エーリヒ・ケストナー『ふたりのロッテ』 | 文学どうでしょう

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ふたりのロッテ (岩波少年文庫)/岩波書店

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エーリヒ・ケストナー(池田香代子訳)『ふたりのロッテ』(岩波少年文庫)を読みました。

エーリヒ・ケストナーは『エーミールと探偵たち』で有名なドイツの児童文学作家ですが、ぼくは今まで読んだ中で、この『ふたりのロッテ』が一番面白かったです。

いやあ、これは面白い小説ですねえ。おすすめですよ。

いい児童文学の本に出会うと、子供の頃に読まなかったことを、後悔したりするものですが、この本も思わずそう思わされる、素晴らしい一冊でした。

児童文学というのは、物語の作りはシンプルですし、文章も平易です。大人が読むのは少し抵抗があるかもしれません。

けれど、物語の登場人物たちが感じる悲しみや喜びなど、感情的なものというのは、大人だろうと子供だろうと、それほど違いはないものなんです。

子供だから悲しくないとか、大人だから嬉しくないなんてことはないですよね。

なので、子供の読者でも大人の読者でも同じように、”ふたりのロッテ”に共感して、はらはらどきどきして、そして、感動させられてしまうんじゃないかと、そんな風にぼくは思います。

『ふたりのロッテ』の物語はとてもシンプルなので、あらすじを聞いた時点で、大体どんな風に展開して、どんな結末になる物語なのか、想像がついてしまうだろうと思います。

その想像があたるのか、それとも予想外の展開が待ち受けているのかは伏せておきますが、物語の途中は大体予想通りに進んでいきます。

ですが、その予想通りの感じ、ベタな展開がなんとも言えずにいいわけですよ。

『ふたりのロッテ』は、子供たちが夏休みをみんなで過ごす、ゼービュール湖のほとりのゼービュールの子供の家で、ふたりの少女が出会う所から始まります。

一人は、ウィーンからやって来たルイーゼ。もう一人は、南ドイツからやって来たロッテ。住んでいる所も違えば、名字も違います。

ところが、この2人の顔があまりにもそっくりだったんです。

お互いに少しずつ話をする内に、ルイーゼには父親しかおらず、ロッテには母親しかいないことが分かります。

そして、それぞれの親の写真を見て気がつきました。自分たちは、双子なのだと。

一体何故、両親は離婚してしまったのでしょう? それは、ルイーゼもロッテも分かりません。

そこで、お互いに親に内緒で入れ替わって家に帰ることに決めました。

ルイーゼはロッテのふりをして母親の元へ、そしてロッテはルイーゼのふりをして父親の元へ。そして・・・。

この物語が面白いのは、何と言ってもルイーゼとロッテの性格が正反対なことです。

一生懸命働いている母親の元で、少し貧しい暮らしをしているロッテは、とてもやさしくて、大人しくて、母親の代わりに毎日料理をします。

一方、芸術家の父親の元で暮らすルイーゼは、外で食べるオムライスが大好物で、時にわがままと言えるほど強気な性格の持ち主で、計算が得意です。

ロッテのクラスメートに、アンニ・ハーバーゼッツァーという女の子がいます。アンニはちびのイルゼ・メルクのことをいじめているんですね。乱暴な女の子なんです。

ロッテは気が弱いですから、それを見ても何もできないでいました。ところが、ガキ大将と言えるくらい力と自信に満ちあふれたルイーゼはもちろん違います。

ロッテの書いたメモでアンニのことを知ったルイーゼはこう宣言しました。

「忘れちゃうから言っとくけど、アンニ、わたしはあなたにすごく頭にきてるの。イルゼ・メルクのことよ。わかってるでしょ。こんどあんなことしたら、頭にくるだけじゃないわ、わたしあなたのこと・・・・・・」
 そう言いながら、手でひっぱたくしぐさをして、さっとドアからとびこむ。
「へえ、やってみなさいよ」アンニは、ぷりぷりして考える。「あした、やってみればいいじゃない。あの子、子ども村に行って、おかしくなっちゃったんじゃない?」(87ページ)


