発達障害のある子どもたちに関わっていた頃。
日々の業務に何の効果があるのかわからなくなり、少しでも何か効果のあるものを、と考えに考え、当時たどり着いた結論が
アンバランスな運動機能を本来の状態に戻すような活動を療育に取り入れることでした。
でも心理士の身分では医療行為は当然できない。
どんなことならできるか考えたとき、私や弟の子どもの頃の保育を思い出しました。
さくらさくらんぼの保育と
そこで行なわれているリズム運動です。
私と弟が通っていた保育園は別々なのですが
どちらもさくらさくらんぼ保育の考え方は取り入れられていて
特に弟の保育園の方は日々の保育生活がすごかった。
自然の中でヒトを育て、本来の人の生活の中で人に育てる保育と言ってもいい。
裸足保育は朝飯前。
夏は園舎の裏にある海と浜辺で1日中遊び、冬は雪山で1日中遊ぶ。
お昼ご飯は、料理担当の方のアイデア満載の、季節の野菜や採れたての海産物をたっぷりと使った手作り。
子どもの脳に余計な情報を入れて、五感を育むのを妨げないよう、文字の読み書きは当然教えないし、キャラクターものや絵のついた衣服は着用させない。
子ども同士の喧嘩に大人が干渉しない。
日々のリズム運動で十分な粗大運動(両生類のハイハイ他多数)をする。
ロールマットで筋肉の強張りをほぐして血流を良くする。
当時小学校の中学年〜高学年の私が見ても、弟はすごい保育を受けているなと思いました。
私もそれなりに身体を作ってもらえた保育を受けていましたが、子どもの頃の弟は私とは身体の質が違いました。
当時のリズム運動の映像を見ても、弟の方が明らかに滑らかな動きをしています。
そうだ、あの保育園の実践を取り入れてみよう。
そのために現地で学ばせてもらおう。
思い立ったら吉日。
ダメ元で連絡を取ってみたところ、二つ返事で快諾いただけて、なんと三日間も現地の保育を参加型で学ばせていただけました。
すごい三日間でした。
リズム運動を学ばせてもらうつもりが、それだけではそこの子どもたちがすくすく育たないと体感できたことも良かったですが
その環境に飛び込んで同じものを食べて一緒に生活している内に、私までも中から作り変えられた心地がしました。
美味しかった昼食。
おやつ。
案内していただいた山。
冬季に子どもたちが雪道を毎日何往復もしてそり遊びする坂道。
現地で私と他の方とで一緒に撮ってもらった写真を見ると、私本当に自然と笑っています。
自然が気持ちよくて身体も緩んでくるので、意識しなくても笑顔になるのでしょうね。
こちらの保育園の子どもたち、みんな良い脚をしています。
ボヤッとした表情の子どもは誰もいない。一人一人の個性の輪郭がしっかりしている。
大人の自分の在り方が恥ずかしくなるくらい、子どもたちの目の輝きの強さや、真剣な表情に圧倒されました。
たくさんの学びと叡智を携えて、本来の自分の現場に戻ったものの
学んだことを実践に生かそうという目論見は、結果的には頓挫しました。
自分の職場で理解を得られなかったのと(理解を得られるようなプレゼン等々を私ができなかったせいもあります)、
日々の業務に忙殺され、そのことに手をつけられなくなりました。
コロたんの騒動で起きて
この社会のおかしさと、私たちヒトが本来どんな生活をするのが心地よいのかに気づかされて
あのとき保育園で学んで感じていたことは、外れではなかったと改めて思いました。
それと、あの保育園の実践を見てしまった時点で、私自身も知らなかった頃には戻れなくなったのだろうとも思いました。
何を食べるか、何を食べないか
自然の中で十分に遊べているか
大人の干渉がないか
その時点の発達段階では不要なものに触れていないか
スケジュールに追われていないか
昭和から平成、令和にかけて、便利になったなったとは言いますが
世の中に不要なものばかりあふれさせて、何が本当に必要なのかをわざと曇らせているようにも感じます。



