J・K・ローリング『ハリー・ポッターと謎のプリンス』 | 文学どうでしょう

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ハリー・ポッターと謎のプリンス ハリー・ポッターシリーズ第六巻 上下巻2冊セット (6)/静山社

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J・K・ローリング(松岡佑子訳)『ハリー・ポッターと謎のプリンス』(上下、静山社)を読みました。「ハリポタ」シリーズ第六巻。

「ハリポタ」空前のブーム以降、ファアンタジーは大きく変わりました。読者を獲得したのは異世界の物語というよりも、極めて現実的な物語の中に、魔法やアイテムなどのファンタジー要素が混ざるもの。

「ハリポタ」は特に後半がそうですが、ファンタジーというよりは、ティーンエイジャーの青春物語という感じに近い作品で、学校の試験に苦しみ、恋や将来に悩む姿が多くの読者の共感を呼んだんですね。

学校生活など現実に近いものが描かれ、登場人物を等身大の存在に感じて感情移入が出来ること。これは当たり前のようではありますが、実は「ハリポタ」以前にはあまり見られなかった特徴だと思います。

それ以前でファンタジーを大きく変えたと言われているのは、J・R・R・トールキンによる『指輪物語』(1954~1955年)。

文庫 新版 指輪物語 全9巻セット/評論社

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ホビットやゴブリンなどそれぞれの種族、そしてその文化が綿密に作り上げられた物語で、RPG(ロールプレイングゲーム)など、いわゆる”ファンタジー”のイメージの多くは、この作品から来ています。

指輪物語』は異世界の物語であり、冒険や登場人物の心理的葛藤は描かれますが、当然ながら漠然としたティーンエイジャーの悩みが描かれることはなく、共感しやすい物語ではなかったように思います。

「ハリポタ」と『指輪物語』は比較するとファンタジー観の違いが分かって面白いので、興味のある方は、ぜひ読み比べてみてください。

さて、今回は「ハリポタ」にハマった方のために、『指輪物語』以前のファンタジーについて触れようと思います。それ以前となると、神話や英雄譚、叙事詩、昔話などがファンタジー的なものになります。

中でも非常に興味深いのが、「アーサー王と円卓の騎士」の伝説。アーサー王は5世紀か6世紀頃のブリタニアの伝説上の王で、「円卓の騎士」とはランスロットなど、アーサー王に仕えた騎士たちのこと。

なにしろ古い伝説なので、原典と言える作品はないのですが、様々な小説が出ているのでぜひ色々と調べてみてください。古いもの(15世紀)で定番なのは、トマス・マロリーの『アーサー王の死』です。

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魔術師マーリンや、石に刺さった剣を抜いた者が王に選ばれるというエピソード、あるいは、伝説の剣エクスカリバーなどを、みなさんもどこかで耳にしたことがあるのではないでしょうか。面白いですよ。

一方、モンスターと戦う物語で非常にわくわくさせられるのが、ドイツの英雄叙事詩『ニーベルンゲンの歌』です。竜の血を浴びたことで一か所を除いて無敵になった英雄ジークフリートの驚くべき冒険譚。

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小説ではなく詩の形式の叙事詩なので、読みづらさはありますが、魔法や財宝が登場する、RPG好きにはたまらない物語だと思います。

伝説の時代から少しくだって、ファンタジーの要素を児童文学に組み込んだのが、1800年代半ばに活躍したスコットランドの作家で『お姫さまとゴブリンの物語』が有名な、ジョージ・マクドナルド。

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奇妙な存在が登場するなんだかちょっと変な物語で、現在のファンタジーとはまた少し違う、味のある作品になっています。『指輪物語』以前のファンタジーが読んでみたい方はぜひ読んでみてください。

ファンタジーのルーツとも言うべき三作品を紹介して来ました。感情移入がしやすい現代的なファンタジーも読みやすくて面白いですが、こうした古典的作品もまた興味深い作品ばかりなので、ぜひ注目を。

さて、「ハリポタ」シリーズもいよいよ大詰めが近づいて来ました。

今回の『謎のプリンス』は、「半純血のプリンス」を名乗る人物のものだった古い教科書をハリーが手にするという物語。教科書には様々な書き込みがあって……。驚きと謎に満ちたシリーズ第六作目です。

作品のあらすじ


新学期前の夏休み、親戚のダーズリー一家と過ごしていたハリーの元へ、ホグワーツ魔法魔術学校のダンブルドア校長がやって来ます。残りの休みはロン一家の家「隠れ穴」で過ごすことになっていたので。

ハリーを迎えにきたダンブルドアでしたが、寄り道すると言ってホラス・スラグホーンの元を訪ねました。スラグホーンはかつてはスリザリン寮の寮監をつとめており、ハリーの母を教えたこともある先生。

闇の帝王ヴォルデモート卿の力を恐れなかなか新しい先生が決まらなかったので、ダンブルドアは引退していたスラグホーンに戻って来てくれるように頼みに来たのでした。スラグホーンは渋々了承します。

「隠れ穴」に入る前ダンブルドアは思いがけないことを言いました。

「話は変わるが、関連のあることじゃ。今学年、きみはわしの個人教授を受けてほしい」
「個人――先生と?」黙って考え込んでいたハリーは、驚いて聞いた。
「そうじゃ。きみの教育に、わしがより大きく関わるときが来たと思う」
「先生、何を教えてくださるのですか?」
「あっちをちょこちょこ、こっちをちょこちょこじゃ」
 ダンブルドアは気楽そうに言った。
(上巻、118~119ページ)


「日刊預言者新聞」は連日のように失踪事件や奇妙な事故を告げており、ヴォルデモートと彼に忠誠を誓う闇の魔法使い「死喰い人(デスイーター)」らが暗躍しているらしき不穏な情勢が続いていました。

