品川ヒロシ『漫才ギャング』 | 文学どうでしょう

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漫才ギャング/品川 ヒロシ

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品川ヒロシ『漫才ギャング』(リトルモア)を読みました。

前置きとして、漫才について書いていたら止まらなくなってしまったので、別の記事にしました。興味のある方はぜひ読んでやってください。こちら→漫才について

『漫才ギャング』というのは、品川庄司というコンビのボケ、品川ヒロシが書いた小説です。そして品川ヒロシ自身が脚本・監督をつとめて映画化されました。

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ぼくは映画を観て、その原作小説を読んだという流れです。映画と原作の違いですが、金井というヤクザの年齢が原作では結構若いこと、原作にはあるキャバクラの場面がないことを除けば、ほとんど同じです。

いや、はっきり言ってしまいましょう。映画の方が断然面白いです。これは必ずしも小説がよくないというわけではなくて、映画が素晴らしくいいんです。

まずキャスティングが非常にいいですね。芸人をたくさん使っていますが、ロバートの秋山竜次とミサイルマンの西代洋がハマり役です。宮川大輔もすごくよかったですねえ。

そしてなにより、千鳥の大悟ですよ。大悟にはしびれました。「おおっ」と思わず言ってしましました。いいですねえ。千鳥ファンは必見ですよ。

原作はキャラクターがそれほど深くは描かれていないので、映像として描かれた時に、キャラクターとしての深みがぐっと増しました。主演の佐藤隆太も相当いいです。漫才師の役で、実際に漫才をする場面もあるんですが、そこもとてもよかったです。

当然ながら、どことなく品川庄司の漫才のテイストというか、呼吸みたいなものが感じられて、漫才のネタ自体も結構面白いんです。

原作と映画はほとんど同じセリフが語られます。ですが、同じセリフでも映像でのあの空間の作られ方は見事と言う他ないと思います。監督である品川ヒロシの、お笑いのセンスがいかされていますね。

テンポというかリズムというかタイミングというか、とにかく文字媒体では表現できない空間的なメリハリが非常に心地いいんです。

比較してみたい方は、特に鬼塚龍平がデブタクを誘ってトリオになろうと言って、黒沢飛夫が慌てるところを見てみてください。あの場面は原作も映像もほとんど同じですが、映画の方が空間的な面白さがあります。

『漫才ギャング』の何よりの魅力というのは、漫才師が漫才の話を描いたというまさにそこにあります。それは漫才師だから漫才の舞台裏が描けるとかそういう単純なものではなくて、漫才に対する熱い想いが伝わってくるということです。

誰よりもお笑いが好きで、努力して努力して、何もかも捨てて漫才に力を入れる。それでも売れない。借金まみれになる。後輩たちにどんどん追い抜かれていく。それでもいつか売れると信じて漫才だけに打ち込む・・・。

この「夢を目指して努力し続け、ある時自分に足りないものに気がつく」というテーマは、漫才に限らず普遍的なものを持っていて、誰が観ても面白いものだと思います。

人によってそれぞれ夢や目標は違うと思いますが、なんらかの目標がある人、叶えたい夢がある人は誰もがこの物語に共感できるはずです。

努力しても報われないことの方が多いです。仕方がなく夢を諦めて去っていく人たちもいます。そんなシビアな現実があるからこそ、『漫才ギャング』はより一層面白いんです。

もうぼくはこの夢追い人とそれを支える恋人みたいなシチュエーションに弱くて、たとえば『ソラニン』なんかを観ると、胸が苦しくなってぽろぽろ泣いてしまいます。

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それは宮崎あおい演じるキャラクターに感情移入しているわけではなくて、むしろ高良健吾演じるキャラクターに共感してしまうんですけど、どんどん脱線していくのでやめます。

作品のあらすじ


基本的には小説からの紹介ですが、映画もほとんど同じなので、興味を持った方は映画を観てみるのもいいと思いますよ。面白いです。一応役者名もカッコで書いておきます。

物語の主人公は、黒沢飛夫(佐藤隆太)という漫才師。石井保(綾部祐二)とブラックストーンというコンビを組んでいます。

養成所で出会い、コンビを組んだ2人。「ブラストとか略されたりしてよ」(11ページ)と明るい未来を想像していましたが、10年経っても全然売れません。営業やテレビの前説ばかり。

2人はコンビ結成を決めた居酒屋で話し合います。保はコンビを解散したいと言います。ギャンブルで借金だらけになって、もう漫才師では生活していけないというんです。そして飛夫の欠点が指摘されます。

飛夫というのは、笑いに対しては人一倍ストイックなんですが、いわゆる協調性がないんですね。漫才に対する情熱はある。ところが、周りの芸人たちとわいわい群れたりとか、プロデューサーに媚びたりとか、そういうことを全然しないんです。