アンニはロッテが別人になったなんて思ってもみませんから、今まで通りなめているわけです。

これはもう前フリのようなもので、次にアンニがちびのイルゼをいじめたらどうなってしまうのか、読者はもうにやにやしながら読んでいくわけですね。

そんな風にベタな展開が続く、とても面白い作品なんです。

そうした場面場面のユーモラスさもこの小説の大きな魅力ですが、ルイーゼとロッテが、それぞれお互いに欠けていたものに気づいていくという成長物語にもなっています。

作品のあらすじ


夏休みに子供たちが集まるビュール湖のほとりの子供の家は大騒ぎ。南ドイツから新しい子供たちがやって来るから。

一体どんな子供たちだろうと、みんながそわそわしている中、ようやくバスがやって来ました。ルイーゼは、バスから女の子が降りるのを手伝ってあげます。

すると、バスから降りて来た女の子を見て、みんなはびっくり仰天。

 ほかの子たちとウルリーケ先生は、なにがなんだかわからなくて、こっちの子とあっちの子を、かわりばんこに見る。運転手は帽子をうしろにずらし、まいったなあ、と頭をかく。あいた口がふさがらない。
 いったいなぜ?
 ルイーゼと、新しく到着した女の子は、うりふたつだったのだ! たしかに、ひとりは長い巻き毛で、もうひとりはきっちり編んだおさげだけれど、ちがうのはそこだけなのだ。(16~17ページ)


それからというもの、みんなが自分とその女の子ロッテをじろじろ見るので、強気なルイーゼは面白くありません。

自分と似た顔をしているロッテに腹を立てて、テーブルの下で、ロッテの足を思いっきり蹴飛ばしました。

ロッテは痛くてびくっとしますが、大人しい女の子なので、何も言わずにぎゅっと唇を噛みしめます。

そんな風に2人は初め、お互いにいい印象を持ちませんでしたが、夜になるとそれが少し変わります。

ルイーゼとロッテは、先生たちに隣同士のベッドにさせられたんですが、ロッテはさみしくて、しくしく泣き始めるんですね。

大好きなお母さんと離れて過ごすのはつらいですし、そして隣には自分のことを嫌っているルイーゼがいるわけですから。なんだかとても悲しくなってしまったんです。

するとそれに気づいたルイーゼは、ロッテの髪をそっと撫でてやりました。ルイーゼだって、そんなにいじわるな女の子じゃないんです。

それからというものの、2人は大の仲良しになりました。髪型を一緒にすると、誰も見分けがつきません。

ルイーゼの友達のトゥルーデが選ばれて、どっちがルイーゼで、どっちがロッテかを当てることになりました。

困ったトゥルーデは、近くにいた方のおさげをぐいっと引っ張ります。するとすぐさまひっぱたかれました。

「こっちがルイーゼよ」(39ページ)とトゥルーデがほっぺたを押さえながら嬉しそうに叫んだので、みんなはわっと大盛り上がり。

ルイーゼとロッテは、お互いの話をする内に、自分たちが双子であることに気がつきます。2人は、それぞれの親について、そして自分の生活について、教えあいました。

来る日も来る日も、ふたりはそんなことばかり話している。夜も、ベッドの中で、何時間もひそひそとおしゃべりをする。それぞれが、それぞれの新大陸を発見している。いままでの世界は、じつは自分たちの世界の半分でしかなかったことが、ふいに明らかになったのだ。
 このふたつの半休をつなぎあわせて、全世界をながめわたすことに熱中していないときは、ふたりはべつの問題にかかりきりになり、べつの秘密に頭をなやませる。どうして、親たちはいっしょに暮らしていないのだろう?(50~51ページ)


