広島県の昔話

昔、あるところに五助という若者がいた。五助の家は貧しかったので、彼は幼い頃から小間物屋へ奉公に出ていた。

ある日のこと。小間物屋の主人が五助たちを呼び、こう話した。「店の商品を皆に割り当て、商売をさせ一番最初に売って金に換えてきた者を娘の婿にする」と。こうして店の者に商品が割り当てられ、五助はタワシと綱を売ることになった。

だが五助は商売の経験がなくどうすればいいか分からず、荷車に商品を積んで実家に帰り、両親に相談をすることになった。家に着くと母親が病で臥せていた。五助は母親が何日も風呂に入っていないことを知り庄屋様の屋敷に向かい、事情を話し、風呂を借りることにした。

 

 

ところが外にあった風呂は汚れていたので、五助は商品のタワシで風呂を綺麗にし、また井戸水を早く汲み上げるために商品の綱と竹竿を使って即席の釣瓶を作り水汲みを早く終わらせ、母親を風呂に入らせることが出来た。

庄屋様や周囲の人々はタワシと綱の便利さに関心し、タワシと綱を求めて町へ出かけるのだった。

ところで五助の母親の病はだいぶよくなったが、商品の売れる当てもないので荷車を曳いて町へ戻ってみると、ある店の前で黒山の人だかりが出来ていた。その店ではタワシと綱が売っていたが、五助がタワシと綱を上手く使っていたのを見た人々がタワシと綱ほしさに店にやって来たのだが、タワシと綱はあっという間に売り切れてしまった。

 

 

お客はタワシと綱を荷車に積んでいた五助の存在に気付き、お客が殺到した。彼はタワシと綱を全部売りさばき、沢山の代金を持って一番乗りで店に戻ってきた。

店の主人は五助の商売上手に感心し、娘の婿にすることを決めた。こうして五助は小間物屋の娘の婿になり、のちに小間物屋の主人となって幸せに暮らした。

 

出典:まんが日本昔話データベース

二人の友達が一緒に旅をしていた。熊が現われたので、一人はさっさと気によじ登り、そこに隠れていたが、もう一人は捕まりそうになって、地面に伏して死んだふりをしていた。

熊はこの男に鼻面を近づけて嗅ぎまわっていたが、男はこの動物は死体には触れないと聞いていたので、じっと息を殺していた。熊が去り、木から降りてきた男が、熊は耳元で何とささやいたのか、と尋ねるので、男の言うには、「危機に際して側にいてくれない友人とは、今後一緒に旅をするな、だって」。

災いが真の友人を試す、ということをこの話は解き明かしている。

 

 

「出典:イソップ寓話集65」

岡山県の昔話

昔、岡山県都窪郡庄村に、冬でも汗をかく不思議なお地蔵さまがいた。

ある年、備中一帯はひどい日照りに見舞われ、田畑もすっかり干上がってしまい、食べるものも困るありさまだった。そんな時、信心深いお婆さんが汗かき地蔵さまの声を聞いた。「わしの体を2ヵ所削って、井戸とため池に入れてくれ」

お婆さんは躊躇したが、お地蔵さんの足元から小さいカケラを削り取り、干からびた井戸とため池に入れた。すると中から大量の水があふれ出て、枯れた田にも水を引く事ができ、日照りから村は救われた。

 

 

次の年の春、撫川の戸川肥後守安宣(なつかわのとがわひごのかみやすのぶ)という殿様が、汗をかくお地蔵さまの噂を聞いた。その不思議なお地蔵さまを使って、勝手に水があふれ出る「手洗い鉢」を作ろうと思いついた。村人の必死の抵抗むなしく、お地蔵さまは殿様の家来たちに強奪され、首を切り落とし体をくりぬかれた。

 

 

ご満悦の殿様は、この手洗い鉢を諸国の大名たちに見せびらかそうと、千石船に乗せて江戸へ出発した。しかし殿様の乗った船は、玉島の港を出発し遠州灘に差し掛かった辺りで、大波にのまれて沈んでしまった。

首だけ残ったお地蔵さまは「首切り地蔵」と呼ばれ、後に殿様の子孫がお詫びのために設置した「ことわり地蔵(身代わり地蔵)」とともに、ひっそりと村の暮らしを見守っている。

