J・K・ローリング『ハリー・ポッターと死の秘宝』 | 文学どうでしょう

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「ハリー・ポッターと死の秘宝」 (上下巻セット) (ハリー・ポッターシリーズ第七巻)/静山社

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J・K・ローリング(松岡佑子訳)『ハリー・ポッターと死の秘宝』(上下、静山社)を読みました。「ハリポタ」シリーズ最終巻です。

なにしろタイトルに名前がつけられているくらいですから、勿論このシリーズは、ホグワーツ魔法魔術学校で学ぶ魔法使いの少年ハリー・ポッターが主人公。一巻につき、一学年の出来事が描かれています。

ですが、このシリーズを読み終わった人が誰もが思うであろうことは、この物語は決してハリーだけの物語ではないということ。むしろハリー本人よりも読者の心に強く残る人物がいたりするぐらいです。

「ハリポタ」は、善が悪を正義の名のもとに打ち倒すという単純明快なストーリーではなく、善と悪に単純に分類出来ない人間の複雑さが描かれているが故にキャラクターには深みが生まれているのでした。

たとえば、ハリーの宿敵であり、魔法界を恐怖に陥れた闇の帝王ヴォルデモート卿でさえも、その秘められた過去が明かされていくに従って、単純に憎むべき存在からは印象が変わっていくこととなります。

一人一人のキャラクターがそれぞれの人生で抱えているものがあるだけに、ある意味では、誰もが主人公と言えるような作品なのでした。

本当は色々と語りたいキャラクターがいるのですが、まだ「ハリポタ」を読んだことがない人がいることも想定しながらこの記事を書いているので、ここではぼくが好きな登場人物について書きましょう。

最終作であるこの第七巻で思わぬ活躍を見せるのがネビル・ロングボトム。ハリー、ロン、ハーマイオニーと同じグリフィンドール寮の生徒ですが、このネビルは昔はまあ本当にひどいやつだったんですよ。

第一作『賢者の石』での初登場時は、ヒキガエルをなくしてめそめそ泣いており、なにをやらせても不器用で、どんな授業でも失敗ばかり。物忘れがひどくて、おばあちゃんからは怒られてばかりでした。

そんなどじのネビルがハリーもびっくりの進歩をとげたのが、第五作『不死鳥の騎士団』。ハリーを先生に自分たちで魔法を学ぶグループ「ダンブルドア軍団」に入り、めきめきと腕をあげていったのです。

『死の秘宝』ではハリー、ロン、ハーマイオニーはダンブルドアから任せられた使命をやり遂げるためホグワーツを離れるのですが、学校に残った生徒の中心に成長したのが、そう、ネビルだったのでした。

「学校は……そうだな、もう以前のホグワーツじゃない」ネビルが言った。
 話しながら笑顔が消えていった。
「カロー兄妹のことは知ってる?」
「ここで教えている、死喰い人の兄妹のこと?」
(中略)
「妹のアレクトのほうはマグル学を教えていて、これは必須科目。僕たち全員があいつの講義を聞かないといけないんだ。マグルは獣だ、間抜けで汚い、魔法使いにひどい仕打ちをして追い立て、隠れさせたとか、自然の秩序がいま再構築されつつある、なんてさ。この傷は――」
 ネビルは、もう一つの顔の切り傷を指した。
「アレクトに質問したら、やられた。おまえにもアミカスにも、どのくらいマグルの血が流れてるかって、聞いてやったんだ」
「おっどろいたなぁ、ネビル」ロンが言った。「気の利いた科白は、時と場所を選んで言うもんだ」
「君は、あいつの言うことを聞いてないから」ネビルが言った。「君だってきっと我慢できなかったよ。それより、あいつらに抵抗して誰かが立ち上がるのは、いいことなんだ。それがみんなに希望を与える。僕はね、ハリー、君がそうするのを見て、それに気づいていたんだ」(下巻、276~277ページ)


「死喰い人(デスイーター)」はヴォルデモートに忠誠を誓う闇の魔法使いのこと。ヴォルデモートらは純血を尊ぶので、マグル(人間)生まれの魔法使いを排除した魔法世界を作ろうとしていたのでした。

罰を受け肉体を傷付けられながらも、そんな恐ろしい先生に刃向うことで、かつてのハリーのようにみんなの希望の光になったネビル。いやあ、かっこいいですよねえ。ある意味、主人公のような輝きぶり。

そして、ネビルは実は、非常にハリーに境遇が近い少年なんですよ。ヴォルデモートに立ち向かう組織「不死鳥の騎士団」の一員だった両親は「死喰い人」にやられてしまったので、祖母に育てられました。

もしかしたらハリーではなく、ネビルの額に傷跡が残され、『ネビル・ロングボトムと賢者の石』だったかもしれないほどの存在であるだけに、ネビルが見せた勇気ある姿はぼくの心に深く残ったのです。

ぼくが好きな登場人物であるネビルについて書きましたが、こんな風に、思わずそれぞれの登場人物について語りたくなる作品なんです。

これだけ読んだ人同士で登場人物について語り合いたくなる小説はまれで、その魅力だけでも「ハリポタ」シリーズは読む価値があると思います。まだ読んだことがないという方はぜひ読んでみてください。

この巻のためにすべてが書かれたと言っても過言ではない、思いがけない展開が待ち受ける最終巻。最終決戦の行方から目が離せません。

作品のあらすじ


「死喰い人」たちに追いつめられたハリーを守るため「不死鳥の騎士団」は、プリペット通りのダーズリー一家の元へ集まっていました。逃亡作戦は、ポリジュース薬を使って、ハリーの影武者を作ること。

ポリジュース薬は本人そのままに変身出来る薬なので、六人の囮を作ってハリーを逃がすことにしたのです。結局本物のハリーはヴォルデモートに見つかってしまったのですが、思わぬことが起こりました。

ヴォルデモートが死の呪文を唱えようとしたその瞬間、ハリーの杖がひとりでに動き金色の炎をヴォルデモートにぶつけたのです。みんなはハリーの力だと思いますが、ハリー自身はどこか納得できません。

ハリーは無事にロン一家の住む「隠れ穴」に着くことが出来たのですが、この作戦で負傷をした者、そして死んだ者も出てしまいました。

ハリーはヴォルデモートを倒すために必要な使命をダンブルドア校長から託されたのですが、命の危険もあるであろうその使命に、ロンとハーマイオニーを巻き込んでいいものかどうか迷い続けていました。

しかしハーマイオニーは両親に娘がいたことを忘れさせるなど嘘の記憶を植え込ませて国外へ逃亡させ、ロンは屋敷裏お化けを病気になった自分のように見せかけて旅立ちの準備をしていたことを知ります。

ダンブルドアからロンは「灯消しライター」、ハーマイオニーは『吟遊詩人ビードルの物語』、ハリーはクィディッチ(ホウキを使った球技)でハリーが最初に取った「スニッチ」という球を託されました。

しかし、ダンブルドアがなんの目的で三人にそれらを託したのかは謎めいていて、よく分かりません。一方、闇の勢力に押されつつある魔法省のスクリムジョール大臣が、ハリーたちに協力を求めて来ます。

しかし、魔法省のことを信頼していないハリーは協力を断りました。

「言葉がすぎるぞ!」
 スクリムジョールが立ち上がって大声を出した。ハリーもさっと立ち上がった。スクリムジョールは足を引きずってハリーに近づき、杖の先で強くハリーの胸を突いた。火の点いたタバコを押しつけられたように、ハリーのTシャツが焦げて穴があいた。
「おい!」
 ロンがぱっと立ち上がって、杖を上げた。しかしハリーが制した。
「やめろ! 僕たちを逮捕する口実を与えたいのか?」
「ここは学校じゃない、ということを思い出したかね?」スクリムジョールは、ハリーの顔に荒い息を吹きかけた。「私が、君の傲慢さも不服従をも許してきたダンブルドアではないということを、思い出したかね? ポッター。その傷跡を王冠のように被っているのはいい。しかし、十七歳の青二才が、私の仕事に口出しするのはお門違いだ! そろそろ敬意というものを学ぶべきだ!」
「そろそろあなたが、それを勝ち取るべきです」ハリーが言った。(上巻、187~188ページ)


間もなく「服従の呪文」によってヴォルデモートの傀儡となったシックスネスが新たな魔法大臣となり、反マグル(人間)の動きが加速しました。今では、純血以外の魔法使いは認められなくなったのです。

「穢れた血」と呼ばれる人間の親を持つ魔法使いが魔法省によって捕えられ、尋問される恐ろしい世界になってしまったのでした。ヴォルデモートと「死喰い人」たちが、魔法の世界を牛耳り始めたのです。

ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人はどこに敵がいるか分からない状況の中、キャンプなどをして「死喰い人」たちから逃げつつ、ダンブルドアから任せられた使命を果たそうと、奮闘していくのでした。

