神曲 天国篇 paradiso | Un bel giorno di tredici

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~ある素敵な13日~

イタリアに関することを中心に、
楽しいこと好きなことを書いていきます。

ダンテは、とうとう永遠の女性・ベアトリーチェに会う天使


マリア、ルチアの慈悲の心によって天国から、

彼を導くため地獄の辺獄にまで降りてきた女性。


目が眩むほどの光を放つ女性。


彼女の導きで煉獄から天国へ昇っていく。


ダンテが天国篇・第2歌の冒頭で私たちに忠告したように、

地獄篇、煉獄篇に比べて、天国篇ははるかに難解。

抽象的で、神学的で、物理的な内容に

ページをめくるスピードも遅くなる本 うーんムゥ


徳が高く、光に包まれ、苦しみも悲しみも無い、

慈悲と許しで満たされた世界。


でも、天国篇には体温が感じられない。


私には獄篇や煉獄篇の方が体温が感じられた。

だから、地獄や煉獄より天国の方が恐ろしく思えた。

体温が無い。

つまり、人間の居る所ではない。


もっとも完璧で、美しく、至福の場所のはずの天国。

神は人間の思惑の領域には存在しない。

もっと大きく、とんでもない存在。


ダンテは神の「奇しき姿を見た」と書いたが、

その詳細は一切書かれていない。

自分の能力では、とても表現できないという。

まさか。

どんな詩人よりも表現できる。

彼自身、そんなことは百も承知のはず。


彼は地獄や煉獄を見たことはあっても、

天国を見たことが無い。


だから抽象的で、神学的で、物理的な表現しか出来なかった。


それとも神を見た彼は、

それを表現するのに、叙事詩・詩的・文学的な表現を、

いや、

言葉なんてもので説明をすると陳腐になる

と分かっていたのだろうか。


ダンテの博学さから言うと後者の方が近い気がする。


天国篇は神学の本に近いのかもしれない。

キリスト教の神学本は読んだことが無いけど、

ダライラマの「般若心経入門」を読んだ時に、

同じ感覚になったことがあるぼーぜん 地球


それは、神とは?あの世とは?生きるとは?

なんて抽象的な『お話』ではなく、

より物理的で理論的で本当に難しかった ぼー ずっしり↓


天国・・・・

やっぱり天国ってのは、


酒は旨いし姉ちゃんはキレイだ 酔っ払い おんぷ酔っぱらい


ってだけでいいんじゃねぇかなぁ?うん


だって。

神々しく愛に満ちていて、

慈悲に満ちていて、なにもかも満たされているなんて。

そんなことしたら生きていく欲や意味が無くなってしまいそう。

死んでるのと同然。

あぁ、だから天国なのか。


でも、天国は酒が旨くて姉ちゃんがキレイで

旨い食べ物が沢山あって、

下らないことで爆笑して、

そんな所の方がいいな ビールあは


神曲 天国篇 (河出文庫 タ 2-3)


ダライ・ラマ 般若心経入門