ウィリアム・シェイクスピア『オセロー』 | 文学どうでしょう

文学どうでしょう

立宮翔太の読書ブログです。
日々読んだ本を紹介しています。

オセロー―シェイクスピア全集〈13〉 (ちくま文庫)/筑摩書房

¥924
Amazon.co.jp

ウィリアム・シェイクスピア(松岡和子訳)『オセロー』(ちくま文庫)を読みました。

オセロという人気のボードゲームがあります。白と黒の両面を持つ石を使うゲームで、相手の石を自分の石ではさむと、その石は自分の色にひっくり返すことが出来ます。最終的に多い陣地を持つ人の勝ち。

Best Othello ベストオセロ/メガハウス

¥2,940
Amazon.co.jp

囲碁や将棋に比べて初心者でもルールが分かりやすいこともあって、本当に子供から大人までの幅広い層に親しまれているゲームですね。

オセロは日本で作られたゲームですが、商標名(その会社だけが使える名前)なので、原型となったとも言われるイギリスのゲームからリバーシと呼ばれることも多いですし、ピグではしろくろという名前。

さて、今回紹介する『オセロー』は、シェイクスピアの四大悲劇(『ハムレット』『オセロー』『リア王』『マクベス』)に数えられる戯曲でありボードゲーム「オセロ」名前の由来となった作品です。

物語の主人公オセローはムーア人で、ヴェニス公国軍の将軍。ムーア人というのは、ヨーロッパの人々が北西アフリカのイスラム教徒を呼ぶ言葉で、オセローも肌の色が黒い、おそらくはアフリカ系の黒人。

そんなオセローが結婚したのはデズデモーナという白人の女性でした。愛し合って結ばれた二人は、幸せに満ちた生活を送り始めます。

ところが、そんなオセローのことを気に入らない部下やデズデモーナに思いを寄せる男がいたために、罠にかかったオセローはデズデモーナが浮気をしていると思い、嫉妬に苦しめられるようになって……。

黒人と白人の夫婦が登場し、登場人物の立場がめまぐるしく変わることから、ボードゲーム「オセロ」の名前がとられたそうです。詳しいことはオセロの公式ホームページに載っているので、そちらをぜひ。

シェイクスピアの「四大悲劇」の中で、『オセロー』の人気はどうなのでしょうか。なんとなくですが、一番人気はやはり『ハムレット』で、その後に『マクベス』と『リア王』が来るような気がしますね。

完全に理解できてしまう物語より謎めいた感じがあったり、色々な解釈が出来る作品の方がかえって人気を集める傾向があると思うので。

また、『オセロー』は「四大悲劇」の中で、比較的言及されることの少ない作品ですが、おそらくそれもまた、あまり謎がない作品だからでしょう。謎解き本なども出ている『ハムレット』とは対照的です。

それだけ『オセロー』はシンプルかつ分かりやすい物語なんです。嫉妬心に苦しめられるというのは、誰もが経験することだから。ハムレットの苦悩は理解出来なくてもオセローの苦悩はよく分かります。

なのでもし「四大悲劇」の他の作品を内容的に難しく感じたという方はぜひ『オセロー』を読んでみてください。壮絶な愛の物語ですよ。

戯曲の醍醐味というのは何といっても大袈裟な台詞回しですが、印象的だったのは次の場面。部下イアゴーの罠にかかったオセローは、妻が自分を裏切っていると思い込んで、復讐を誓ってしまうのでした。

イアゴー まあ、お気を静めて!
オセロー ああ、血だ、血だ、血だ!     (ひざまずく)
イアゴー こらえて、いいですね、そのうちお気持ちが変わるかもしれません。
オセロー 変わるものか、イアゴー。ポンティック海の
 滔々たる水のような潮流が
 決して逆流することなく、ただまっしぐらに
 プロポンティック海からヘレスポント海峡へと流れ込むように、
 血に飢え、激流となった俺の一念は
 断じて振り返らない、潮が引くように、つつましい愛の港に
 戻りもしない、あとはただ果てしない復讐の大海原に
 飲み込まれるだけだ。今こそあの大理石のような天にかけて、
 聖なる誓いにふさわしく頭を垂れ、
 ここに誓言する。(142ページ)


こういう台詞は小説ではしっくりこないです。やはり戯曲ならでは。戯曲には戯曲の面白さがあるので機会があれば読んでみてください。

シェイクスピアをどの翻訳で読むかは難しい問題ですが、もしも色んな作品を読みたいということならば、松岡和子訳のちくま文庫のシェイクスピア全集が一番新しく、注や解説も丁寧なのでおすすめです。

作品のあらすじ


ヴェニスの紳士ロダリーゴーとヴェニス公国軍の旗手イアゴーは愚痴を言いあっていました。ロダリーゴーは愛する女性デズデモーナが振り向いてくれないからで、イアゴーは出世が認められなかったから。

街のお偉方が三人も将軍オセローに頼んでくれたのですが、副官の座を射止めたのはイアゴーではなくマイケル・キャシオーというフィレンツェの男でした。イアゴーはオセローへの不満を募らせるばかり。

