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リチャード・マシスン(尾之上浩司訳)『アイ・アム・レジェンド』(ハヤカワ文庫NV)を読みました。
以前やった「地球滅亡SF特集」が大好評! でもなかったですが、まあ面白いテーマだと思うので早速第二弾です。ちなみに今回紹介する三作品は、いずれも映画化されて話題になった作品でもあります。
『アイ・アム・レジェンド』は2007年にウィル・スミス主演で映画化されましたね。一人だけ生き残った男の生活を描く物語で、わりとデフォーの『ロビンソン・クルーソー』に似た雰囲気があります。
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一体何が起こってそんな世界になってしまったのか、どうして彼一人だけが生き残っているのか、人類滅亡間近の地球ではなにが起こっているのか、予告編などではほとんど情報が明かされない作品でした。
なので、映画を観る前にあまり前情報を入れたくないという方は、このブログ記事も読まないで、映画を先に観た方がいいですが、まあある程度予測はつくだろうと思うので、知っていても大丈夫でしょう。
ちなみに映画と原作とでは内容がかなり違っていて、タイトルにある「アイ・アム・レジェンド」の意味合いも映画と原作とで違います。ぼくは、原作の方が好きかも知れません。ぜひ比べてみてください。
では、ここから作品の内容に触れていきます。映画を観た方はわりとありふれた作品という印象を持ったかも知れません。今では「バイオハザード」シリーズなどゾンビが登場する映画はたくさんあるから。
そうなんです。『アイ・アム・レジェンド』は死んだ人間が凶暴化して襲って来るという、いわゆるゾンビものなんです。原作では吸血鬼ですけれど。そんな恐ろしい世界で、一人戦い続ける男の物語です。
ゾンビもののルーツを辿るとエポックメイキング的な映画が1968年公開のジョージ・A・ロメロ監督作『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』ですね。ゾンビのイメージを決定づけたカルト的な人気作。
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今ではもう、勢いよく走り回るゾンビも出て来ていますが、ゆっくりと不気味な存在が迫り来る恐怖を描き、その後のゾンビ映画に大きな影響を与えました。そしてこの映画に影響を与えた小説があります。
それが1954年に発表された、リチャード・マシスンの『アイ・アム・レジェンド』。今回紹介する作品です。1964年から何度か映画化されていて世界観や設定の点でゾンビ映画に影響を与えました。
つまり映画版『アイ・アム・レジェンド』はよくあるゾンビものという感じなのですが、そもそも原作版『アイ・アム・レジェンド』が、ゾンビものの流れを生み出すきっかけになった作品だったのでした。
というわけで、ゾンビものが好きな方は原作をぜひ読んでみてください。また、ホラーというよりは現象の謎に迫る面白さのある作品なので、ゾンビものが苦手な方でも楽しめる一冊ではないかと思います。
作品のあらすじ
こんな書き出しで始まります。
今日のようにどんよりと曇っている日には日没の時間がはっきりとわからず、ロバート・ネヴィルが帰宅するまえに奴らが路上に出現してくることもあった。
彼がもっと細やかな人間だったなら、奴らのおよその出現時間を正確に割りだしていただろう。しかし、いまだに空の明るさだけで日没時間を推察していたので、曇天の場合は判断がつかないのだ。それで、こんな天候の日は自宅からあまり離れないようにしていた。(9ページ)
1976年1月。イギリスとドイツの血を引く36歳のネヴィルはタバコを吸いながらどこか壊された所がないかなにか異常はないか家の周りを調べていました。ドアの表のニンニクが効いているようです。
午後になると杭作りに没頭しました。太い木材を削り先端を短剣のように尖らせるのは辛く単調な作業ですが、奴らの息の根を止めることの出来る唯一の武器なので、たくさんあるにこしたことはりません。
夜になるといつものように外が騒がしくなります。「出てこい、ネヴィル!」(16ページ)と叫ぶかつてベン・コートマンだったものの声がしました。ネヴィルは相手にせず夕食を取り眠ったのでした。
死んだ妻ヴィクトリアが出て来る夢を見てうなされ、幼い少女の死体はみな死んだ娘のキャシーに思えます。時折、絶望的な気持ちになるネヴィル。家族を失い、この世界で生きていて何になるでしょうか。
吸血鬼の仲間に加わるのさ。
あまりに単純明快な結論に笑いの発作に襲われ、無理やり立ちあがり、ふらふらとバーカウンターに向かった。なぜ、拒絶する? 思いが千々に乱れる。玄関のドアを勢いよくあけ、その先に少し進むだけでけりがつき、この厄介な状況すべてに終止符が打てるじゃないか?
