円通寺では
堕落した僧たちに
うんざりして
孤立
面倒見てくれていた高僧も
亡くなって
嫌になって
越後に
転居
するもなお
良寛と
付き合いのある者は
有力者や医者の人間
ばかりであって
儒学者の担ぎ上げた
貧する者の絶対的な味方
良寛
とは
全く違う姿
というか
その土地の富める者たちばかり
と
良寛は付き合ってなお
乞食僧を謳っていた
というのは
どういう事なんだろう。
金持ちたちの
教養の一部
と化してたのだろうか
昭和初期
サラリーマンたちには
一家に一人
女中が住み込んでいて
読まないけど
教養があるようにみえるよう
全集なるものが
必ず置いてあった
というけど
そんなようなものだったのだろうか