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アイザック・アシモフ(小尾芙佐訳)『われはロボット〔決定版〕』(ハヤカワ文庫SF)を読みました。
『われはロボット』は、「ロボット工学三原則」を生み出した、言わずと知れたSFの金字塔的作品です。
ただ単にSFの素晴らしい古典というだけでなく、今読んでもなお新しさを感じるような、ずば抜けて面白い短編集です。おすすめの1冊ですよ。
『われはロボット』は、2004年にウィル・スミス主演で『アイ,ロボット』として映画化されました。
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ロボットはロボットとして作られる際に、三原則を必ず守るように設定されるんですね。
ざっくり言うと、(1)人間を傷つけてはならない、(2)人間の命令に従わなければならない、(3)前2条に反しない限り、自分の身を守らなければならない、というものです。
なので、人間を殺すことはできないように設定されているにもかかわらず、『アイ,ロボット』では殺人の容疑者としてロボットが浮上して来るんですね。ウィル・スミス演じる刑事は、事件の謎を追っていって・・・。
『アイ,ロボット』が面白かったという方は、ぜひ原作である『われはロボット』を読んでみてください。三原則をめぐる話がより深い所まで描かれているので、かなり楽しめるはずです。
そして、『アイ,ロボット』がつまらなかったという方にも、ぜひ読んでもらいたいのが、『われはロボット』なんです。映画と原作はほとんどまったく違う話です。
映画は、人間VSロボットという構図のアクションものですが、『われはロボット』はロボット三原則にまつわるミステリが9編収録された短編集です。
基本的には、ロボットに何かしらのエラーが生じてしまい、周りにいる人間がロボット三原則から生じた盲点を見つけて、そのエラーを直すという流れです。
この謎が解ける時の感じが、なんとも言えないくらい、痛快なんですよ。
たとえるなら、ルービックキューブをかちゃかちゃ回していて、突然全部の色がそろったような、そんな気持ちよさがあるんです。知的興奮が満たされる面白さのある短編集です。
SFが好きな人はもちろん、謎の提示が極めて分かりやすく、小説としてわりと読みやすいので、SFはなんだか難しくて苦手という人にも、自信を持っておすすめできます。
作品のあらすじ
『われはロボット〔決定版〕』には、「ロビイ」「堂々めぐり」「われ思う、ゆえに・・・・・・」「野うさぎを追って」「うそつき」「迷子のロボット」「逃避」「証拠」「災厄のとき」の9編が収録されています。
各編はそれぞれ独立していますが、〈わたし〉が、75歳のスーザン・キャルヴィン博士という、ロボット心理学の権威から話を聞く章が、短編と短編の間に挟まっています。
全体を通すと、人間とロボットが共に歩んできた歴史が分かるという仕組みです。
「ロビイ」
1996年に作られたのは、まだ喋ることの出来ない、子守り用のロボットでした。まだロボットが当たり前ではない時代の話です。少女グローリアは、子守り用のロボットであるロビイと仲良しです。一緒に夢中になって遊んだり、ロビイにお話を聞かせてやったりしています。
ところが、近所の人々がロビイを見る目はなんだか不安げですし、グローリアのお母さんも心配を隠し切れません。
「でもどこかが狂うかもしれない。どこかーーどこかがーー」ミセス・ウェストンはロボットの内部についてはいささかうといのである。「どこかのちょっとした仕掛けがゆるんであのおそろしいしろものが暴れだしたりして、そしてーーそしてーー」彼女はなにぶんにもはっきりしたその考えをおもいきって口にすることができなかった。(29ページ)
やがて両親はグローリアに内緒で、ロビイを処分してしまうことにして・・・。
「堂々めぐり」
2015年。第二次水星探検隊として、水星での任務についているグレゴリイ・パウエルとマイク・ドノヴァン。太陽熱から身を守るために必要なセレンという物質を、スピーディというロボットに取りに行かせたんですが、そのスピーディが全然戻って来ないんですね。
実は、スピーディはセレンがある地表の周りを、大きな円の軌道でぐるぐると周り続けているんです。一体何故そんなエラーが起こってしまったのか?
