今週水曜日に新国立劇場オペラの来シーズンのラインナップが発表され、筆者なりの所感を書きました。


結果として、昨年発表された23/24シーズンよりも、魅力度が落ちていることが確認されました。新国立劇場には毎年40億円以上の国費が投じられているのにも関わらず、クオリティが下がっているのは問題であります(制作費の半分は税金で賄わられています)。新国立劇場の発表データ、海外の同レベルのオペラハウスとの比較、新国立劇場に出演したヨーロッパ在住のオペラ歌手と会話した内容など踏まえて、新国立劇場オペラについて少し深掘りした考察していきたいと思います。


1. 他国のオペラハウスの比較

「物事は比較してはじめて、価値観が生まれる」と筆者は考えております。新国立劇場の広報側はヨーロッパでも評価されているとしており、例えば、昨年の新制作の「シモン・ボッカネグラ」が海外メディアから評されていると「まとめ記事」を掲載するくらい新国立劇場広報が力を入れて発表してます。

しかし、このプロダクションは海外のオペラハウスとの共同制作で注目されている訳で、新国立劇場独自のプロダクションではないので、その点は割り引いての認識が必要です。ここで、新国立劇場の同時期に新シーズンのラインナップを発表したサンフランシスコ・オペラを見ていきます。


サンフランシスコはあまりオペラが活発ではないイメージがありまして、新国立劇場より3作品少ない年間で全6作品ではありますが、「選択と集中」戦略によって、魅力的な歌手がキャスティングされてます。このラインナップの中で、抜群に良いのが「トリスタンとイゾルデ」がサイモン・オニールとアニャ・カンペによる完璧なキャスティングです。来月の新国立劇場の「トリスタンとイゾルデ」はサンフランシスコと比較すると3流としか言えません。しかも、新国立劇場「トリスタン」のリハーサル開始の4、5日前にトリスタン役の注目歌手・ケールが突然降板し、イゾルデ役も早い段階で交代して、今回のトリスタンとイゾルデの歌手は、ドイツ語圏生まれの方ではないので、あの膨大な量の歌唱を魅了できるかは不透明です。筆者はケール降板で、3月のトリスタンを観るのをやめることにしました。

サンフランシスコ・オペラで、もう一つ注目公演を挙げるとするならば、テテルマンが出演する「カルメン」でしょう。テテルマンは今が旬の大注目テノールですが、昨年のザルツブルク音楽祭の「マクベス」でも絶賛され、プッチーニ没後100年の記念アルバムをドイツ・グラモフォンからリリースしている逸材です↓。



(テテルマンの歌声の凄さはこの2つの映像でも確認できます。テテルマンはまだ来日したことないと記憶しですので、彼の来日公演は要注目です!)

この2つのケースだけでも、新国立劇場がサンフランシスコに歌手面で劣っていることが実感できます。


2. スター歌手が新国立劇場に出演・再登場しない理由

冒頭で書いたイゾルデの歌い手として世界最高峰のアニャ・カンペは、ベルリン、ウィーン、バイロイトなどで売れっ子なので、ヨーロッパから遠い日本やサンフランシスコでは公演しないと思っていたのですが、今回のサンフランシスコのキャスティングは快挙です。アニャ・カンペは、かなり前になりますが、2007年の「オランダ人」で新国立劇場に出ていますが↓、何故、新国立劇場へ再来日してくれないのでしょうか。

この2006/07シーズンの新国立劇場を見ると、各作品にスター歌手がキャスティングされています。例えば、「セビリアの理髪師」のダニエラ・バルチェッローナ、「フィデリオ」のステファン・グールド、「ばらの騎士」のカミラ・ニールントなど、今の新国立劇場では考えられないくらい、ポイントを抑えて、スター歌手が名を連ねています。せめて、このくらいのレベルに回復してもらいたいと思うのですが、筆者がオーストリアとイタリアで新国立劇場に出演したことのある3人の歌手(グルメなイタリア系歌手)に「なぜ、もう一度、新国立劇場(NNTT)に出ないのですか?」と聞くと、意外な答えが返ってきました。総じてまとめると、「日本は大好きだし、日本人の制作スタッフも素晴らしい方ばかりなのだが、あのNNTTのロケーションが嫌い」と3人とも言ってました。また「マチネの公演が多すぎる」と言う意見もありました。NNTTの再演出公演の稽古は2週間前、ワーグナー作品だと3週間前にスタートしますが(新演出はさらにプラス1週間前)、公演期間を入れると、1ヶ月半以上、歌手は初台に通う生活ですが、これが不満らしいのです。初台の周辺は飲食や観光スポットなどがあまりなく、高速道路や甲州街道の車の多さや騒音で落ちつかないと言ってます。一方で、ヨーロッパのオペラハウスは、パリ・ウィーン・ミュンヘンだけでなく、地方都市でも、街の中心地に必ず立地していて、オペラハウスの周りには飲食店などが充実しています。初台は東京の都心エリアよりは離れていて、初台の街としての魅力は劣ります。近隣には美味しいレストランが少なく、平日夜だとタクシーでどこかに食べに行かないとなりませんが、初台はタクシーがなかなか捕まらない不便な場所です。隣のオペラシティビルの最上階の高級イタリアンはなくなり、今は居酒屋チェーンになっているオワコン・レストラン街です。あくまでも仮説ですが、このような背景で有名歌手が新国立劇場にリピートで出演してくれる気分にならない理由の一つとしてあるので、来シーズンも「新国立劇場初登場」の歌手が多いのには、腹落ちします。先程のアニャ・カンペのプロフィールに著名なオペラ・指揮者との共演は書いてありますが、新国立劇場の名前は書いてないです。書くレベルの歌劇場と認められてないからです↓。

