(2018年第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールで優勝したトマシュ・リッテル)


昨日、花粉のない沖縄からこのコンサートのために東京に帰ってきました。今日の夕方は大雨と強風の中で、車で50分かけて行く価値のある素晴らしいコンサートでした。コンサートのタイトルが「The Real Chopin × 18世紀オーケストラ」となっていて、若干分かりにくいためか、空席が目立ちましたが、今日のコンサート来れなかった方は申し訳ないですが、損をしたと思います。このコンサートの監修者であるレシチンスキさんが「ピアノはショパンが当時使用したフォルテピアノとピリオド奏法で演奏することはショパンのイマジネーションに近づくための重要な方法」という企画意図のもと、ショパンが使っていたプレイエルというフォルテピアノとかつてブリュッヘンが率いていた18世紀オーケストラ(古楽オーケストラ)の演奏で本当のショパンの音を楽しむと言う素晴らしい試みです。今回の東京公演では2つのプログラムがありますが、今日の方がモーツァルトの交響曲(昨日は40番、今日はハフナー)の方が好みで、後半は何と言っても、ショパン国際ピリオド楽器コンクールの覇者のリッテルによるコンチェルトが聴ける点が最大の魅力です。今回使用するフォルテピアノはショパンがこよなく愛したと言われる「プレイエル」で、ショパンが愛用したことで世界的に有名になったと言われております。この点のこだわりも素晴らしく、日本人の方が所有されているプレイエルが使用されました。この点は下記のコラムと映像が参考になると思います↓。


また、プログラム・ノートの飯田さんの解説はショパンの人生を辿りながら、曲目を解説している点も素晴らしいです(演奏順に書かれている一般的なスタイルではありません)。昨日も今日も、前半にモーツァルトの交響曲、藤倉大さんのピリオド楽器のために作曲された委嘱作品とショパンのコンチェルトで構成されています。ショパンがモーツァルトのピアノの曲をかなり好んでので、モーツァルトとショパンのカップリングになったようです。日本でのリハと東京公演のショートムービーがこちらです↓。 




前半のハフナー交響曲では、指揮者無しでチェロ以外は立奏で、コンミスが見えやすいように台の上で、オケをまとめています。第1楽章では、コンミスが自分の演奏を止めて、チェロセクション方面に「もっと音を出して」と指示するシーンもありました。第2楽章は、秒針を刻むようなテンポで軽やかにすすみ、第3楽章ではティンパニなどがアコーギクを効かしていました。最終楽章はオケ全員による演奏でよくまとまっており、これもコンミスが適切な指示を出していたからでしょう。古楽器の金管でありがちなキズはほとんど無く、素晴らしいスタートでした。2曲目の川口成彦さんがソロを担当する《ドン・ジョヴァンニ》の変奏曲では、川口さんの指揮(合図)で演奏がスタートします。冒頭部分からモーツァルトのオペラの旋律はかんじられませんが、川口さんのソロで「お手をどうぞ」のアリアの旋律が聴こえた後は、やっとモーツァルト感が出て、この旋律の変奏曲が展開されますが、曲が進むにつれて、モーツァルト感が薄れてきてしまいます。川口さんのフォルテピアノの演奏は卒がなく説得力のある演奏でしたが、この曲は、ショパンが17歳の時に作曲したもので、曲の構成や盛り上げ方などが少し弱い曲で、まだ若い時の曲なので仕方ないのかもしれません。多くの作曲家が変奏曲の類いを書いてますが、この曲は失敗作の部類に入るのではないでしょうか(成功事例は例えば、ラフマニノフのパガニーニでしょう)。3曲目は藤倉大作曲の「Bridging Realms for fortepiano」で、プログラム・ノートは藤倉さんご本人の解説です。解説によるとこの曲の作曲過程で、「藤倉さんが川口さんに楽譜の一部を送り、それを川口さんが演奏した録音を藤倉さんに送る」と言うやり取りをしながら創作された点が興味深いです。今日のソロは、アウデーエワが弾きましたが、曲のタイトル通りに「異なる世界へと橋渡し」してくれる曲想でした。この曲のみオケの伴奏はありませんでした。前半ラストの曲はアウデーエワのソロでの「華麗なる大ポロネーズ」ですが、アウデーエワは現代ピアノと同様に、ロシア人らしい強靭なタッチで弾いていて、古楽器奏者の川口さんやリッテルとは異なるアプローチでした。現代ピアノのよりは華やかさはやや薄く感じますが、これがショパンの時代の楽器による「華麗なる大ポロネーズ」なので納得せざるを得ません。ですが、さすがのアウデーエワのソロは弾きこなされているためか、素晴らしい演奏で、オケの伴奏は不必要に感じました。この曲でも、ショパンのオーケストラ・パートの作曲力が弱い点が出てしまいました。

(前半のラストのアウデーエワ)


後半はポーランド生まれのフォルテピアノ演奏の第1人者のリッテルのソロによるショパンのコンチェルト第2番です。リッテルも川口さんも派手さが無く、極めて真面目な印象がありますが、古楽器奏者の特徴なのでしょうか。このコンチェルトは先月、ポーランドのオケ、ブルース・リウのソロによる演奏を聴きましたが、だいぶ、印象が異なります↓。

今回の企画意図であるショパンが使用した楽器で、ショパンが聴いた音を再現する原点主義による演奏の方が、現代的なアプローチよりも、はるかに楽しめました。オケの音も良かったですし、リッテルの演奏は全く退屈感を感じない刺激的な演奏でした。特に第2楽章の中間部の切ない旋律の演奏は今日の白眉でした。第3楽章のマズルカ風の演奏もリッテルの手にかかると、本場のマズルカだと感じました。ショパンの時代にタイムトラベルしたような体感できまして、今日の演奏会は本当に聴けて良かったです。多くの当ブログの読者に事前にオススメしておくべきでした。また、このような古楽器スタイルのコンサートに行ってみたいですが、今日のお客様の入りを見ると、再演される可能性は低いかもしれません。その点も含めて、今日は貴重な機会でした。


(評価)★★★★ とても素晴らしいショパンの企画でした

*勝手ながら5段階評価でレビューしております

★★★★★: 一生の記憶に残るレベルの超名演 

★★★★:大満足、年間ベスト10ノミネート対象

★★★: 満足、行って良かった公演

★★: 不満足、行かなければ良かった公演 

★: 話にならない休憩中に帰りたくなる公演

 

《出演》

ユリアンナ・アヴデーエワ/トマシュ・リッテル/川口成彦(Pf)、18世紀オーケストラ

《曲目》

モーツァルト:交響曲第35番 ニ長調 K.385 「ハフナー」

ショパン:《ドン・ジョヴァンニ》の「お手をどうぞ」による変奏曲 変ロ長調 op. 2. *川口成彦(ピアノ)

藤倉大: Bridging Realms for fortepiano

(第2回ショパン国際ピリオド楽器コンクール委嘱作品/日本初演)*ユリアンナ・アヴデーエワ(ピアノ)
ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ op.22*ユリアンナ・アヴデーエワ(ピアノ)
〜休憩〜
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 op.21
*トマシュ・リッテル(ピアノ)
(アンコール)
ショパン: 24の前奏曲から「雨だれ」

Pleyel 1845 owned by Emma Akiyama