何かについて、
人が最悪の想像をするとき、
それはたいてい当たらない。
最悪の結果が待っているのは、
それを想像していなかったときに
限られている。
最悪の結果を想像できる時には、
イヤイヤながらも、
心の耐性レベルはアップする。
だから、何か起きても、
最悪と感ぜずにすむかもしれない。
けれど、
最悪を想像していない時には、
予期せぬ出来事が
最悪に、思えてしまいやすい。
わたしたちが過ごしている毎日において、
起きている、あのことも、このことも、
本当は、ちょっとした記号に過ぎなくて、
人が、それに、
むずかしい意味とか、シンプルな意味を
与えているだけかも。
それと同じように、
容姿やルックスでさえも、
あの人とこの人を区別するくらいの
記号でしかないものを、
人が、きれいだとか、
きれいじゃないとか、勝手に
言っているだけもしれない。
いろんなことの意味を、
深く見つけすぎるのは、
よくないこともある。
まったく意味をもたない、
ということはないだろうけど、
起きたことの意味を深く考えすぎて、
訳が分からなくなるよりだったら、
次にできることを考えた方がいい。
最悪かどうかよりも、
何ができるかが大切でしょうから。