恩田陸『夜のピクニック』 | 文学どうでしょう

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夜のピクニック (新潮文庫)/新潮社

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恩田陸『夜のピクニック』(新潮文庫)を読みました。本屋大賞受賞作です。

みなさんは高校時代にどんな思い出がありますか。「あの頃は思いっきり青春してたなあ」という方も、「ドラマやマンガみたいな青春は自分にはなかったなあ」という方も、やっぱり思い出として強く残っているのは、なにかしらの行事なのではないかと思います。

たとえば体育祭。普段は目立たないやつがクラス対抗リレーのメンバーに選ばれて、一躍スターになったり。競技をする側も、応援する側も盛り上がって、クラスが一致団結する感じがありますよね。

たとえば修学旅行。ベタながら、夜になると不思議とみんなのテンションがあがって、いつまでも話し込んでしまったりするものです。「ねえ、好きな人は誰なの?」的なノリがあったり、先生や嫌いなやつの悪口をわいわい言い合ったり。

ぼくは男子校だったこともあって、艶っぽい思い出はほぼ皆無なんですけど、修学旅行の夜、みんなで三国志の話をして異様に盛り上がったのを覚えてます。何故か深夜に「誰が一番武将の名前を言えるかゲーム」が始まっちゃったんですよ。

順番に1人ずつ武将の名前をあげていくんですけど、「いや、ソンケンって言っても呉の孫堅でも孫権でもなくて、蜀の孫乾だよ」とか、魏の武将で夏侯がつく人物名で攻めて行くやつがいたりとか、マニアックで面白かったです。

しりとりと一緒で、誰が勝つとかはなくて、結局はうやむやで終わっちゃうゲームなんですけどね。吉川英治などの小説でも、横山光輝のマンガでも、あるいはテレビゲームでも、みんな話が通じるのが三国志のいい所です。

あらら、思いがけず話が逸れていってしまいましたが、今回紹介する『夜のピクニック』で描かれるのも、高校時代に行われるある行事なんです。

それは「歩行祭」といって、朝の8時にスタートして、仮眠はするものの、次の日の朝8時までひたすら歩き続けるという恐ろしい行事です。その距離なんと80キロ。80キロですよ。死んじゃいますよ。

前半は団体歩行といって、みんなで列になって歩くんですが、後半20キロは自由歩行になります。先着順に順位がつくので、運動部は出来るだけいい順位を目指して走ったりもしますが、多くの生徒は最後まで歩き切ることを目標にします。

この自由歩行で、誰と一緒に歩くかというのが、「歩行祭」の結構重要なポイントなんですね。一緒に辛さを分かち合うことによって友情が再確認できますし、普段は出来ないような深い話ができたりするわけなので。

80キロも歩かなければならない行事なんて、当然楽しいわけはないんですが、それが高校生活で最後の大きな行事になると、話は違ってきます。どんなに辛いことでも、それがもう最後だと思うとなんだか感傷的になるものです。

生徒たちは、様々な想いを抱えて「歩行祭」に参加しています。受験を前にして、進路で悩んでいる人もいれば、好きな相手に思い切って告白しようとする人もいます。自分の従姉妹を傷つけた犯人を探そうとする人もいますし、謎の少年が現れたりもします。

物語の中心となるのは、足を怪我して最後まで歩けるかどうか分からない西脇融と、この「歩行祭」である賭けをしている甲田貴子の2人。

恋愛とは違うんですが、近いようで遠く、遠いようで近いこの2人の、ぎくしゃくした関係がどうなっていくのかが、この小説の一番の見所です。

過ぎ去ってしまえば、もう二度と戻らない、そんな青春のきらめきを閉じ込めたような小説です。

夜が来て、やがて朝がやって来ます。それは当たり前のことですが、それを仲間たちと共有するだけで、かけがえのない、とても大切な時間になるんですね。

 みんなで、夜歩く。たったそれだけのことなのにね。
 どうして、それだけのことが、こんなに特別なんだろうね。(31ページ)


自分の青春時代を思い出したり、また、自分にはなかった青春時代を感じられるかもしれない、そんな1冊です。

作品のあらすじ


西脇融は迷っています。「歩行祭」の自由歩行の時に、親友の戸田忍と一緒に走るか、それともテニス部の仲間と歩くか。

友達と部活の仲間のどちらをとるかで迷っているわけですが、融は膝を悪くしていて、もしかしたら走れないかも知れないんですね。「足の状態も分からないから、今夜歩いて決めるよ」(9ページ)と融は忍に言います。

甲田貴子は遊佐美和子と一緒に歩くことを決めています。めんどくさがりやの貴子と勉強もスポーツもできる美和子は対照的なんですが、それだけにお互いに馬があうんですね。

3年生になると文系と理系とでクラスが分かれるので、2人は別々のクラスになってしまったんですが、高校生活で最後の思い出となる「歩行祭」は一緒に歩こうと約束しています。