一方で、海外の有名指揮者やオケが定期的に来日しているのは、サントリーホール公演が中心で、オペラに比べて短期間で東京ライフを楽しめます。オケのメンバーが、東京ではクオリティの高い楽器のメインテナンス業者さんがあるので、そのサービスが受けられるのも東京に行きたい理由の一つだと、ベルリンやウィーン・フィルのメンバーは言ってました。著名指揮者が毎年のように国内オケのために来日しているように、スター歌手の方にも再来日してもらいたいです。


3. 新国立劇場オペラをビジネス視点で検証

新国立劇場の事業報告書を読むと、意外な数字が出てきます(p5-p9をご覧ください)。

https://www.nntt.jac.go.jp/about/report/plan/pdf/jigyou_houkoku_2022.pdf

2022年度の実績数字ですが、p5以降にオペラ、バレエ、演劇の各公演の有料入場率(招待券など除いた販売したチケットの入場率)が書いてあります。新国立劇場は有料入場率の目標を80%以上としていると聞いてますが、オペラ全体では74%、この年はオペラが10作品ありますが、そのうち3作品が60%台でかなり問題です。80%超えは3作品ありますが、そのうち2作品は各3-4公演しか実施していないので席が埋まったと考えられますし、もう一つの「タンホイザー」(83%)は、シュテファン・グールドが出演していたことによるものでしょう。一方で、バレエ公演は全体で90%を超えていて、特に「シンデレラ」(92%)と「くるみ割り人形」(93%)とかなり素晴らしい数字です。普通のビジネス感覚なら、オペラ公演を減らして、バレエ公演を増やす戦略を取るでしょう。オペラ以外にも「問題児」があり、演劇公演は全体で58%となっていています。かつての演劇部門は、TVや映画で活躍している有名俳優が毎回のように出ていて、話題作品は満席になっていました。この10年くらいは演劇公演に魅力を感じずに行ってませんでしたが、その結果がこの厳しい数字になっています。特に演劇部門の監督は最年少と言うことで話題になりましたが、経験不足・人脈ネットワーク不足による公演の魅力度がダウンし、赤字垂れ流しの構図が続いているようです。この監督を選任した執行部にも責任があると思います。これらの数字を見ると、経営観点では、演劇部門は解散して、「小劇場」は貸公演で良いと思います。演劇部門の余剰予算をバレエ公演に追加すべきでしょう。また、オペラ部門は公演作品数を減らすことで、余剰予算でスター歌手や指揮者をどの公演にもキャスティングすることで、有料入場率80%超えを目指すことがビジネスでの定石ではないでしょうか。さらにインバウンド観光客向けに東洋らしい演出の「蝶々夫人」や「トゥーランドット」をレギュラー化をすべきだと考えます。


しかし、この財団は文科省の天下りがトップで、現場の職員もマーケティング・センスがありません。例えば、昨年のオペラ公演会場ではウイスキーや日本酒とオペラ鑑賞を楽しむイベントをやっていましたが、こんなイベントの告知や運営費用が無駄ですし、ウイスキーを飲みすぎて、上演中にトイレに行く客が出ると問題になるので、このような意味不明なイベントを企画している点がオワコンです。また、某オペラ評論家による鑑賞ツアーを実施されていますが、これも世界水準からすると無駄だと思います。むしろ、このオペラ評論家と新国立劇場の癒着が疑われます。不必要なイベントに時間やコストをかけずに、もっと人材リソースをオペラの企画面に集中して、国費の40億円が無駄にならないよう世界に誇れる公演を行っていただきたいです。このままの調子ですと、いずれ野党やマスコミの追及を受けることになります。


《追記》

このブログの約1ヶ月に後に、ビジネス的な「問題児として指摘した演劇部門の芸術監督が辞任することになりました。次期監督がどんなラインナップにするか未知数ですが、この方もまだ44歳と若く、組織能力や人脈ネットワークによる作品の高度化に繋げられるかは未知数で、前任の監督時代のように、下北沢でもやっているレベルの公演であれば、税金の無駄遣い防止のため、新国立劇場の演劇部門は閉じて、小ホールは貸し館で良いと思います。