柏葉幸子『霧のむこうのふしぎな町』 | 文学どうでしょう

文学どうでしょう

立宮翔太の読書ブログ。
小説のあらすじを紹介したり感想を書いたり。


テーマ:
霧のむこうのふしぎな町 (新装版) (講談社青い鳥文庫)/講談社

¥609
Amazon.co.jp

柏葉幸子『霧のむこうのふしぎな町』(講談社青い鳥文庫)を読みました。

児童文学というとやはり、イギリスやアメリカのファンタジーに人気が集まりますが、「日本の作品でおすすめは?」という話になると、グルっぽなどでもよく名前があがってくるのが、今回紹介する『霧のむこうのふしぎな町』です。

少女リナが過ごす、ちょっと変わった夏休みは、日常と非日常のバランスがまさにちょうどよくて、物語に入り込みやすいその適度なファンタジー具合が、この作品の何よりの魅力です。

ぼくがこの作品を知ったのは、宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』が公開された時に、雑誌などの色々な特集で、「『千と千尋の神隠し』に影響を与えた作品」という取り上げられ方がされていたことによってでした。

千と千尋の神隠し (通常版) [DVD]/ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント

¥4,935
Amazon.co.jp

ここにはかなり難しい問題があります。アニメに原作・原案としてのクレジットはないものの、新装版の『霧のむこうのふしぎな町』の裏表紙に「『千と千尋の神隠し』に影響を与えた、ファンタジー永遠の名作」と書かれているように、講談社側は影響関係を前面に押し出しています。

その一方で、挿絵がすべて全とっかえになっているんですね。なぜ挿絵が変わったのか、そこにはどんな問題があるのか、興味のある方はまあググってみてください。『千と千尋の神隠し』のウィキペディアなんかでも分かります。

著作権問題はぼくの手に負える問題ではないので、個人的な見解は伏せておきますが、その問題の根にある『霧のむこうのふしぎな町』と『千と千尋の神隠し』がそれほど似ているのかどうかを、少しだけ考えてみたいと思います。

まず類似している点としては、(1)少女が魔法のある不思議な場所へ行き、(2)いじわるな老婆によって無理矢理働かされる、という2点です。

しゃべる動物が出てくることや、魔法によって変身させられている存在がいることも、そこに加えてよいかもしれません。

一方、『千と千尋の神隠し』だけに出てくる要素としては、(1)舞台が温泉旅館であること、(2)神様が出てくること、(3)名前を奪われること、(4)カオナシという不気味な存在が登場すること、などがあげられるかと思います。

物語の舞台や登場するキャラクター設定は大きく違いますから、「物語としてそっくりだ」と言うにはやや無理があります。『千と千尋の神隠し』の方が、冒険的要素が強い物語です。

では、『千と千尋の神隠し』と『霧のむこうのふしぎな町』が全く似ていないかと言うと、「いじわるな老婆によって無理矢理働かされる」ことによって、少女が少しずつ成長していくという点では共通していますから、全く似ていないと言い切るのも難しいでしょう。

というわけで、「そっくりだ!」でも「全く似ていない!」でもなく、似ていると言えば似ているし、似ていないと言えば似ていないという曖昧な感じです。やはり「影響を与えた」ぐらいが無難な所なのかも知れません。

さて、今回は『霧のむこうのふしぎな町』の紹介なので、その魅力を言うとですね、これは非常にほっこりする話なんです。

物語の舞台となるのは、「めちゃくちゃ通り」という、何だか不思議な人ばかりが住んでいるところです。「めちゃくちゃ通り」は非日常的な場所ですが、そこでの日常風景が描かれている所に、この作品の面白さがあります。

異世界でのはらはらどきどきの冒険ではなく、異世界での日常を描くなんて、なんだかちょっと面白いと思いませんか? 少女リナの不思議な夏休みの経験を、ぜひみなさんも体験してみてください。

作品のあらすじ


こんな書き出しで始まります。

「あのう、霧の谷へはどういったらいいんですか?」
 リナは思いきって、そばを通った女の人にたずねてみた。
「霧の谷? さあ、きいだごどねえなあ。見でわがるえ。この町は、駅からただまっすぐにつづいでいるだげだおの。」
 色のさめたワンピースを着て、げたをつっかけた女の人は、首をかしげた。
 リナはなきたくなった。(7ページ)


