仁木悦子『猫は知っていた』 | 文学どうでしょう

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立宮翔太の読書ブログです。
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仁木悦子『猫は知っていた』(講談社大衆文学館)を読みました。

まず初めに。今年のノーベル文学賞は莫言に決まりましたね。村上春樹も候補に挙がっていたので、ぼくも昨夜はなんだかそわそわしていたんですが、残念でした。また来年に期待ですね。

さてさて、日本にも文学賞は様々ありますが、中でも話題になることが多いのが江戸川乱歩賞でしょう。ベストセラーになることも多いです。

一応ミステリの領域の賞なんですが、受賞作は本格的なミステリというよりも、エンタメの度合いが高い、読んでいて面白い作品が多いと思います。

第一回は中島河太郎の『探偵小説辞典』(ぼくも未見ですが、色んなミステリの作品を解説したものらしいです)に、第二回は早川書房に対して贈られたので、原稿を募集して受賞作を決めるという、今のような形式になったのは、第三回から。

その記念すべき第三回の受賞作が、今回紹介する『猫は知っていた』です。

ぼくがわざわざ絶版になっている講談社大衆文学館で読んだのは、この選集の読破を目指しているだけなので、まああまり気にしないでください。全100冊中ただいま4冊目なり。

講談社文庫で江戸川乱歩賞全集が出ているので、そちらでも読むことができますし、今はポプラ文庫ピュアフルからも新版が出ているので、そちらで読むのがおすすめです。

猫は知っていた―仁木兄妹の事件簿 (ポプラ文庫ピュアフル)/ポプラ社

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ポプラ文庫ピュアフルの表紙のイラストを手がけたのは、イラストレーターの中村佑介。

中村佑介は、ASIAN KUNG-FU GENERATIONのCDジャケットが有名ですが、森見登美彦の本など、書籍の表紙イラストもたくさん手掛けています。

そして、何と言っても東川篤哉『謎解きはディナーのあとで』の表紙イラストが印象的でしたよね。

謎解きはディナーのあとで/小学館

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ポプラ社の狙いとしては、『謎解きはディナーのあとで』の読者層を引き入れたいという所にあると思うんですが、これはかなりいい狙いですし、ジャケ買いして損はしない作品ですよ。

新版というのは、その本に新たなイメージをつけることに他ならないわけですから、常にメリットとデメリットがつきものです。

デメリットとしては、あまりにもポップでライトになりすぎてしまうことがあるんですね。

でも、こうしてほとんど忘れられてしまっていた作品に新しいスポットがあたるメリットというのは計り知れないわけで、ぼくは純粋にすごくいいことだと思います。

さてさて、『猫は知っていた』は、ある病院で起こった殺人事件の謎に、素人探偵の仁木雄太郎とその妹、仁木悦子が迫っていくという物語。

ミステリの醍醐味と言えばやはり、トリックなわけです。

現在では物語の流れや犯人の動機の面にスポットが当たることが多いですから、トリックはあまり重要視されない傾向にあります。

しかし、怪しい人々にはすべてしっかりとしたアリバイがあって、どうやってその殺人を犯したのか? そのトリックは何なのか? に迫っていく展開は、やっぱり面白いです。

そしてそのトリックもユニークでいいですね。この小説のタイトルは『猫は知っていた』ですが、猫は一体何を知っていたんでしょう?

古典的すぎるというくらい古典的でベタなミステリなんですが、全体的なタッチはどことなくユーモラスで、とても読みやすいです。

作品のあらすじ


こんな書き出しで始まります。

「もう一ぺん地図を見せてごらんよ。悦子」
 曲がり角に立ち止まって、右と左を見くらべながら兄が言った。私はバッグの中から、くしゃくしゃになった紙きれを取り出した。
「わかりやすい道だって言ってたんだがなあ。牧村のやつ、地図をかくのが、どうしてこうへたなんだろう」(7ページ)


〈私〉と兄の仁木雄太郎は、箱崎医院の場所を探しています。道で会った青年にその場所を尋ねると、それはたまたま箱崎家の長男の英一でした。

〈私〉と兄は英一に案内されて、箱崎医院に向かいます。〈私〉と兄は今まで住んでいた所を出なければならないことになったので、友達の紹介で、箱崎医院に下宿しにやって来たというわけです。

箱崎家には幸子という、幼稚園に通う女の子がいるので、〈私〉が幸子にピアノを教える代わりに、家賃を半分にしてもらうという約束になっています。

〈私〉と兄は、箱崎家の人々を紹介されました。

箱崎家には、箱崎医院の院長でもある箱崎兼彦氏と敏江夫人、3人の子供である英一、敬二、幸子、そして、おばあちゃんの桑田ちえ、桑田エリという17、8の少女が暮らしています。