イアゴーとロダリーゴーは、デズデモーナの父ブラバンショーにムーア人であるオセローとデズデモーナが密かに結婚したと言いつけたので大騒ぎになりますが、デズデモーナはオセローへの愛を誓います。

デズデモーナ お父様、
 私に分かっているのは、いま私の務めが二つに引き裂かれていることです。
 お父様には、私を生み育てていただいたご恩があります。
 今日まで育んでくださった私の命が、お父様を敬うよう
 教えてくれます。これまでの私はお父様に娘として仕え
 務めを果たさねばなりません。でもいまの私には夫がいます。
 そしてお母様が、お母様の父親より
 お父様を大事になさったように
 私も夫であるムーア様を大事にすると
 申し上げます。(41ページ)


ブラバンショーはやむをえずオセローとデズデモーナの結婚を受け入れ、デズデモーナはトルコ軍討伐のためにプロス島へ向かうオセローについていきます。オセローへの恨みを胸に抱く、イアゴーもまた。

イアゴーはロダリーゴーをたきつけキャシオーと揉めさせます。酒の席で喧嘩をしたキャシオーは副官の職をとかれてしまったのでした。キャシオーは取り持ってもらおうと、デズデモーナの元を訪ねます。

するとすかさずイアゴーはキャシオーとデズデモーナの間になにかあるのではないかとオセローの耳によからぬ考えを吹き込むのでした。

オセロー 何が引っかかるのだ?
イアゴー 彼が以前から奥様を存じあげていたとは知らなかったので。
オセロー いや、それどころか二人のあいだをよく行き来してくれた。
イアゴー 本当ですか?
オセロー 本当ですか? ああ、本当だ。何か気になるのか?
 あの男が正直ではないとでも?
イアゴー 正直、ですか?
オセロー 正直? ああ、正直だ。
イアゴー そうです、私の知るかぎり。
オセロー 何を考えているのだ?
イアゴー 考える、ですか?
オセロー 考える、ですか! 何だ、そのオウム返しは、
 恐ろしくてとても露わにはできないような化け物が
 頭の中に居坐ってでもいるのか。何かわけがあるのだな。
 ついさっきお前、まずいなと言っただろう、
 キャシオーが妻と別れて行ったときだ。何がまずいのだ?
 それに求婚のことではあの男が
 初めからずっと俺の相談相手だったと言うと、「本当ですか?」
 と眉をひそめた、お前の頭の中に
 何か恐ろしい考えを閉じ込めでもしたのか。
 お前に俺への愛があるなら、
 考えていることをはっきり言え。(118ページ)


オセローはイアゴーを正直な男だと思っていますし嘘をつく理由が見当たらないので、デズデモーナとキャシオーのことを疑い始めます。気にしないようにと思ってもそのことが気になってしまうのでした。

オセローは愛する女性に裏切られるくらいなら「いっそヒキガエルになって穴倉の湿気を吸って生きるほうがいい」(128~129ページ)と思います。どこかおかしい夫の様子を心配するデズデモーナ。

頭が痛むというのでハンカチで縛ってやろうとしますが、オセローはそのハンカチは小さすぎると断ります。二人が一緒に去って行った後にはハンカチが残されていました。デズデモーナが落としたのです。

そのハンカチを拾ったのは、イアゴーの妻のエミリアでした。理由は分からないものの、夫からそのハンカチを持って来るようにと度々言われていたので、イアゴーの所へ持って行くと、イアゴーは大喜び。

そのハンカチはオセローが初めてデズデモーナに贈った品で、オセローにとってもデズデモーナにとってもかけがえのないものでした。イアゴーはそのハンカチをキャシオーの部屋に置こうと計画します。

すべてがイアゴーの策略通りに進んでいき、オセローはますます妻とキャシオーが浮気をしていると疑っていきます。鼻水が止まらないからと言ってデズデモーナにハンカチを貸してくれるよう頼みました。

しかし、デズデモーナはハンカチをなくしてしまっているのでオセローに貸すことが出来ません。そして折悪くデズデモーナは、信頼しているキャシオーを元の地位に戻すよう熱心に夫に頼んだのでした。

やがてひょんなことからキャシオーがハンカチを持っていたことがオセローに分かってしまい、その胸を激しい嫉妬と絶望が襲って……。

はたして、罠にかかったオセローとデズデモーナの運命はいかに!?

とまあそんなお話です。理性で抑えようとしてもどうにもならないのが嫉妬というものですよね。信じようと思う心とつい疑ってしまう心との間で板挟みになって、オセローは苦しめられることとなります。

テーマ的にも興味を引かれると思いますし、シェイクスピアの悲劇の中ではかなりとっつきやすい作品なので、ぜひ読んでみてください。

またシェイクスピアの演劇は今も上演されているので、戯曲として楽しむのもいいですが、機会があれば舞台も観に行ってみてください。

シェイクスピアは次何を取り上げるか決めていませんが『リチャード三世』とリチャード三世を題材にしたジョセフィン・テイの歴史ミステリ『時の娘』をあわせてやったら面白そうだなあと思っています。

明日は、カルロ・ゴルドーニ『抜目のない未亡人』を紹介します。