静岡からこの町へやって来たのは、小学6年生の上杉リナ。おとうさんにすすめられて、おとうさんの知り合いの所に遊びに来たんですが、迎えもなにもなかったので、場所が分からないんです。

リナが困っていると、「とつぜん、風がブワーとふいた。森はいっせいにガサゴソといい、かさがぱっとひらいて、風にとばされた」(24ページ)んですね。

飛ばされたピエロのかさを追いかけていくと、いつの間にか霧の中に入っていて、やがて霧の谷の町へたどり着きました。リナはピコット屋敷という下宿に行き、ピコットばあさんに会います。

このピコットばあさんが、いじわるなおばあさんなんです。

「おまえは六年生にもなるのに、あいさつもろくにできないのかい。」
 おばあさんが口をきった。
「上杉リナです。おせわになります。」
 リナは、頭を下げた。
「だれがあんたのせわなんかするっていったね。」(31~32ページ)


ピコットばあさんは、自分の食いぶちは自分で働いて稼がなければならないとリナに言い渡します。リナはまず、本屋さんのナータの手伝いをすることになりました。

お店をやっているトーマスの所へ行って、貸していた海に関する本6冊を返してもらわなければならないのですが、その内の1冊を、オウムのバカメが鳥かごの中にいれたまま、決して返そうとしないんですね。

バカメは口が悪いオウムなんです。「どうしておれの鳥かごに本があるなんていうんだ。鳥が本を読むとでもいうのか。それともおめえの店では、鳥かごに本をならべて売ってんのか」(100ページ)とこうです。

はたしてリナは、バカメから本を返してもらうことができるのでしょうか。ちなみに、バカメが大切に鳥かごの中に入れているのは、デフォーの『ロビンソン・クルーソー』です。

本屋さんの次は、壺や皿を扱っているシッカのお店で働くことになったリナ。大きな灰色の像に乗ったお妃さまがやって来て、「ああ、シッカ、わたしのむすこをたすけて、おねがい、たすけて」(122ページ)と言うんですね。

なんでも、とうげの仙人によって息子の王子が瀬戸物に変えられてしまったらしいんです。もう半年が経つので、今日の5時までに見つけ出して魔法を解かないと、二度と元に戻れなくなってしまうらしいんです。

リナは、それらしき瀬戸物を選ぶという、大役をつとめることになりますが・・・。

その後、リナはおもちゃを作っているマンデーの所に手伝いに行くことになりました。マンデーにはサンデーという息子がいるんですが、恥ずかしがり屋で、いつもひょっとこのお面をかぶっています。

「お面とらないの?」
「とらないよ。おかあちゃんがあとでとってあげるっていったんだもの。おかあちゃんにとってもらうんだ。だめっ、さわっちゃ。」
 お面に手をかけたリナから、サンデーはうしろにとびのいた。(163ページ)


サンデーのおかあちゃんは、一体どこへ行ってしまったのでしょうか。

与えられた仕事を順調にこなしていくリナですが、ある時ピコットばあさんから思いも寄らぬことを言われてしまい・・・。

とまあそんなお話です。霧の谷の町に住む人々は、みんな魔法使いの子孫で、それぞれがちょっと変わったことに取り組んでいるんですね。なので、自分たちの住んでいる所を「めちゃくちゃ通り」と呼んでいます。

働いたこともなく、自分には何もできないと思っていたリナは、色んなことを経験することによって少しずつ成長していきます。自分の意見を持ち、自分の意志で行動できるようになっていくのが、とても印象的でした。

物語にはあらすじでは紹介できなかったキャラクターがたくさん登場します。ピコット屋敷にも色んな人が住んでいますし、お菓子をくれる小鬼や賢いネコのジェントルマン、臆病なトラのタマなども出て来ますよ。

瀬戸物になってしまった王子を見つける話も面白いですが、やっぱりずっとお面を外さないサンデーの話がぼくは好きでした。

マンデーとサンデーの身にはあることが起こるのですが、それは深刻であるとともに、何だかちょっぴりおかしかったです。

リナの少し不思議な夏休みを描いた児童文学の傑作です。興味を持った方は、ぜひ読んでみてください。

明日は、恩田陸『夜のピクニック』を紹介する予定です。

立宮翔太さんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス