

二月十八日、私は先の震災で壊滅的な被害を受けた陸前高田にいた。震災から一年になる三月十一日になるまでに自分の目で被災地を見ておきたい。その思いだけで東京行き最終便に飛び乗り、新宿から夜行バスで岩手県の一ノ関、そこからはレンタカーを走らせて向かったのだった。現地に到着するまでの間、一年前にテレビで放送されたあの津波の映像が頭の中で何度となくフラッシュバックしていた。あらゆる物が流され、押しつぶされていく映像は、想像をはるかに超え、そして容易には受け入れがたいものだった。その場所に向かっているのだと思うと心が震えた。
リアス式海岸特有の急勾配の山道を抜けると、今まで経験した事のない光景が目にはいってきた。コンクリートの建物の残骸をわずかに残す以外は、うずたかく積み上げられた瓦礫の山がどこまでも続いていた。後日その場所で生まれ育った友人から聞いた話では、私が降り立った場所は街の中心部で、震災以前は商店が建ち並び、人々が賑やかに生活をしていた場所だったようだ。しかし今となっては雪が地面に落ちる音まで聞こえそうなほど静かな場所となっていた。
今回、岩手県、宮城県の様々な被災地を訪れて、震災から一年が経とうとしている今でも、人間の絆や繋がりを大事にする姿勢や、他人の為に自らを差し出していく行為に数多く出会い、そこには救いや希望の芽があるように感じた。しかしながら被災地を一歩外に出ると、あれほど壮絶な出来事だったにも関わらず震災の風化が始まっている様な気がしてならない。
今回の震災において、直接的な被害を受けなかったけれども心に衝撃を受けた人はたくさんいるだろう。私も含めてそういう人達がこの出来事をしっかりと受け止め、教訓や知恵を後世へと語り伝えていくことが重要なのではないだろうか。
日本は世界でも有数の自然災害の多い国である。私たちは過去においても深刻な自然災害を乗り越え命をリレーしてきた人間の子孫なのだ。自然災害が起こるたびに力づよく復興をしてきた者たちの子孫なのである。春になると、この陸前高田の大地からも一斉に草花が芽を出し始める事だろう。復興はまだ始まったばかりだ。頑張れ東北!頑張ろう日本!