The life is time killing till I die. -124ページ目

おちゃむらい2

HIFANAがやってるイベントで、『ZAMURAI』ってのがある。
相当ファンキー。
これは、出演者の誰もがそれぞれの道のエキスパート、つまり、一人一人が「〇〇侍(ナントカザムライ)」だってことで名付けられた。

HIFANAはブレイクビーツ侍で、DJ KENTAROはタンテ侍、がーまるちょぱはパントマイム侍w
他には、タッカーやアッパーカット、吉澤ダイナマイトとかいる。

なんだろな?
俺も〇〇侍になりたい。

忠を尽くすにせよ、道を極めるにせよ、孤高の存在になりたい。
というか、侍はみんな自分というものを持っている、気がする。
ま、バガボンドが多大に影響しているんだろ。

羨ましいぜ。

自分の信じるものに対して従順に生きていける。
気がする。
信じ通せる、気がする。

それに比べて俺は、自分に対する周りの評価ばっかり気にしてる。
一言一言に影響されていて、芯というものを持っていない気がする。

だめだよなぁ、こんなんじゃ。

おちゃむらい

SAMURAI。

どうやら僕は、侍に弱いらしい。
確信した。

10月からアニマックスで、サムライ特集が始まったのよ。
実はけっこうアニメ好きなんだよね。(決してヲタとか、そういう方向ではない)

で、そのサムライ特集で3つのサムライアニメが始まった。

『るろうに剣心』
『SAMURAI 7』
『サムライチャンプルー』

『るろうに剣心』はもう定番。
前はジャンプで読んでたけど、今はもういいかな。
でも作者の和月さんは同郷なんで、ね。
登場人物の名前には新潟の地名が使われてる。
昔は好きだったよ、昔は。

一番見たかったのは、『SAMURAI 7』。
黒澤明の『七人の侍』をベースに(というか、ほとんどそのまんま)、作ったSF時代劇アニメ。
普段継続的にテレビ番組見ないのに、これは今のところ見逃していない。

『サムライチャンプルー』は、『カウボーイ・ビバップ』の渡辺信一郎が手掛けたアニメ。
なんといっても音楽陣が超豪華!
Nujabes、Fat Jon、ツッチー、Force Of Natureがやってる。
アニメ中にスクラッチが入る。
時代劇なのに現代の言葉で喋っちゃうくらいノリがいい。
前フジテレビでやってたんだよね。


そういや俺、サムライの何が好きなんだろ?
考えておくか。
時間はあるし。

ピースカパースカ

最近ちょっと殻が割れたくさい。
(但し、アドビのイラストレーターにおいて)

ちょっとした既成概念から解き放たれて、表現の幅が広がった。
といっても技術面は未だ進歩せず。

でも専門書を読みつつマウスを動かし、少しづつではあるけれどいろんな方法を身につけてきてはいる。
夜な夜な。

昨日も、5時くらいまで起きてVAIOと睨めっこ。
とりあえずいろいろやってみて、偶然作られるパターンに独り喜んでいる。
あはぁ、快っ感♪

やっぱなんか作るの好きかも。
それが仕事になったらなんて理想的なんだろう~。

ま、まだまだ下手の横好きレヴェルなんで、そんなんで喰ってけません。
最近世の中の重さと軽さを徐々に理解してきているような気がします。
遅いけど。

ネガティブなオプティミストなんで。
自己嫌悪的に社会を放棄して不安から逃げてってのが常套手段。
でも一時的に安心して、現実に戻ってみると、更に病気は重くなっているんだけどね。

話逸れた。

技巧が足りないながらも、クリエイティビティの発揮できる仕事がいいなぁ。
と、考えた答えがセールスプロモーション。
数多の手段を駆使して販売促進するから、発想力は大事に違いない。

でもイラストレーターとかフォトショップとか、使いこなせるようになりたい!
あと最近、VJにも興味を持つようになってきた。
あれってどーやってやんの?

あとHIFANAみたくサンプラーパッド叩いて音楽してみたい!
無限の可能性をもつパーカッションだ。
いーなー。

なんて法学部らしからぬ発言だ。

ま、エアロバキバキよりマシか。

身辺整理

とりあえず、今は身の回りにあるごちゃごちゃしたものを一つ一つ整理しよう。

とりあえず、大きいやつは今日片付けた。


あとは細々したものをさっさと始末して、身の回りを更地にしよう。

で、また基盤からコツコツと造り上げていって。


資材の調達は、できるだけいろんなトコロを回って、できるだけいろんなトコロから集めよう。


ちょっと、更地にした地面の上で、ゴロンと寝転がっていいすか?


あんまり寝てるようだったら、誰か思いっきり叩き起こして下さい。

遠慮なくどーぞ。


そして罵って下さい。

「何やってんだよテメー!? やることあんだろ!!」って感じで。


手を差し延べて欲しいっす。

ボキャブラ地獄

最近、自分のボキャブラリーの少なさを感じる。

人と話すときの表現や、ブログ書いているときの表現が、大分パターン化されている気がして。
会話にいたっては内容まで被ることも。

言葉というのは、話す相手も知っているという前提で口から出る。
実際、言葉は誰もが大体共通して知っているから日常における会話は苦労しないわけで。

そしてそこから口癖ってのができる。
僕なんかは、「まぁいいよ」とか「いいんじゃない?」って言葉がしばしば出る。

最近は、それで済んでいる自分が情けなく思う。

デザインは、限りなく表現の幅がある。
言葉も品詞を組み合わせる一種のデザインだと思う。

で、前にも書いた通り、今イラストレーターでデザインをしているが、技術が足りないために表現の幅が狭いことを嘆いている。
そう、言葉に関しても、技術が足りないために表現の幅が狭い。

だから言葉にも技術を求めている。
しかし技術があっても多くの素材がなくては生きない。

その素材が、つまりボキャブラリー。
素材(ボキャブラリー)がなくちゃ、加工(多彩な表現)はできない。

あぁ、ボキャブラリーがほしい。
これは日本語に限ったことではない。
日本はいろんな国の言葉を吸収してしまうかなりヘンテコな国だから。
英語は勿論、ドイツ語フランス語イタリア語スペイン語中国語ヒンドゥー語。
ユビキタスって何語だっけ?

最近類語辞典の重要性を認識した。
表現の多様性をもたらすものだと。

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