セレンがなければいずれ太陽熱で死んでしまうパウエルとドノヴァンは、問題解決のために、第一次探索隊が残していった旧型のロボットを軌道させて・・・。
「われ思う、ゆえに・・・・・・」
太陽エネルギーを中継するためのステーションに着任したパウエルとドノヴァン。2人は、自分たちの補佐のためのQT1号というロボットを組み立てますが、キューティと名付けられたロボットは、いくら説明されても「それよりももっと満足すべき説明があるはずだと思います」(95ページ)と、自分が自分より劣った存在である人間によって組み立てられたとは認めようとしません。
キューティは、単なるエネルギー転換器を「主」と崇めるようになりました。地球などという惑星は、愚かな人間の持つ幻想に過ぎず、自分などでは計り知れないが、ともかく「主」の御心に従おうと決意したんです。
やがて「あなたがたが主に仕えていた。その特権はいまやわたしのものであり、あなたがたの唯一の存在理由は消滅した。明白ではありませんか?」(112ページ)と言って、キューティは2人をコントロール・ルームから閉め出してしまい・・・。
「野うさぎを追って」
小惑星におけるロボットの性能テストを行うことになったパウエルとドノヴァン。自動で採掘作業が出来るはずのDV5号でしたが、何故か鉱石を1つも取って来ていませんでした。
DV5号は、7台のロボットで一組のユニットなんですが、リーダーのロボットであるデイブにも理由はよく分かりません。「おぼえていません。一日がおわってみると、マイクがいて、鉱石運搬車があって、車はほとんど空でした」(137ページ)と証言します。
はたして、どこにエラーがあるのか? パウエルとドノヴァンはテストをくり返しますが・・・。
「うそつき」
2021年。偶然から、RB34号という人の心を読むことの出来るロボットが作られました。ハービイと名付けられたそのロボットが、何故そうした能力を持つようになったか、研究者たちは調査に乗り出します。38歳のスーザン・キャルヴィン博士も、ハービイに会いに行きます。
するとハービイはキャルヴィン博士の心を読んで、「ええ、むろん、そのことは知っていますよ、キャルヴィン博士。しじゅうそのことを考えておられるから、いやでも知らずにはいられないでしょう?」(181ページ)と答えます。
キャルヴィン博士には想いを寄せている男性がいたんですね。ハービイはその男性についてのいい情報を色々教えてくれて、キャルヴィン博士はとても喜びますが・・・。
「迷子のロボット」
2029年。1台のロボットが行方不明になります。同型の62台の中にこっそりと紛れ込んでいるんですね。何故それが問題になるかというと、そのロボットにはロボット三原則が刻まれていないからです。
その基地では、放射線が飛び交う中で作業をしなければならないんですが、そうするとロボットは人間をガンマ線から守ろうとするので、作業が滞ってしまうわけです。
そこで、ロボット三原則の条件が緩和されたロボットがひそかに作られたのですが、作業員がそのロボットと揉めて、「消えてなくなれ」(227ページ)と思わず叫んでしまったんですね。
言葉通りに姿を消し、そして、自分を見つけ出すことの出来ない、愚かな人間をひそかにあざ笑っているらしきロボット。
問題解決のために呼ばれたキャルヴィン博士は、63台の中から問題のロボット1台を見つけ出すことができるのか? 人間とロボットの究極の心理戦が今幕を開けるーー。
「逃避」
やがてロボットだけではなく、すべてを管理する電子頭脳のブレーンも生み出されていきます。合同ロボット社が、恒星間移動用の宇宙船を作ろうとして、データをブレーンに読み込ませるんですが、ブレーンは壊れてしまいました。
何故ブレーンが壊れてしまったのか解析してくれないかと、キャルヴィン博士の所属するUSロボット社に依頼が持ち込まれます。
エラーの解明だけではなく、開発競争に遅れを取らないため、あわよくばライバル会社のブレーンも壊してしまおうという思惑もあるようです。