 

出典:まんが日本昔話データベース

窓辺につるされたナイチンゲールが、夜になると歌を歌っていた。蝙蝠(こうもり)が歌声を聞きつけ、そばに来て、昼間静かにているのに、夜になると歌うわけを尋ねた。これには深い訳がある。ある日、昼間に歌っていて捕まったので、それ以来懲りたのだ、と答えるので、蝙蝠が言うには、「今ごろ警戒しても始まらない。捕まる前にすべきだった」。

不運に遭ってからの後悔は何の役にも立たぬ、ということをこの話は解き明かしている。

 

 

「出典:イソップ寓話集48」

島根県の昔話

昔ある所に、海の暮らしに飽きた一匹のカメがいました。

このカメは、浜辺で酒を飲んで文句ばかり言っては、小魚たちからカツアゲしたり、酒屋の亭主に乱暴したり、毎日やりたい放題に過ごしていました。

ある日、いつものように酒を飲んで浜辺で寝ていると、まっ黒な黒雲が広がり一匹の美しいメスの龍が現れました。龍は神様からの使いで、一通り雨を降らせて去っていきました。

この様子を見ていたカメは「自分も天に昇って神様になりたい」と思い、龍を呼び寄せるため毎晩たき火を焚き続けました。

 

 

そんなある日の事、とうとうあの時の龍がやってきて「あんたのしつこいのには負けた、天に連れて行ってあげよう」と言いました。カメは大喜びして、メスの龍の尻尾にしっかりとつかまりました。

龍はカメを連れて、天へ向かって登っていきました。カメは振り落とされないように、しっかりと口で尻尾をくわえていましたが、やがて天上が見えてくるとすっかり嬉しくなってきました。

 

 

カメはつい「早く天に行きたいのぉ」と、くわえていた口を開けてしまい、高い空から浜辺に向かって一直線に落ちていきました。地上に落ちたカメは、天へ上ることをすっかり諦めて海へ帰っていきました。

 

出典:まんが日本昔話データベース

カワセミは、人気のないところを好む鳥で、いつも波を枕に暮らしている。人間に捕まるのを警戒して、海辺の断崖に巣を懸けるということだ。

ある時、お産の近いカワセミが岬にやって来て、海に突き出た岩を見つけ、そこで雛を育てることにした。ところが、餌を求めて出かけた間に、突風のため海が波だち、巣にまで達して、巣を洗い流し、雛を死なせてしまった。戻ってきたカワセミは、事の次第を悟るとこう言った。

「ああ、情けなや。陸は安心がならぬと、警戒して逃げてきた所が、一層信用のおけぬ場所だったとは」。このように人間の場合でも、敵を警戒する余り、敵よりはるかに惨い味方に、うっかりぶつかることもあるのだ。

 

「出典:イソップ寓話集25」

鳥取県の昔話

むかしある海に、エビとタコとフグの子供がおった。この子供達はみんな、自分以外の者になりたいと言って駄々をこねておった。親が心配して、それぞれ得意な芸を見せて慰めようとしても全く効き目はなかった。

エビの子供は、エビは尻尾でピンピン跳ねるから嫌じゃと言うし、タコの子供は、タコは手足がくねくねしておるから嫌じゃと言うし、フグの子供は、フグはまんまるに膨らむから嫌じゃと言うのじゃった。この三匹の子供は仲が良く、いつも隅っこに集まっては己の身の不幸を嘆いて愚痴ばかり言っておった。

 

 

ある暑い夏の日、三匹は陸に上がり、浜の松の木陰で涼んでおった。ところがそれを腹をすかせた鳥が見つけた。鳥は早速三匹を捕まえて、松の木のてっぺんに運び上げた。三匹が一生懸命命乞いをすると、鳥は「何か芸をして自分を楽しませることができれば命だけは助けてやる。」と言うたそうな。

エビの子供はとっさに、海の中で親がやっていた芸を真似て、尻尾でピンピン飛び跳ねながら歌って見せた。続いてタコの子供も、親がやっていたように手足をくねらせ墨を吐きながら踊って見せた。ところがフグの子供はというと、芸など何にもできんと言ってただ蹲っていた。

鳥は今にもフグを食べてしまおうとするし、慌てたエビとタコは鳥の前に転がり出て「やっちゃうよ、やっちゃうよ、フグの人殺し♪料理のしようで人は殺さん♪ てれつくてんてん、どっこいこい♪」と踊った。フグの子供もつられてピンポン玉のようにまんまるに膨らんで見せた。鳥はそれを見て、「フグは毒を持っているのか…。」と思い、三匹を喰わずに飛び去ったそうな。

 

 

エビとタコとフグの子供は、こうして鳥に食べられずに済んだということじゃ。そうしてこの三匹、その後はそれぞれの芸に磨きをかけ、海の中で楽しく暮らしたそうじゃ。

 

出典:まんが日本昔話データベース

家で鶏を飼っている男が、よく馴れた山鶉(やまうずら)の出物に会って、一緒に育ててやろうと、買って持ち帰った。ところが、鶏たちが突っ突いたり追いかけまわしたりすので、山鶉は種類が違うためにつまはじきされると悲観していた。

しかし、程なくして、鶏たちが喧嘩をし、相手が血をながすまで離れようとしないのを見て、ひとり語を言うには「あいつらに突っ突かれても、もう苦にならない。あいつら同士しでさえ、容赦しないのが分かったぞ」。

賢い人は隣人から暴力を受けても、連中が身内でさえ容赦しないのを見たなら、我慢しやすくなる。ということをこの話は解き明かしている。

 

 

「出典:イソップ寓話集23」

和歌山県の昔話

ある離れ小島に住んでいる若者がいた。

その島は日当たりも悪くて作物もあまり取れず、橋もなく大変不便で、となりの本島へ渡るにも船を使わなくてはならなかった。そのため嵐などになると船が沈み、人が亡くなることも少なくなかった。若者はそんな光景を見ては何とかしたいと切に願っていた。それを聞いた島の神様が若者の夢に現れ、明日の一番鳥が鳴くまでの間、神の力を貸してやると告げた。

 

 

それを聞いた若者はすぐに海岸へ行き、大岩を持ち上げて橋を架け始めた。見る間に橋は完成に近付くが、それを見た海神は怒り狂い、大波を起こして若者に襲い掛かる。しかし若者は橋を架けるまでは負けるものかと、必死に大波に抵抗する。神の力を借りている若者には海神の力も及ばず、海神はあせった。

 

 

そこで海神は地元の漁師に化け、若者に近付きひと休みしたらどうかと話し掛けた。若者はまだ一番鳥が鳴くまでは時間があると思い、ひと休みすることにした。そして海神の化けた漁師に一番鳥が鳴くまでに橋を完成させねばならないと話した。それを聞いた海神は急いで鶏を1羽連れてきて、懐で暖め始めた。暖められた鶏は勘違いしてけたたましく鳴き声を上げた。

すると若者の力はたちまち失われ、それを見た海神は大波を起こし再び若者に襲い掛かった。若者は海へ飲み込まれ、二度と姿を見ることはなかった。

そしてそれ以来、その島には若者の涙のような雨がふり、その後には必ず離島と本島を繋ぐように虹の掛け橋がかかるようになったそうだ。

 

出典:まんが日本昔話データベース

キツネが狩人から逃れて来て、木こりを見つけたので、匿ってくださいと頼んだ。木こりは、杣小屋に入って隠れるよう勧めた。

間もなく狩人たちがやって来て、キツネがこっちへ来るのを見なかったか、と尋ねるので、木こりは口では見ていないと答えながら、手振りでキツネの隠れている所を教えた。狩人たちはしかし、手振りには注意を払わず、言葉の方を真に受けた。

キツネは彼らが立ち去ったのを見て出てくると、挨拶もなしに行こうとした。命を救ってもらいながら、一言のお礼も言わないのか、と木こりに非難されて言うには、「なに、あんたの手の動きが言葉と同じだったなら、私だって感謝もしたでしょうがね」。

口では立派なことを明言しながら、実際は卑しい行いをする連中に、この話は適用できる。

 

「出典:イソップ寓話集22」