アストリッド・リンドグレーン『長くつ下のピッピ』 | 文学どうでしょう

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アストリッド・リンドグレーン(大塚勇三訳)『長くつ下のピッピ』(岩波少年文庫)を読みました。

リンドグレーンはスウェーデンの児童文学作家です。代表作の『長くつ下のピッピ』は、みなさんもちろんご存知ですよね。

ちょっと一風変わった女の子ピッピが巻き起こすてんやわんやの出来事と、その活躍を描いた物語。

ピッピは、そばかすだらけの赤毛の女の子で、力がものすごく強いんです。ちいさなサルのニルソン氏といつも一緒。

トミーとアンニカの兄妹は、隣の「ごたごた荘」にやって来たピッピの突拍子もない行動にびっくりしながらも、いつしか友情を深めていって・・・。

何を隠そう、ぼくは今回初めて『長くつ下のピッピ』を読んだんです。タイトルぐらいしか知らなかったので、とても新鮮に感じた物語でした。こんなお話だったんですね。

児童文学の中には、「ああ、子供の時に読んでおきたかったなあ」と思うものがあって、『長くつ下のピッピ』は、まさにそういう一冊でした。

それは、「こんな面白い物語を子供の頃に読んでいなかったなんて」という純粋な後悔でもありますが、同時に、大人には受け入れづらい物語という意味でもあります。

ピッピは9歳の女の子なんですが、お母さんは亡くなっていて、船の船長をしていたお父さんは海の上で行方知れずになってしまいました。

そう、ピッピは9歳にして天涯孤独な身の上になってしまったんですね。

引退した後に娘のピッピと住もうと思ってお父さんが用意していた「ごたごた荘」があるので、そこへ行くことにしました。

トランクいっぱいの金貨とサルのニルソン氏を連れて町へやって来たピッピ。

お父さんもお母さんもいませんから、おまわりさんたちに「子どもの家」(孤児院のようなもの)に入れられてしまいそうになったりもします。

『長くつ下のピッピ』の面白さは何と言っても、ピッピが型破りな所なんです。一人ぼっちでもめげるということを知りませんし、いつもとにかく明るくて、とてつもない力持ち。

あれしなさいこれしなさいと親から言われることもなければ、学校に行く必要もありません。

普通だったら、してはいけないと言われるようなことを、どんどんしてしまうピッピの自由さは、子供にとってはまさに憧れの対象になるわけで、子供はわくわくしながら読める物語だと思います。

ただあれなんですよ。大人の目から見ると、一般的なルールや、社会常識を守れないピッピは異分子であり、かなり厄介者なんですよ。

赤毛でそばかすだらけの女の子と言えば、カナダの作家のモンゴメリーに『赤毛のアン』という児童文学の名作があります。

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赤毛のアン』は、孤児院育ちで空想好きなアンが、老兄妹に男の子と間違ってもらわれてくるという物語なんですが、アンとピッピには決定的な違いがあります。

それは、アンの方は、社会的なルールがある程度分かっているということです。

自分のみじめな境遇を知っていて、知っているからこそ、それに打ち勝つために色んな空想で明るく過ごしていこうと思っているわけですね。

なので、アンのまっすぐな気持ちは、いつしか頑なだった周りの人々の心を動かしていくことになります。

一方ピッピというのは、ずっと船の上で暮らしていたこともあって、何が当たり前で何が当たり前でないのか、社会的なルールをまったく分かっていません。

しかし何よりも重要なのは、『長くつ下のピッピ』が、ピッピという型破りな女の子が社会に順応していく物語ではないことです。

ピッピはピッピなりの論理なりルールなりで動いているんですね。ただ単純に社会的に未熟な存在というのとは、少し違うんです。

周りの人をびっくりさせるピッピの行動は、日本では家の中で靴を脱ぎ、アメリカでは靴のまま生活するというような、そうした文化の違いに極めて近いものがあります。

自分独自のルールを持ち、徐々に存在を認められこそすれ、最後まで異分子であり続けるピッピ。

だからこそこの小説は、ピッピに感情移入するのが極めて難しい物語だろうと思います。

子供ならピッピの型破りさ、自由さに憧れを抱くことが出来ますが、大人が読むと当然憧れるというよりは、「困った女の子だな」という感想になってしまうかも知れません。

やはり子供が読んだ方が楽しめる一冊だとは思いますが、ピッピの思いもよらない行動は笑えますし、その活躍にぐっと来る場面も多いので、まだ読んだことのない方には手に取ってもらいたい一冊です。

作品のあらすじ


ピッピはお父さんの船の乗組員に別れを告げ、トランクいっぱいの金貨とサルのニルソン氏を連れて「ごたごた荘」へ向かいます。

「ごたごた荘」はピッピのお父さんがいつかピッピと暮らすために用意していた家です。

しかしお父さんは、航海中に海に飛ばされて、そのまま行方知れずになってしまったのでした。

「ごたごた荘」のとなりの家に住むトミーとアンニカの兄妹は、遊び友達が欲しかったので、となりの家に「だれか住んでればいいのにな。子どものある人がいればいいのに!」(15~16ページ)といつも思っていました。

