漫才について | 文学どうでしょう

文学どうでしょう

立宮翔太の読書ブログです。
日々読んだ本を紹介しています。

お笑いが好きです。特に漫才が。

漫才の面白さというのは、小説の面白さとすごく似ているところがあります。つまり、そこでは想像力が重要になるんです。

ぼくはコントより漫才の方が好きなんですが、それは何故かというと、漫才の方がより想像力が試されるからなんです。

コントというのは、小道具や衣装がありますよね。そしてキャラクターがあります。それは分かりやすくてとてもいいんですが、それは同時にその小道具やキャラクター、設定から脱しきれないことも意味します。

作られた世界観を楽しむのがコントだとすれば、漫才というのは、小道具や設定がないだけに無限の可能性があります。

それだけに笑いを生み出すことに失敗することもあるわけで、テレビでは一か八かの漫才よりも、よくも悪くも安定した面白さのあるコントが求められることになります。

一つの大きな流れを作ったという点で、ぼくは『エンタの神様』にそれほど批判的ではありませんけれど、漫才師としてピカ一のタカアンドトシやトータルテンボスにコントをやらせたことは、すごく残念でした。

もちろんぼくはコントはコントで好きです。ただ、漫才ならではのあの空気感がなにより好きなんです。実は漫才というのは、時間の流れを自由に構築できるんですよ。

たとえばコンビニ店員とお客さんという設定があったとします。コントでは時間の流れは一定なので、お店に入ってくるところからコントが始まれば、それは決定された出来事になります。

一方、漫才の場合。コンビニ店員とお客さんのやりとりがあった後で、ボケが「ウィン」と自動ドアを開ける動作をしたとします。

すると、ツッコミは「今まで店に入ってなかったんかい!」となります。

これって、すごく面白くないですか? つまりぼくらは店の中で店員とお客さんがやりとりをしているという前提で見ていたら、それが違っていたわけです。

これは本来、非常にショッキングなことです。

店の外と店の中での会話というのは、現実ではありえませんよね。漫才というのは、そのありえない世界を構築することができるわけです。イメージ上の魔術というか。

これはコントとは違い、決まった設定がないためにできる、思い込みを利用した笑いです。

他にも、コンビニ店員とお客さんだと思ってみていたら、両方お客さんで、「それは店員さんに言ってくださいよ」「じゃあお前誰だったんだよ!」というやりとりも同じことです。

これがなにに似ているって、いわゆる叙述トリックと同じですよね。

叙述トリックというのは、女を男と思わせて書くなど、文章で意図的に間違った読み方をさせる技法です。ミステリなどでよく使われます。

コントと違って、小道具やキャラクター性がないからこそできる、漫才ならではの魅力がここにあります。

THE MANZAI 2011などで見せたパンクブーブーの漫才は、まさに叙述トリックの連鎖とも言うべき面白いネタでした。

コンビニの設定の漫才に話を戻します。ボケがボケると、ツッコミはおそらくこう言うでしょう。「ちゃんとやって」と。そしてコンビニに入ってくる場面は再びくり返されます。

このコンビニに入る場面がくり返されるということは、決定された出来事ではなく、パラレルな世界が成立するということです。

プラトンのイデア論のように、「コンビニでの出来事」という完成されたイメージがあるだろうと思うんです。ところが漫才では何度くり返しても、その完成されたイメージには到達しません。

笑いというのは基本的には「ずれ」から生まれます。つまり本来こうであるべき、という完成されたイメージの「ずれ」が面白いわけです。

漫才におけるボケというのは、完成されたイメージをあえて崩す作業と言ってもよいと思います。

ナイツのネタで、「ヤホーで調べてきました」に何故笑いが生じるかを考えると、とても興味深いです。

もちろん「Yahoo!」という本来のイメージがあって成立するもので、「Yahoo!」と「ヤホー」の間に生じる「ずれ」で観客は笑うわけです。

ネタ内の時間の自由さ、キャラクター設定の自由さ、漫才ならではの空気感がぼくはとても好きです。

マイク1本の前に立つ漫才師のやりとり。ただ言葉でのやりとりの積み重ね。それで観客の心を動かし、笑わせる。そこにはロマンがありますよね。

また、言葉によるエンターテイメントという点で、小説と似た要素も多いと思います。

ぼくの好きな漫才


上のところまでが、品川ヒロシの『漫才ギャング』の前置きとして書いていたものです。あまりにも長くなったので、興味のある人だけ見てもらえばいいかなと思って別の記事にしました。

