山本有三『心に太陽を持て』 | 文学どうでしょう

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心に太陽を持て (新潮文庫)/新潮社

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山本有三『心に太陽を持て』(新潮文庫)を読みました。

タイトルの「心に太陽を持て」というのは短いフレーズですが、思わず勇気づけられるような、とてもいい言葉ですよね。

「少年よ大志を抱け」や「叩けよさらば開かれん」や「明日は明日の風が吹く」など、逆境を乗り越えていこうとする時に、心の支えとなる言葉はいくつもあります。

ただ、「心に太陽を持て」ほど強いイメージ力を持ち、しかもそれが他人事ではなく、自分のこととして、ずしんと心に響く言葉はないのではないでしょうか。一度聞くと決して忘れることのできないフレーズです。

どんなに辛く、苦しいことがあっても、心に太陽がありさえすれば乗り越えていけるのだと、そんな気にさせてくれる言葉ですよね。

ちなみに、この「心に太陽を持て」というフレーズは、ドイツの詩人ツェーザル・フライシュレンの詩から来ています。この本の冒頭に載っている詩が、そのまま本のタイトルになったんです。

高橋健二の解説によると、この本は山本有三が編集をつとめた『日本少国民文庫』という、子供向けの名作を集めたシリーズの中の1冊として出版されたものだそうです。

この本には世界中から集めた、子供が読んでためになったり、感動するような話が、全部で21編収録されています。物語ではなく、ほとんどが実話と言ってよいと思います。まあ簡単に言えば、道徳の教科書みたいな本ですね。

困難を乗り越えて、みんなでパナマ運河を作る話があったり、科学者ファラデーの話があったりと、バラエティに富んだラインナップで、素晴らしい出来事や偉人たちの話が収められています。

子供が読んで面白いのはもちろんのこと、大人が読んでも楽しめる本だろうと思います。

ぼくもそうなんですが、子供の頃に伝記として読む以外に、世界で起こった素晴らしい出来事や偉人たちについて知る機会って、ほとんどないと思うんですよ。

なので、知っている話というよりも、知らない話が多くて、とてもためになりました。

子供向けに書かれたものなので、内容・文章ともに読みやすいですし、夢中になって読むというか、思わずぐっと引き込まれる話がいくつもありました。

作品のあらすじ


『心に太陽を持て』には、「くちびるに歌を持て」「パナマ運河物語」「ワインスベルクの女たち」「海底電線と借金」「スコットの南極探検」「キティの一生」「一日本人」「バイソンの道」「動物ずきのトマス」「傷病兵の手がみ」「フリードリヒ大王と風車小屋」「ミレーの発奮」「油断」「ライオンと子犬」「どうせ、おんなじ」「製本屋の小僧さん」「ナポレオンと新兵」「エリザベスの疑問」「見せもののトラ」「リンゴのなみ木」「ミヤケ島の少年」の21編が収録されています。

いくつかの作品をピックアップして紹介したいと思いますが、量・質ともに一つの目玉となるのが、「パナマ運河物語」です。

「パナマ運河物語」

南アメリカ大陸によって隔てられている大西洋と太平洋。この2つの大洋を繋ぐことができれば、貿易や文化の交流がもっと盛んになるはずです。

そこで、パナマに運河を作る計画が立てられました。しかし、熱帯地方のパナマはとんでもない暑さがあり、おまけに雨季もあるという、労働するには過酷すぎる環境です。

しかし最も大きな問題は、黄熱病など伝染病が流行していることです。労働者や土地の人は次々と死んでいきます。一体どうしたらよいのでしょうか。

この困難に2人の男が立ち向かいます。全体の指揮を取るのは、軍人のゴーサルズ。黄熱病と戦うのは、軍医ゴーガス。

様々な障害を乗り越えて、パナマ運河を完成させることはできるのか!?