ポリジュース薬を使って魔法省に潜入したり、小鬼が管理しており、強盗は不可能と言われる「グリンゴッツ魔法銀行」に乗り込んだり。

一方、ヴォルデモートは自分がハリーを倒せないことを不思議に思い、杖作りらをとらえて尋問し、なにかを探し始めます。そうしたヴォルデモートの行動を、時折ハリーは夢のように目にするのでした。

「不死鳥の騎士団」の面々が無事なのか、今どうしているのか分からなかったのですが、パスワードが分からなければ聴くことの出来ないラジオ番組「ポッターウォッチ」で、消息を知ることが出来ました。

 これもよく知っている声だった。ロンは口を開きかけたが、ハーマイオニーが囁き声で封じた。
「ルーピンだってわかるわよ!」
「ロムルス、あなたは、この番組に出ていただくたびにそうおっしゃいますが、ハリー・ポッターはまだ生きているというご意見ですね?」
「そのとおりです」ルーピンがきっぱりと言った。「もしハリーが死んでいれば、死喰い人たちが大々的にその死を宣言するであろうと、確信しています。なぜならば、それが新体制に抵抗する人々の士気に、致命的な打撃を与えるからです。『生き残った男の子』は、いまでも、我々がそのために戦っているあらゆるもの、つまり、善の勝利、無垢の力、抵抗し続ける必要性などの象徴なのです」
 ハリーの胸に、感謝と恥ずかしさが湧き上がってきた。最後にルーピンに会ったとき、ハリーはひどいことを言った。ルーピンはそれを許してくれたのだろうか?
「では、ロムルス、もしハリーがこの放送を聞いていたら、何と言いたいですか?」
「我々は全員、心はハリーとともにある、そう言いたいですね」
 ルーピンはそのあとに、少し躊躇しながらつけ加えた。
「それから、こうも言いたい。自分の直感に従え。それはよいことだし、ほとんど常に正しい」
 ハリーはハーマイオニーを見た。ハーマイオニーの目に涙が溜まっていた。
「ほとんど常に正しい」ハーマイオニーが繰り返した。
(下巻、80~81ページ)


やがて、どうやらダンブルドアが気付かせたかったのは伝説だと思われていた「死の秘宝」のことらしいと知ったハリーたちは、注意を払って旅を続けながら「死の秘宝」についての調べを進めていきます。

そしてついにヴォルデモートを倒すために必要なものがホグワーツに隠されていると知ったハリーたちは、今は「死喰い人」たちが管理している危険なホグワーツへ、どうしても行かざるをえなくなりした。

それはそのままハリーを抹殺するべく、望み通り最強の武器を手にしたヴォルデモートとの最終決戦の地へ赴くことを意味していて……。

はたして、ハリーとヴォルデモートとの宿命の対決の結末は!?

とまあそんなお話です。明るくコミカルさのある学園ものとして始まった「ハリポタ」がこれほど壮大な物語になるとは、誰が予想したでしょうか。辛く悲しいこともありますが、その分感動的な物語です。

ミステリ的なトリックに驚かされ、凝った作りの面白さがあるのは前半の三巻ですが、上下巻になる中盤から後半にかけての巻は、登場人物それぞれの人生の物語になるので、それはまたそれで面白いです。

しかしなんといっても、この七巻が素晴らしい。普通、シリーズものというのは、なんとなく尻切れトンボになってしまいがちなものですが、このシリーズは、まさにこの巻が書かれるために書かれたもの。

予想外の展開というミステリ的な面白さもある巻になっているので、まだ内容を知らない方は、知らない内に読むことをおすすめします。

七回にわたって「ハリポタ」シリーズを紹介して来ました。なにしろこれだけの長い作品なので、いつかやろうと思いつつ、もう何年も経ってしまいましたが、ようやく紹介することが出来てよかったです。

「ハリポタ」は熱烈なファンがたくさんいる一方で、児童文学であること、そして、あまりにも有名作過ぎることもあって、意外とまだ読んだことがないという方も、実は結構多いのではないかと思います。

ビジュアルの面で分かりやすい映画もかなりいいので、映画で全作観るというのもおすすめですが、機会があれば、ぜひ原作の方も手に取ってみてください。今では全19巻で文庫版も出版されていますよ。

明日は、新編日本古典文学全集『竹取物語/伊勢物語/大和物語/平中物語』の中から、「竹取物語」を紹介する予定です。