一般に、「鈍い」ということは、いけないことのように思われています。
実際、「あの人は鈍いよ」といわれるのと、「あの人は鋭いよ」といわれるのでは、天と地ほどの違いがあり、もし、鈍いといわれた人がきいたら、烈火のごとく怒るでしょう。
しかしあえて「鈍感」を大切にしたいと思います。
たとえばいま、外で夕涼みをしていて、露出していた二の腕を蚊に刺されたとします。 このとき、A君は慌てて蚊を叩き、追っぱらったとしても、そのあと痒くて掻くと、たちまち赤くなって腫れあがり、それでも掻いていると皮膚がただれて湿疹になります。 これに対して、B君は、軽く叩いて蚊を追っぱらったあとは、それ以上、とくに痒くもないらしく、平気な顔をしています。
この場合、あきらかに敏感なのはA君のほうで、鈍感なのはB君のほうです。 むろんこれは、蚊に刺された痒みに対してのことですが、B君のほうが肌が強くて、健康なことは誰にもわかります。 一方のA君の肌が敏感すぎて弱くて、傷つき易いことも明瞭です。
要するに、A君の肌は敏感で鋭いをとおりこして過敏ということになります。 こう見てくると、鋭いより鈍いほうが上で、優れていることが自ずとわかってきます。
スポーツ選手などはトップに上り詰めるには、ある意味必要な能力です。気持ちの切替が早い方が有利です。
一般の社会人、特に経営者にも不可欠な能力だと感じる。
人は強みでしか勝負できない。社会生活の中で苦手なことや失敗はたくさんある。反省はしっかりしつつ、いつあでも引きずらない鈍感力が大切だと感じる今日この頃です。