なぜ必死に生きてきたのか、俺にもわからない。いまさら言うまでもないが、自分のように疫病をのがれ、いつの日にか人類は復興すると願いながら必死に生き抜こうとしている人間が、どこかにまだいるかすかな可能性を捨ててはいない。だが、一日で往復できる範囲しか遠出ができないなら、どうやってほかの生存者を探せる?
彼は肩をすくめ、グラスにウイスキーを注ぎたした。計量器で一日の飲酒量を制限するのは数ヶ月前にあきらめた。ニンニクを窓に吊るし、温室の防護ネットを張り替え、奴らの死体を燃やし、投石を片づけながら、不浄な怪物たちの数を少しずつ減らしていく。自分をごまかして何になる? ほかの生存者なんて見つかりっこないのに。(34~35ページ)
1976年4月。ロサンゼルス公立図書館に行ったネヴィルは、血液などについて医学の本で勉強をし始めました。人間が吸血鬼に変わってしまうこの現象にはきっとなにか原因があるだろうと考えたから。
日光を避け、昼間は屋内にこもる奴ら。十字架やニンニクを怖がり、心臓を杭で貫かれると倒すことが出来るのは、一体何故なのか。やがて顕微鏡を手に入れたネヴィルは、少しずつ研究を進めていきます。
吸血鬼になった女から採取した血液にあったのはウィルスではなく光学顕微鏡で観察することの出来る病原体(ジャーム)でした。円筒形で細胞の嚢から出した何本もの鞭毛で動き回る桿状菌(バチルス)。
ネヴィルはやがて、人類に猛威を振るった疫病の歴史に思い当たります。アテネ没落、ヨーロッパに蔓延した黒死病、あれらの恐ろしい疫病もこの病原体による吸血鬼病が原因だったのではないだろうかと。
ネヴィルはリストを作ります。病原体が恐れる十字架、ニンニク、日光、杭などなど。しかしどの謎も解けず「?」が増えていくばかり。
ちくしょう!
手でリストを丸め、放り投げた。立ち上がり、ぎこちない動きで怒りをあらわにしながら周囲を見渡す。何かをぶち壊したい。そうすれば、怒りの発作を抑えることができるはずだ、こんちくしょう! 身をかがめてバーカウンターにもたれかかりながら、自分に罵声を浴びせた。
やがて怒りが収まり、落ち着いた。だめだ、しっかりしろ、いらだつな。ふるえる両手でぱさつく自分の金髪を搔いた。喉は痙攣し、暴れたくなる衝動をこらえながら身をふるわせる。
ウイスキーがグラスにそそがれる音を耳にして、ふたたび憤怒がわきあがった。酒瓶をさかさにすると、中身がどっと流れ落ち、グラスの横に飛びちりマホガニー製のカウンターに広がっていった。(136ページ)
研究が行き詰まり絶望し酒ばかり飲んでいたネヴィルでしたが、ある日大きな転機が訪れます。芝生の上を一匹の犬が歩いていたのです。「生きている! 昼間なのに!」(139ページ)と驚くネヴィル。
しかし犬は喜んでいるネヴィルに気付くと逃げ出してしまって……。
はたしてネヴィルは吸血鬼病の謎を解き明かすことが出来るのか!?
とまあそんなお話です。人類がことごとく死に、吸血鬼に姿を変えて甦った世界で、何故か一人生き延びてしまったネヴィルの物語。家族を失い生きている理由すらも見失いがちな日々が描かれていきます。
1897年発表のブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』をより科学的なアプローチから描こうとしている作品でもあって、ホラーというよりはSF的、知的好奇心を刺激される面白さがある作品です。
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映画が話題になった分かえって原作は読まれていないと思うので、興味を持った方はぜひ読んでみてください。おすすめの終末ものです。
「地球滅亡SF特集第二弾」次回は、コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』を紹介する予定です。