月光 | 人生 曇りのち晴れ (ときどきイジり)

人生 曇りのち晴れ (ときどきイジり)

自分の記録と思考整理日記です。
真面目と悪ふざけのギャップ激しめです。
読書様を勝手に友達扱いし、イジります・・
スンマセン♪(´ε` )


先週書いた記事に加筆したモノです。







麻央さんの訃報を聞いてから
少し経ってからなぜか
俺の頭の中で一週間くらいは
Bank Bandのto Uって曲が止まらなかった。






麻央さんが亡くなってから
海老蔵さんのブログを見ても
彼の中に少しずつ麻央さんが
根付いているなと感じる。


今はまだ舞台が忙しく、
毎日がバタバタして、来月までは
そんな駆け足の日々が続くだろうけど



本当の試練は立ち止まったとき

その時に本当の意味で、悲しみと
向き合わなくてはいけない試練が訪れる。

誰とも共有出来ない、同じ家族でも
人によって立場や悲しみのカタチが違うから


愛する人との死別とは
その人の姿が見えない・触れられない
だけであって
亡くした人がしっかりと
自分の中に根付いていれば
なにも恐れることはないし
いくらでも愛する人と心の中で会話が出来る


その事実を受け入れることに必要な時間

時間を経ても、ふとした景色や触感、
匂いで思い出される数々の想い出。

その想い出を整理出来る

笑顔で心の中の愛する人と
会話出来るようになるには
やっぱり3年はかかるんじゃないかな。


あれほどの漢だし
彼の周りには御家族含め
愛ある方々が沢山いるから
その点においては心配はしてないけど。



いつも思うのは
膝を抱え、悲しみに沈む人に必要なのは
必ずしも言葉ではないということ。


一人にしてあげる。でも隣の部屋に居る

一緒に居てもなにも話さない、けど隣に居る。


悲しみに沈み、泣き続ける人に必要なのは
必ずしも言葉だけではない。


ただ隣に居て、
泣き続けるその背中に手を置いてあげる。

それだけのことがどれだけの力になるか。

そして話せるようになったら
相手の話を聞きながら
少しづつその人に言葉を添えて置く

当人の悲しみや
寄り添い方にも段階というものがある。


いつだって太陽の明るさが
人を元気にするわけではない。


人生につまずき、
暗闇の中で膝を抱えうずくまる人の
足元を優しく照らす月の光。


下を向いたからこそ見える景色だってある

そんな人間も
少しは居てもいいんじゃないか?

そこに自分の存在価値も
少しはあるんじゃないかと
30代のある時から思うようになった。


麻央さんが日本中の人に
見せてくれた優しい世界

これからまた時代が流れ
季節がいくら移り変わっても
彼女が確かにそこに存在し、
残してくれた沢山のモノを胸に

自分なりの光や熱を伝えられたら
そんなことを最近よく思う。