「製本屋の小僧さん」

ぼくが最も好きだった作品が、この「製本屋の小僧さん」です。科学者マイケル・ファラデーの伝記なんですが、みなさんは、ファラデーという人物をご存知でしょうか。

電磁誘導の法則を発見したすごい人なんですが、何より素晴らしいのは、高い教育を受けた人ではないということです。自分で勉強をして、道を切り開いていくその姿がとても印象的でした。

13歳の時、マイケル・ファラデーは製本屋さんの小僧になります。7年間、そこで奉公することになったわけです。

まともに勉強したこともないマイケルは、そのまま一生製本屋の仕事をして終わってもおかしくない境遇でしたが、たまたま自分が作業をしている本を開いた時、驚くべきことが起こります。

ページの上には無論活字がならんでいます。かれは、そのならんでいる活字を目でたどっていきました。すると、どうでしょう。本の中から、人がマイケルに向かって話しかけてくるではありませんか。かれは一生けんめいにその話を聞こうとしました。かれの目は次から次へと、そこに印刷されている活字を追いかけました。(204~205ページ)


それからというものの、マイケルは仕事の合間を縫って、自分の担当している本を貪るように読みふけるようになります。

やがて電気に関心を持ち、科学に携わる仕事をしたいと思うようになるマイケルですが、目の前には大きな壁があります。

それは、「だが、おれは、科学の専門家ではない。科学者としてのなんの資格も持っていない。数学さえろくろく知らないのだ。おれの科学に金をだしてくれる人なんかあるわけがない」(217ページ)という壁です。

それでも、どうしても科学の道を諦めきれないマイケルは・・・。

「リンゴのなみ木」

長野県、飯田市のお話です。天災など色々なことが続き、町全体がぼろぼろになってしまったんですね。

復興に向けて新しく作った道路に、街路樹を植えようということになりましたが、東中学校の生徒たちがあることをお願いしに市役所にやって来ました。

「わたしたちの手で、防火道路に、リンゴの木を植えさせてもらえないでしょうか。全校生徒千五百人が総がかりで、赤い実のなる街路樹を育てたいと思うのです」(256ページ)


しかし、周りからは反対の声が起こります。理由は主に2つあって、まず第一に、リンゴの栽培自体がとても難しいものであること。第二に、仮にリンゴがうまく作れたところで、勝手にリンゴを盗む人々が現れるに違いないというわけです。

「リンゴが栽培のむずかしい木だということぐらいは、自分たちだって知っている。しかし、むずかしい、むずかしいと言っていたら、どんなことだって、みんな、むずかしい」(258~259ページ)と生徒たちの意志はとても固いものでした。

誰もが無理だろうと言い、実際に失敗ばかりで計画はなかなかうまくいきませんが、生徒たちの活動が新聞で取り上げられたこともあり、少しずつ周りの人々の心は変わっていって・・・。

とまあ以上に取り上げたこの3編がぼくにとっては特に面白かったんですが、他に気になった作品についてもいくつか触れておきましょう。

社会問題を取り上げた作品がいくつかあり、その中でも、裁判の公正さが国の立派さを意味する「フリードリヒ大王と風車小屋」と、女性や奴隷などの身分差別の問題を取り上げた「エリザベスの疑問」が印象に残りました。

素晴らしい出来事や偉人の活躍を多く取り上げている中、「どうせ、おんなじ」「ナポレオンと新兵」「見せもののトラ」「油断」など、単なるジョークのようなものがいくつかあって、それはそれで面白かったです。結構笑えます。

「ああ、なるほど!」と思わされるような話もあって、「ワインスベルクの女たち」「動物ずきのトマス」「ライオンと子犬」が特に深く考えさせられました。

それぞれの作品についても詳しく語りたい気持ちはあるんですが、なにしろ作品自体が短いものなので、実際に読んでもらうのが一番よいと思います。

どこからでも読める本なので、ちょっとでも気になった方は、ぜひ手にとってみてください。

世界で起こった素晴らしい出来事と、偉人たちの話が集められた、道徳的にためになる1冊です。

明日は、山本有三『米百俵』を紹介する予定です。