自分がいたことの証として #445 | Ciyocaのブログ〜 I want to live my life as who I am 〜

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「いつも自分らしく在りたい」〜素のままの自分で人生をもっと楽しむワタシのブログです^ ^

忙しない日常を
ただ漫然と過ごしていると



あの日あの時
ワタシは何を考えてそれをしていたのか
なかなか思い出せなかったり



ひどい時には
何をしていたのかさえ
思い出せなかったりする



思い出せないその一時は
当時何かしらを考えたり
感じていたはずなのは間違いなく



それを思い出せないということは
たとえいつもと同じ日常でも
自分は存在していなかったのでは
そんな思いにさえなったりする



それで何かが困るわけではない
けれど
そういった時間があるかと思うと
どこか寂しさを感じてしまう自分もいて



たとえいつもと同じ日常でも
その日常にどんな自分がいたのか
それを思い出せる自分でありたい



そんな思いから
日々の終わりに
その日に自分のしてきたこと
何を考え
何を思い
何を感じたのか
振り返るようにしている



多くは求めない
たとえ一つでも
思い出せれば十分



それだけでも
その日その時に自分がいたことの
証になるのだから