桑田家には長男がいたんですが、もう亡くなってしまったんですね。亡くなった長男夫婦の娘がユリです。

つまり、おばあちゃんは娘婿、ユリは義理の伯父さんの所に厄介になっているという形です。やさしく接してはもらえているものの、多少肩身の狭い暮らしです。

箱崎家の次男、敬二は風来坊な所があるのか、今はどこで何をしているのか分からない状況のようです。

まだ幼い幸子ちゃんは、とても恥ずかしがりやさんで、お母さんの敏江夫人が挨拶させようとすると、その手をするりと抜け出して、逃げてしまいました。

「あのとおりですの。ピアノのおけいこは、それは楽しみにしているんですけど――。では、お部屋を見ていただきましょうかしら?」
 私たちは、夫人について立ちあがった。廊下に出ると、どこから来たのか、小さな黒ネコが一匹、ちょこちょこと私の足にまつわりついた。幸子ちゃんが、かけて来てネコを抱きあげた。
「かわいいネコちゃんね。何ていう名まえ?」
「チミ――」
 幸子ちゃんは、はにかみながら、それでも初めて口をきいた。
「チミっていうの? まだおちびさんね」
「ええ、つい十日ほど前にもらって来たんですもの」
 と夫人が言った。(14ページ)


箱崎医院には、ある夫婦がやって来たんですが、病人である奥さんが牛乳を買いに行ったのを見て〈私〉は驚きます。

すると看護婦さんが笑い出しました。病気なのは奥さんではなくて、元気そうな旦那さんの方だというんですね。

慢性の盲腸炎なので、手術をしにやって来たこの旦那さんの名前は、平坂勝也だと後に分かります。

ある時、〈私〉と敏江夫人が話している所へ、幸子ちゃんが泣きながらやって来ます。「おかあちゃまあ、チミがいないの」(41ページ)と。みんなでいなくなった猫を探しますが、見つかりません。

そして不思議なことに、箱崎家のおばあちゃんと、平坂氏もいなくなってしまうんですね。やがて平坂氏からは電話がかかって来て、無事であることが分かりました。

「平坂ですが、清子来ておるでしょうか。家内ですがね」
「奥様なら二階に――。今すぐお呼びします」
 私が言いかけるのを皆まで聞かず、
「あ、呼んでくださらなくて結構。言づけだけしてください。実はわたしは商用で――わかりますか? 商用――仕事の方の用件で、名古屋まで行って来なければならなくなったのです。三週間ほどで帰るからと言っておいてください。では失礼」
「あ、ちょっと」
 あわてて呼びかけた時、電話が切れた。(55ページ)


いなくなっていた猫は、不思議なことにお寺の境内で見つかります。お寺はすぐ隣にあるんですが、表から行こうとすると、結構な距離があります。

じっと考え込んでいた兄は、「いや、これは僕の想像に過ぎないんですが、その防空壕に、勝福寺に通じる抜穴でもあるんじゃないですか?」(61ページ)と言い出しました。

兄は防空壕の床を調べて、抜け穴を見つけ出します。

そして、そのトンネルの中からは、行方が分からなくなっていたおばあさんの死体が見つかったのでした。どうやらおばあさんは、首を絞められて殺されたようです。

一体誰が? 何のために?

警察は、おばあさんの持ち物の中から茶つぼが一つ消えているので、骨董品などを扱う仕事もしている平坂氏が、防空壕で取引相手のおばあさんを殺して逃げたのではないかと見ています。

何日かが何事もなく過ぎていきますが、やがて、新たな殺人事件が起こります。

家永という看護婦が、悲鳴を上げて防空壕から出て来たんですね。肩の所を何者かにナイフで刺されたようです。ナイフには毒が塗ってあったようで、もう助かりません。

その時、兄の腕の中で看護婦が身動きした。目を開き、一息二息あえいで何か言った。
「え? 何?」
 兄が追いすがるように大声で聞いた。紫色のくちびるが動いた。
「ネコ・・・・・・ネコが・・・・・・」
「ネコ? ネコがどうしたんです?」
 彼女は、ゆっくりと右手を上げて壕の入口を指すようにした。次の瞬間、その手が、ぱたりと下へ落ちた。ケイレンが体を伝わって走った。それが最後だった。私たちがかけ寄った時から、二分とはたっていなかった。(170ページ)


殺されたおばあさんと看護婦の家永。事件の犯人は行方不明の平坂氏なのか?

しかしもし平坂氏が犯人だったとしても、抜け穴を知っている人間は、箱崎家の人々に限られます。抜け穴の秘密を知っていたのは誰なのか?

鋭い洞察力、明晰な推理力を持つ兄、雄太郎は事件の捜査に乗り出して――。

はたして、事件の真相はいかに? 殺人事件に潜む驚きのトリックとは!?

とまあそんなお話です。雄太郎がホームズ、悦子がワトスンの役割を果たします。

悦子は豊かな想像力を持っているので、こうだったんじゃないか? と現場の様子を想像し、雄太郎はその悦子の想像を受けて、さらに自分の推理をすすめていきます。

2人のやり取りはどことなくユーモラスで、面白いです。

仁木悦子は、”日本のアガサ・クリスティ”と称されることのある作家なんです。

場所や人物が限られているので、読みながら犯人やトリックについて考える楽しみがある小説ですし、作品のタッチはやわらかくどことなくユーモラスなので、とても読みやすいミステリだと思います。

興味を持った方は、ぜひ読んでみてください。

明日は、エーリヒ・ケストナー『ふたりのロッテ』を紹介する予定です。