去年、貴子と美和子には榊杏奈という親しい友達がいました。3人はいつも一緒だったんですが、杏奈はアメリカの大学に進学するために、アメリカに行ってしまったんですね。

その杏奈から貴子宛てに葉書が届きました。近況や自分ももう一度「歩行祭」に参加したかったことなどが書かれていたんですが、最後によく分からない文章がありました。

 たぶん、あたしも一緒に歩いてるよ。去年、おまじないを掛けといた。貴子たちの悩みが解決して、無事ゴールできるようにN.Y.から祈ってます。(85ページ)


おまじないって一体なんのことだろうと不思議がる貴子。自分と美和子に共通した悩みがあるとも思えないのですが、「歩行祭」で歩きながら、美和子に確認してみようと思います。

去年の「歩行祭」では不思議なことが起こりました。見たことのない少年が複数のクラス写真に写っていたんですね。

どこのクラスにも在籍していない生徒ということで、心霊写真ではないかと話題になりましたが、結局は、他の学校の生徒が面白がってついて来ただけだろうという所に落ち着きました。

この謎の少年が、今年の「歩行祭」にも姿を現すこととなります。謎の少年は一体何者なのか?

さて、忍はもしかしたら融と貴子は付き合っているのではないかと思っているんですね。そこで、融にこう尋ねます。

「おまえ、気が付いてる? よく甲田のこと見てるだろ」
「俺が?」
「うん。気が付いてないかもしれないけど、何かの拍子に、いつも誰かを見てると思うと甲田だ。だから、俺、てっきりおまえが彼女のこと好きなのかと思って」
 融はますます驚いた。全く自分でも意識していなかったのだ。
 忍はちらちらと融を見ながら続けた。
「で、甲田の方も、時々こっそりおまえを見てるんだよな。あっちはもうちょっと、なんというか、後ろめたそうな顔なんだけどさ。だから俺は、おお、二人は相思相愛だ、と思ったわけだ」(28~29ページ)


融は貴子と話したことすらないと恋愛感情を否定しますが、忍は「ま、いいや。夜は長いしさ。じっくり聞かせてもらおうじゃないの」(29ページ)と疑いを胸に抱いたままの様子です。

融と貴子はクラスメイトではあるものの、お互いに避けるような所があって、話すらしたことがないんですね。ですが、お互いに強く意識しあっているのもまた確かです。

そこにはある複雑な事情があって、物語が始まるとその事情はすぐに明かされるんですが、一応ここでは伏せておきましょう。恋愛感情とはまた違うものが2人の間にはあるんですね。

複雑な心境の貴子は、この「歩行祭」である賭けをすることにします。

 だから、彼女は歩行祭で小さな賭けをすることにした。その賭けに勝ったら、融と面と向かって自分たちの境遇について話をするように提案しよう、という彼女だけの賭けである。しかし、彼女はその賭けに勝ちたいのか、負けたいのか、まだ自分でもよく分からないのだった。(48ページ)


その賭けは本当にちっぽけなものなんですが、貴子にとっては大きな壁なんです。貴子のこの賭けの行方にも、ぜひ注目してみてください。

それぞれが悩みや恋心を抱えたまま、「歩行祭」が始まります。みんなが一斉に歩き出し、その「歩行祭」の中で、様々な出来事が展開していって・・・。

はたして、みんなは最後まで歩き通すことが出来るのか? そして、融と貴子の関係の行方はいかに!?

とまあそんなお話です。高校生活最後のイベントだからこそ、どんなに退屈な場面でも輝くものがあります。こんな場面が印象的でした。

「つまんねえ風景だな」
 融は、そう呟いた。
「だな」
 忍も同意する。
 何もない田んぼに、屋敷林に囲まれた住宅が点在するだけ。田んぼの中を横断するように、送電線の鉄塔が点々と連なっている。確かに風光明媚とは言いがたい。
「でもさ、もう一生のうちで、二度とこの場所に座って、このアングルからこの景色を眺めることなんてないんだぜ」
 忍は例によって淡々と言った。(353~354ページ)


二度と帰って来ないからこそ光るのが青春時代なんです。この「歩行祭」が終われば、みんなそれぞればらばらの道を歩むことになります。

それが分かっているからこそ、見える景色すべてが、どこか感傷的に映るんですね。

実際に80キロ歩かなければならないとなったら、それはもう大変なのでぼくは御免蒙りたいですけど、不思議と読んでいるだけで、なんだかこう自分まで参加しているような気になれる小説です。

辛いことや、困難な道のりを乗り越えた時の、なんとも言えない爽快感が感じられる小説なので、興味を持った方は、ぜひ読んでみてください。

明日は、アーネスト・ヘミングウェイ『日はまた昇る』を紹介する予定です。