いい機会なので、ぼくの好きな漫才についてちょっとだけ書きます。

漫才というのは、単純そうに見えて奥が深くて、ネタがいいからウケるとも限りません。漫才師の才能や技術が高ければ、どんなネタでもウケるんです。

Mー1グランプリなどの大会を見ていて、審査が難しいだろうなあと思うのは、そこのところです。

ネタとしての完成度は高いけれど、ウケていないこともあれば、ネタとしての完成度は低いけれど、ウケているということもあります。

特に2008年はかなり難しかったと思います。優勝したNON STYLEはネタが高度でした。

つまり、面白いことをいくつか言いますよという直列の構造ではなく、ネタの前半を後半にかぶせてくるという、複雑な構造をしたネタだったんです。

M-1グランプリ2008完全版 ストリートから涙の全国制覇!! [DVD]/ダイアン,笑い飯,モンスターエンジン

¥6,090
Amazon.co.jp

一方で、2位のオードリーはネタの完成度はともかく、春日のキャラクター性といい、漫才のテンポといい、会場の空気を身にまとっている感じがありました。つまりウケていたということです。

完成度の高いネタを評価するべきなのか、それともウケていればネタはある程度どうでもいいのか、この難問というのは、2010年にスリムクラブの登場によって再び浮かび上がったことでもあります。

ぼくにもどちらがよいかは分かりません。難しい問題ですね。

どんどん脱線しますが、難しい問題と言えば、大阪で評価される笑いと東京で評価される笑いの差というのがあります。

あまりにもざっくりした分け方ですが、より分かりやすく言うと、熱い笑いと冷たい笑いです。

熱い笑いというのは、どんどんヒートアップしていく型の漫才です。アンタッチャブルやブラックマヨネーズがそうだと言えます。

これは会場全体が盛り上がるので、かなり大会向きの漫才の形です。

一方で、冷たい笑いというのは、テンポのいい漫才ではなく、落ち着いた、ある種のシュールさのある笑いです。わはは、ではなく、くすくす、あるいは、にやりという笑い。

一般審査員の票というのがあった2001年のM-1グランプリにおいて、おぎやはぎが大阪会場から全く評価されなかったことに、この求められる笑いの質の違いが表れています。

ぼくはPOISON GIRL BANDがかなり好きですが、POISON GIRL BANDもMー1グランプリでは、笑いの質から結果を残せずに終わりました。

面白いことは面白い、でも漫才として求められているのはそういうことではないんだ、という空気だったんだろうと思います。

THE MANZAI 2011では輝いていましたが、千鳥もMー1ではなかなか結果が残せませんでした。そういえばぼくは、千鳥が一時期やっていた、「馬を引けい! 丘へ向かうぞ!」みたいなネタが好きでしたねえ。

漫才とは何か?

これは結構難しい問いかけですよね。ただ、少なくとも、冷たい笑いのスタイルの漫才師は、大会では評価されない傾向にあります。これは仕方のないことでもあります。

大笑いしたかどうかはともかく、そうしたにやり、みたいな漫才師もぼくは好きだったりします。

コントを主にやるグループですが、そういうシュールさのあるコンビとして、THE GEESEがいます。発想の秀逸さはぴか一です。

日本語を巧みに使った完成度の高いネタを作るという点で、稀有なコンビだと思います。声を出して笑いはしませんけれど、頭で感じる面白さがあります。

ここから、本格的にぼくの好きな漫才師について書いていきます。

ぼくが漫才で最も好きなのは、漫才自体のフレームを壊しているものです。漫才自体をネタにして、いわばメタ漫才のようなスタイルになっているもの。

ぼくがずっと応援しているいのは、東京ダイナマイトです。

ボケの松田が「次郎ちゃ~ん、もうツッコミの時代は終わったんだよ」と言って、ハチミツ次郎がボケるとエクセサイズをしながら「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・・」と叫ぶネタは、ボケとツッコミという漫才のシステム自体をネタにしています。

東京ダイナマイトは本気を出せばいつだって優勝できる素晴らしい潜在能力がありながら、なんだかんだで結果が残せていないんですが、いつか大きな大会で優勝しそうなコンビです。ぼくは期待して応援し続けますよ。

そうした漫才のシステム自体をネタにしたコンビと言えば、Mー1グランプリ2010年のジャルジャルがいます。ジャルジャルのネタを見た時、ぼくは正直ぶったまげました。

M-1グランプリ2010完全版 ~最後の聖戦!無冠の帝王vs最強の刺客~ [DVD]/カナリア,ジャルジャル,スリムクラブ

¥6,090
Amazon.co.jp

ジャルジャルはなにをやったかと言うと、ツッコミの後藤がおざなりなツッコミをするんです。ぼくら観客は、「あれっ、緊張してるのかな」と思います。すると、漫才のネタを練習しすぎて、なにをツッコむか知っていて飽きたと言うんです。

それからツッコミ自体が省略されて、「がっ」とかになっていきます。このネタの素晴らしさは文章では伝わりませんが、いわば漫才を解体して、新たに構築していると言えます。

ジャルジャルはウケませんでした。ウケませんでしたが、このネタは革命的なネタだったと思います。

キングオブコントでもかなりシュールかつ最先端のネタを披露していましたが、ジャルジャルのセンスは、ずば抜けたものがありますね。

普通はあるあるネタとか、歌ネタとかなんです。決まった形式に応じて分かりやすくボケていく。ぼくはなにが嫌いかって歌ネタが一番嫌いで、歌ネタが始まった瞬間にもううんざりします。

歌ネタというのは、ボケが歌を歌おうとして間違えたところをツッコミが訂正していくという形式ですが、概してボケが直列的になります。

面白いことを何個か言って終わり、というやつです。面白くもなんともない。しかも何回も同じ歌がくり返されるのがダメですね。

Mー1グランプリでぼくが最も感動したネタは、2006年の優勝者チュートリアルのネタです。みなさんご存知の「おれのチリンチリンが盗まれたんや!」というやつです。

M-1グランプリ 2006完全版 史上初!新たな伝説の誕生~完全優勝への道~ [DVD]/麒麟,ザ・プラン9,トータルテンボス

¥6,090
Amazon.co.jp

あのネタのなにが素晴らしいかというと、「チリンチリン」が単なる「チリンチリン」という存在を越えているところです。

「チリンチリン」というのは、自転車についているベルのことです。

あれが盗まれても、別にどうってことないですよね。どうってことないってこともないですが、買い直せばいいだけの話です。

ところがその「チリンチリン」というのが、なににも変えられない存在として語られていきます。

この「チリンチリン」が内包した存在感というのは、単に笑えるということだけではなく、非常に文学的なものをぼくは感じます。面白いですねえ。

今一番面白い漫才師がどのコンビかというと、ぼくはトータルテンボスだろうと思います。

大きな大会で優勝していないので、知名度はまだそれほどありませんけれど、爆笑オンエアバトルの3連覇というのは、ただ事ではないです。

もちろんもう爆笑オンエアバトルのレベルをはるかに越えているコンビだった、ということもあるんですが、どのネタをやっても面白いです。

なによりちょっとずれた言葉のやりとりが好きですね。「忍びねえな」「構わんよ」ですよ。

話を少し変えて、ピン芸人の話をします。

ピン芸人というのは、コンビではなく、1人でやるお笑いです。ぼくがずっと応援していたのが、あべこうじです。

あべこうじはRー1グランプリ2010で優勝していますが、ぼくが衝撃を受けたのは、2006年のネタです。あれは素晴らしかったですよ。鳥肌立つようなネタでした。

R-1ぐらんぷり2006 [DVD]/出演者不明

¥5,250
Amazon.co.jp

ピン芸人に限りませんが、退屈なネタというのは、直列型のネタです。面白いことを何個か言って終わり、というやつ。

あべこうじはマイク一本の前でただ喋るというスタイルです。それがなによりすごいところです。

普通はフリップとか使いますよね。Rー1グランプリで、本当にピン芸人の技術で観客を圧倒させたのは、あべこうじとなだぎ武だけだったのではないでしょうか。

あべこうじのその独特の着眼点と、自分をウザいキャラクターにしたてて、観客を巻き込むそのスタイルは、もはや一種のショーです。

そして2006年のネタは、喋りがとても複雑な構造をしているのが特徴的でした。

最初に話していたことが、次の話の中に唐突に入り込むというもの。もうこれはラテンアメリカ文学なみのパワフルなネタですよ。お笑い史上に残るネタだろうと思います。気になる方はぜひDVDで観てみてください。

ところが、その年の優勝者は博多華丸でした。もちろん博多華丸は面白かったです。面白かったんですが、それはものまねとしての面白さですよね。

様々なジャンルが混ざり合うという点で、Rー1グランプリというのは複雑な大会でもあるんです。

あべこうじは、ずっと優勝を逃し続けます。いつ優勝してもおかしくなかったです。

2010年になぜ優勝できたかというと、単純に優勝者を決めるシステムが変わったからです。点数で決めていたものから、名前を指名する形式に変わったんです。

言い換えれば、あのシステムが変わらなければ、あべこうじはいまだに優勝できていないだろうと思います。大会の採点の難しさを考えされられたりもします。

というわけで立宮翔太は、漫才師では東京ダイナマイト、ピン芸人ではあべこうじを応援しています。コントだとバナナマンが好きです。

あと触れられませんでしたが、タカアンドトシ、サンドウィッチマン、パンクブーブー辺りももちろん好きです。

漫才というのは、特に大阪ではお互いを罵りあう形式だったりするんですが、上記の3コンビは独特のカラーを持っていて、それでいて誰も傷つけないスタイルというのがぼくは好きです。

お笑いに興味を持った方はぜひDVDレンタルなどもありますから、ぜひ実際に観てみてください。