「芸人になってからの十年間、飛夫はほとんど泣くことがなかった。泣いている余裕などなかったのだ。お笑いで売れることがすべてで、それ以外のことは二の次、ただひたすら感情を殺していた」(35ページ)そんな飛夫が保に解散を告げられてから、毎日酒を飲んで涙を流します。

電話をかけます。でも保は出ない。家に行きます。でも保はいない。保の家の前で酔っ払って座っていると、パンチパーマの取り立て屋(宮川大輔)がやってきます。

いわゆる借金取りです。飛夫が保の知り合いと知って、保に連絡するよう命令する男。飛夫は怯えてその通りにするんですが、ちょっと気に入らないことがあって殴られ、吐いてしまいます。

嘔吐物をかけられた男は怒って飛夫を蹴り飛ばし、飛夫は保の家の中にドアごと飛び込み、気を失います。そして気がついた時は留置場の中でした。

物語はそれと前後して、もう1人の主人公の物語が描かれています。原作のスタイルとしては、おそらく伊坂幸太郎の影響があるのだろうと思います。章の前にマークがあって、断片的に物語が紡がれていくというあのスタイルです。

もう1人の主人公は、鬼塚龍平(上地雄輔)。ドレッドヘアーで、右腕には鬼の、左腕には龍の刺青をしています。いわゆる不良っぽい感じです。

スカルキッズというグループと敵対していて、さらわれた仲間を助けに行きます。ケンカをしてナイフで刺され、警察に捕まって留置場に入れられます。

飛夫が目を覚ました時、同じ房の中にいたのが、この龍平です。ちょっとしたやりとりから、飛夫は龍平のツッコミとしての抜群のセンスに気づきます。「あの・・・・・・俺とコンビ組まない?」(107ページ)と龍平を相方に誘う飛夫。こんなやりとりです。

「俺、お笑いとか結構好きだし、っていうか暇だし、いいよ」
 飛夫はその言葉を聞いて嬉しい反面、あまりにもお笑い芸人という職業を軽く考えている龍平に対して一言釘を刺しておこうという気持ちになった。
「結構好きだしとか暇だしとか、軽い気持ちならやらない方がいいよ。そんなにお笑いの世界で売れるのって簡単じゃないから」
「じゃあ、やめとくわ」
「ちょっと待って」飛夫は焦って前のめりになった。
「やるとかやめるとか、そんなにコロコロ変わっちゃうわけ?」
「俺、面倒臭ぇの嫌いだから、やるならやるで、ごちゃごちゃ説教臭ぇこと言わねえでくれるかな」
「わかった、そうかもね。それぐらいの感じの方が逆に力入ってなくていいかもしれないね。よし、じゃあコンビ組もう」(109ページ)


性格も今まで経験してきたことも、まったく正反対の2人。それぞれなにかが足りない2人がドラゴンフライというコンビを組んで、漫才界に挑んでいく・・・。

とまあそんな物語です。モチーフ、キャラクターは抜群に面白いです。興味のある方はぜひ読んでみてください。

ただ、ストーリーとしてはある種の物足りなさというか、読者や観客の望んでいるものとは少し違う形の展開になっていると思います。それは何故かと言うと、1人の人間の成長だけではなく、複数の人間の成長を描こうとしたために、物語軸にぶれが生じているような印象があるんですね。

折角、才能はあるけれど認められない漫才師と、なりたいものがなにもない不良という正反対のキャラクターにコンビを組ませたわけですから、その設定をもっといかしたらよかったのになあと思います。

自分に足りないものに気づくというテーマはベタながらよいです。ただそれよりも、目の前の障害をすべて吹き飛ばすくらいパワフルなコンビの活躍が、ぼくは見たかったです。

最後にヒロインについて。

飛夫には元恋人の由美子(石原さとみ)がいます。お笑いに打ち込みたいがゆえに、自分から別れを告げてしまった恋人。警察に捕まった時、誰にも頼れない飛夫はこの由美子に来てもらいます。

この由美子がすごくいいんです。一途に飛夫のことを想っているんです。石原さとみは少し前から気になっていたんですが、この役で大好きになりました。

こんな女性はなかなかいないでしょうし、あまりにもいい人すぎてファンタジックですらあるんですが、いいです。

映画も小説も機会があればぜひ観たり読んだりしてみてください。特に映画はなかなかおすすめです。

おすすめの関連作品


リンクとして、映画を1本紹介します。

北野武監督の『キッズ・リターン』です。

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北野武も同じく漫才師出身の映画監督ですよね。この『キッズ・リターン』はまだ観たことのない人はぜひ観てみてください。甘酸っぱいものではなく、シビアで苦々しい青春を鮮烈に描き出した傑作です。冒頭、音楽が流れ出した時点でもう物語内に引き込まれます。

ボクシングをやる主人公たちの影で、ずっと漫才の練習をしている2人がいます。その2人にも注目です。

明日は、トマス・ピンチョンの『ヴァインランド』を紹介する予定です。