することは難しい。
子供により添っていくことは、いかに大人が柔軟なゆとりある考えができるかにかかっているのではないでしょうか。


ピアノの個人レッスンと、公教育である小学校の指導とを一緒に論じるのは無理があることは承知しています。
どうしても自分の立場で見てしまうので本の論旨とは多少ずれている部分もあるかと思います。