自分たちが双子だと教えてくれなかった両親にルイーゼは腹を立てます。「ごりっぱな親たちだわ。ちがう? まあ、いまに見てなさい、とっちめてやるから。ふたりとも、びっくりするわ!」(56ページ)と。

そして、2人はルイーゼがロッテになり、ロッテがルイーゼになり、それぞれ違う家に帰ることにしました。

ルイーゼは母親に、ロッテは父親にほとんど初めて会うわけですから、緊張と、そして言葉に出来ないくらいの嬉しさがあります。でも、それをなるべく表さないようにしなければなりません。

ウィーンのホテルでは、ルイーゼのふりをしたロッテは、ルイーゼの大好物であるオムレツを食べ続けていました。もう食べられないと言うと、ボーイは驚きます。「まだいつつめですよ」(73ページ)と。

一方、ロッテのふりをしているルイーゼは、ロッテのレシピを見て料理をしますが、料理なんてしたことがありませんから、大失敗してしまいました。

自分ではない自分になって、それぞれに色んな苦労をするルイーゼとロッテ。郵便局に届くようにして、秘密の手紙のやり取りをします。

2人はもちろん両親をなんとかもう一度やり直させたいと思うのですが、父親の前にイレーネ・ゲルラッハという美女が現れます。父親はイレーネと再婚したいと言い出して・・・。

はたして、ルイーゼとロッテの思いは、両親に届くのか!?

とまあそんなお話です。ルイーゼが実はロッテであることが、そしてロッテが実はルイーゼであることが、いつばれてしまうのかとはらはらどきどきの物語です。

ルイーゼのことが大好きな犬がいるんですが、戻って来たのはルイーゼではなくロッテですから、臭いで怪しいと気がつくんですね。その犬のせいで、ばれてしまうのでしょうか?

2人が入れ替わっていることがばれてしまうとしたなら、どんな風にばれてしまうのか、そんな所にも注目してみてください。

ユーモラスでとても楽しい物語です。まだ読んだことのない方は、ぜひ読んでみてください。

『ふたりのロッテ』は、明るくうきうきするようなお話ですが、実は第二次世界大戦中に書かれていたんですね。それを思うと心がしんとする感じがあります。

この本には、エーリヒ・ケストナーの希望のようなものが、込められているのかも知れませんね。

おすすめの関連作品


双子が出てくる小説を1冊、それぞれ違う人物が入れ替わる映画を1本紹介します。

まずは小説から。双子が出てくる日本文学作品と言えば、川端康成の『古都』があります。

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昔は、双子が喜ばれない習慣があったらしく、双子の姉妹の内一人が捨てられてしまったんですね。それぞれ別々の場所で育った双子の姉妹がある時、偶然に再会して・・・。

物語の筋も面白いですが、何よりも古都という、文化的に魅力あふれる場所が舞台になっているので、そうした古都ならではの雰囲気が楽しめる作品です。

続いては、人物が入れ替わる映画を紹介します。

人物が入れ替わる物語というのは、男女で精神が入れ替わったり、スパイとして別人になりすますなど、色々なパターンがあるんですが、手術で顔を変えて入れ替わる映画があります。

ジョン・ウー監督の『フェイス/オフ』です。

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FBI捜査官(ジョン・トラヴォルタ)は、テロリスト(ニコラス・ケイジ)の弟から情報を聞き出すため、テロリストの顔を移植して刑務所に潜入します。

ところが、植物状態と思われていたテロリストが蘇生し、医者にFBI捜査官の顔を移植させることを強要して・・・。

本当のFBI捜査官は、テロリスト(ニコラス・ケイジ)の顔をして刑務所の中にいて、テロリストはFBI捜査官(ジョン・トラヴォルタ)の顔をして、外で好き勝手やるわけです。

正義の味方と極悪人の顔が入れ替わってしまうという発想も面白いですし、何よりもジョン・ウー監督のアクションが冴え渡る映画です。こちらも機会があればぜひぜひ。

明日は、ジョルジュ・シムノン『小犬を連れた男』を紹介する予定です。