何故ブレーンが壊れてしまったかの理由としては、おそらくロボット三原則にひっかかる、人間の死にまつわるジレンマがあるだろうと推測できました。
そこでキャルヴィン博士は、あらかじめ人間に危害を及ぼすようなデータがあるかも知れないとブレーンに伝え、少しずつデータを与えていきます。
するとすべてのデータを読み取ったブレーンは、しばらくはぼんやりした様子でしたが、「ああ、あれ! できますよ。宇宙船を建造しましょう、簡単ですーーロボットをよこしてください。すばらしい船です」(275ページ)と言います。
必ずジレンマはあるはずなのに、何も反応がなかったのは奇妙です。とりあえず宇宙船が作られていきますが、やがて思いがけぬことが起こって・・・。
「証拠」
2032年。市長選挙のライバル候補者スティーヴン・バイアリイに後ろ暗い所がないか調べていた政治家のフランシス・クインは、不思議なことに気がつきます。「もう少し言いなおしましょう。彼が、ものを食っているところや飲んでいるところをだれも見た者がいない。一度だりと! この言葉の意味がおわかりですか? めったにないのではなく、まったく見た者がいないのです!」(316ページ)
つまり、バイアリイはロボットではないかと言うんですね。そこで、ロボット会社に調査が依頼されたんですが、バイアリイは凄腕の検事なので、巧みな弁論で検査を拒否し続けます。
バイアリイは人間なのか、それともロボットなのか? 疑惑を抱えたまま選挙戦は終盤を迎え・・・。
「災厄のとき」
2052年。スティーヴン・バイアリイは世界統監になっており、産業など、世界のバランスはすべてマシンによって保たれています。しかし、本来はあり得ないはずの生産余剰のデータが現れるんですね。もしもマシンが何らかのエラーで狂い始めたとすると、人類の未来が危ないわけです。
そこで、キャルヴィン博士が呼び出されて、バイアリイ世界統監と極秘に会談することになりました。
マシンに生産余剰が何故生じたのかを尋ねると、「本件は解明を許さない」(370ページ)という答えが返って来ました。はたして、キャルヴィン博士は、その答えから何を導き出したのか!?
とまあそんな9編が収録された短編集です。どれも面白い作品ばかりですが、一番好きなのはどの短編かと聞かれたなら、ぼくは「迷子のロボット」をあげます。
63台の同型のロボットの中に1台だけいる「迷子のロボット」をいかに見つけるかというのは、話としてやっぱり面白いですよね。
そのロボットも単なるロボットではなくて、人間が自分を見つけ出せるわけがないと思っている傲慢さがありますから、キャルヴィン博士との心理戦が非常に白熱したものになっています。
印象に残る作品なら、やはり「われ思う、ゆえに・・・・・・」でしょう。
ロボットが単なるエネルギー転換器を「主」として崇めるのは滑稽ですし、自分の存在理由をどこかへんてこな具合に確立する様は、おかしくて思わずにやにや笑ってしまいます。
論理的に考え、論理的に解答を導き出すのがロボットですから、その答えは一見とても正しいことのようでいて、人間からすると間違っていることが明確ですから、そこにおかしみが生まれています。
ただ、この自分勝手に考えを確立するロボットというのは、ある意味では非常に人間に似ているんですね。そう気付くと、その笑いが凍りつく感じがあります。
「主」を崇め、自分たちの存在理由を勝手に作り上げている傲慢さがあるのは、何もロボットだけではないわけです。
ロボットの愚かさを笑えば笑うほど、その笑いが自分達人間にはね返って来るような気もします。
自分の存在について、問いかけ続けるロボットには深いテーマ性があって、とても印象に残る短編でした。
おすすめの1冊なので、興味を持った方はぜひ読んでみてください。パズルを解くような面白さ、痛快さのある短編集です。
明日は、ヨースタイン・ゴルデル『ソフィーの世界』を紹介する予定です。