新学期の準備のために「ダイアゴン横町」へ行ったハリーたちは、いつもなにかと対立している相手のドラコ・マルフォイが、闇の魔術専門の「夜の闇(ノクターン)横町」へ入っていったのを目撃します。

マルフォイが邪悪な物を扱う「ボージン・アンド・バークス」の店主となんらかのやり取りをしているのを見たハリーは、マルフォイが既に「死喰い人」の一人になっているのではないかと疑い始めました。

新学期が始まると、新しい先生としてスラグホーンが紹介されます。ところが思いがけなかったのは、それがハリーが想像していた「闇の魔術に対する防衛術」ではなく、魔法薬学の先生としてだったこと。

新しく「闇の魔術に対する防衛術」の先生になったのは元々は魔法薬学の先生で、ハリーに対して厳しい態度を取り、ずっと対立し続けて来たスリザリン寮の寮監、セブルス・スネイプ先生だったのでした。

魔法薬学の「O・W・L試験」でいい成績が残せなかったハリーは、闇の魔法使いを捕まえる「闇祓い(オーラー)」になる道を諦めざるをえませんでしたが、担当教授が変わったことで状況が変わります。

スラグホーンはスネイプよりも低い基準でも認める方針を出したので、ハリーもロンも上の段階であるN・E・W・Tレベルの魔法薬学に進めることになったのでした。しかし教科書を準備していません。

そこで、古い教科書を借りて授業を受けることになったのですが、その古い教科書にはたくさんの書き込みがあって、教科書の記述ではなくその書き込みの通りに薬を作ると、すべてうまくいったのでした。

ハリーはこの教科書の持ち主、裏表紙に書かれた「半純血のプリンス」が一体誰なのか想像をめぐらせます。もしかしたら自分の父や母あるいは父の親友で自分の名付け親である人物のものではないかと。

そして約束通り、ダンブルドアの個人教授が始まりました。用意されていたのは、「憂いの篩(ペンシーブ)」という道具。想いや記憶を蓄えられる水盆で、中に入ると、その記憶を再体験できるものです。

ダンブルドアとともに記憶を見ていったハリーは、初めはなんのことか分かりませんでしたが、次第にそれらの記憶がなんらかの形で、幼少時代のヴォルデモートと繋がりがあることが分かっていきました。

ダンブルドアはどうやら、知られざるヴォルデモートの過去を探ることで、ヴォルデモートが抱える秘密に、迫ろうとしているようです。

やがて、ハリーの危惧通り、ホグワーツで恐ろしい事件が起こり始めました。ケイティ・ベルという女の子は呪われたネックレスに苦しめられ、毒の入った蜂蜜酒を飲んだロンは、命を落とすところでした。

ハリーはマルフォイがなにかを企んでいると確信し、スネイプがその手助けをしていると思いますが、スネイプはダンブルドアからの信頼が厚いため、ハリー以外はみなスネイプのことを信じようとします。

ヴォルデモートに立ち向かうための組織「不死鳥の騎士団」のメンバーである、ロンの父ウィーズリーおじさんもルーピンもそうでした。

「こうは思わないかね、ハリー」おじさんが言った。
「スネイプはただ、そういうふりを――」
「援助を申し出るふりをして、マルフォイの企みを聞き出そうとした?」
 ハリーは早口に言った。
「ええ、そうおっしゃるだろうと思いました。でも、僕たちにはどっちだか判断できないでしょう?」
「私たちは判断する必要がないんだ」
 ルーピンが意外なことを言った。ルーピンは、こんどは暖炉に背を向けて、おじさんを挟んでハリーと向かい合っていた。
「それはダンブルドアの役目だ。ダンブルドアがセブルスを信用している。それだけで我々にとっては十分なのだ」
「でも」ハリーが言った。
「たとえば――たとえばだけど、スネイプのことでダンブルドアが間違っていたら――」
「みんなそう言った。何度もね。結局、ダンブルドアの判断を信じるかどうかだ。私は信じる。だから私はセブルスを信じる」
(下巻、17ページ)


ダンブルドアの個人教授を続けていたハリーは、スラグホーンの記憶、学生時代のヴォルデモートとの会話の記憶を目撃しました。スラグホーンにホークラックスについて尋ねた若き日のヴォルデモート。

「ホークラックスのことは何も知らんし、知っていても君に教えたりはせん! さあ、すぐにここを出ていくんだ。そんな話は二度と聞きたくない!」(下巻、75~76ページ)スラグホーンは叫びます。

しかしダンブルドアはこの記憶は手が加えられていると言いました。スラグホーンは記憶を改竄したのだと。ダンブルドアに頼まれたハリーはスラグホーンの本当の記憶を手に入れようとするのですが……。

はたして、スラグホーンの記憶に隠されていた真実とは? そして、闇の魔術に関するものらしいホークラックスとは一体何なのか!?

とまあそんなお話です。この巻で最も重要なのは、実は恋愛的な要素で、ハリー、ロン、ハーマイオニーには、それぞれ気になる人が出来たり、恋人が出来たりと恋愛の面で色々と思い悩むようになります。

誰と誰がくっつくのかは「ハリポタ」シリーズである意味最も気になる部分だと思うのでその辺りはぜひ実際に読んで楽しんでください。

『謎のプリンス』を読んだ人は、もう最終巻を読まずにはいられません。それだけすごいラストになってます。今はもうすぐに読めるのでいいですね。当時はやきもきしながら、最終作を待ったものでした。

明日もJ・K・ローリングで、『ハリー・ポッターと死の秘宝』を紹介する予定です。