そこへやって来たのが、ピッピ・ナガクツシタです。ピッピはこんな女の子でした。

 髪の毛の色はニンジンそっくり。その赤い毛をふたつにわけて、きつく編みあげ、その二本のおさげがぴーんとつきだしています。鼻は、ちっちゃなジャガイモみたいで、そばかすがいっぱい。その鼻の下には、ほんとに大きな口があって、じょうぶな、まっ白の歯がのぞいています。(中略)その靴の大きいことといったら、足のちょうど倍もありました。(16~17ページ)


片足は敷石の上、もう片足を地面に乗せて、後ろ向きで歩いて来るピッピにトミーとアンニカはびっくりします。おまけに小さなサルを連れているのですから。

トミーとアンニカとピッピは一緒に遊び、たちまち仲良しになりました。ある時はみんなで「もの発見家」になります。

「もの発見家」とは、なにかしらのものを発見する素晴らしい人のこと。ピッピは早速ブリキの箱を見つけ、頭にかぶりました。

しかし頭にかぶると前が見えませんから、垣根にぶつかって転んでしまいます。ブリキの箱はものすごい音を立てました。

「ほら、わかったでしょ!」
 そういって、ピッピはブリキ箱をぬぎました。
「もしこの箱をかぶってなかったら、ひっくりかえったとき、じかに顔をぶっつけて、ひどいめにあうとこだったわ。」
「ええ、でも・・・・・・」と、アンニカがいいました。「もしあなたがブリキ箱をかぶってなかったら、垣根になんかつまずかなかっただろうけど・・・・・・」(39ページ)


トミーとアンニカはもちろん学校へ通っています。

ピッピも一緒に学校へ行くようになったら、どんなに素敵だろうと思うので、2人は色々と学校の楽しさを口にしますが、ピッピはまるで興味がなさそうです。

しかし、「それに、クリスマス休みも、復活祭休みも、夏休みもあるわ」(70ページ)とアンニカが言うと、ピッピの目の色が変わります。

4ヶ月経つとクリスマスなんですが、自分にはクリスマス休みがもらえないわけで、それを不公平だと思ったんですね。

そこで次の日になると、飼っている馬に乗って学校へ向かいます。先生はピッピにやさしくしてやろうと思いますが、ピッピはそう一筋縄ではいきません。

先生が算数の問題を出すと、自分の知らないことを聞かないで欲しいと言われ、正解を教えてあげると、「よくしってるくせに、なんで、あんた、きいたの?」(75ページ)と叫ばれてしまいました。

学校ではちゃめちゃな行動を取ったピッピは、それからもおまわりさんをからかったり、どろぼうとダンスをしたり、おばさんたちのコーヒーの会を台無しにしたりと、至る所で思いがけない行動を取り続けます。

中でも印象的なのは、町にサーカスが来た時のこと。

トミーとアンニカと一緒にサーカスを見に行くんですが、何を思ったのかピッピは、馬に乗ったり綱渡りをする曲芸に参加してしまうんです。

サーカスの団長さんは怒り爆発、その代わり観客は大盛り上がり。

やがて、世界一強い男、大力アドルフが登場しました。団長さんは誰かレスリングの挑戦者はいないかと声を張り上げます。「大力アドルフを負かした人あれば、わたし、百クローネはらいます」(145ページ)と。

大きな鉄の球をもちあげたり、太い鉄の棒を曲げたりして力を見せている大力アドルフ。

ピッピは不安そうなアンニカに、「でも、よくって? わたしは、世界一つよい女の子なのよ!」(146ページ)と言い残して、手すりを乗り越えてリングに入りました。

はたして、世界一強い男である大力アドルフと世界一強い女の子ピッピの戦いの行方は!?

ある時、町で火事が起こりました。屋根裏部屋に子供たちが取り残されてしまいましたが、火が強いのでどうすることもできません。

ピッピは真っ赤な消防車が気に入り、燃え盛る火も飛び散る火花も気に入ります。

屋根裏部屋にいる子供たちはさぞかし楽しんでいるだろうと思うのですが、楽しそうでないのが不思議でたまりません。

「あの子たち、どうして泣いてるのかしら?」
 はじめは、答えのかわりに、すすり泣きがきこえるだけでしたが、やがて、ひとりのふとった紳士がいいました。
「なにをいってるのかね? もしきみが、あそこにいて、下におりられなかったら、泣かないでいられるかね?」
「わたしは、けっして泣かないわ。」ピッピはいいました。「でも、あの子たちが、ほんとにおりてきたいなら、なぜだれもたすけてやらないの?」
「それは、もちろん、たすけられないからさ。」(198ページ)


ふとった紳士の言葉を聞いて、ピッピは少し考え込んでいましたが、やがて何か閃いたようです。ピッピが思いついたアイディアとは一体?

そして、ピッピは取り残されてしまった子供たちの命を、無事に救うことは出来るのか!?

とまあそんなお話です。ピッピの行動はことごとく常識はずれですよね。でもそれだからこそ誰にも思いつかないことを思いつき、普通の人では出来ない行動が出来るわけです。

『長くつ下のピッピ』は名前はとにかく有名ですが、実際に読まれることはあまり多くはないようにも思います。興味を持った方はぜひ読んでみてくださいね。

『長くつ下のピッピ』には、『ピッピ船にのる』『ピッピ南の島へ』という続編があるようなので、そちらもまた読んでみたいと思います。

明日は、長嶋有『ぼくは落ち着きがない』を紹介する予定です。