クルマのCMと言う大きな仕事のパイを、簡易的に作ったカメラカーも増えて取分が減ってきた。
私は、何か付加価値を付けて仕事を増やさないと、今後の経営にも影響をすると思っていた。
新たな分野に先駆け、後発に引けを取らない位の技術を要する事と知名度も欲しいと感じていた。
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そんな分野を新たに自社で開発するより、既存の最高峰の技術を習得した方が近道だと考えていた。
その分野は動く被写体に対してカメラを取り付ける「Camera Rigging」が低予算で近道だった。
これはクルマにカメラを取り付ける事が、専門としてる分野の特殊技術でもある。
同じカメラカー業界ではなく、当社も別の分野のスペシャリストになる必要があるのだった。
カーアクション映画のビデオをTUTAYAから借りてきて、映画のエンドロールに出てくる「Camera Rigging」の名前を調べて行くと、様々な映画を担当する会社を数社絞り込む事が出来た。
「LA411」と言うアメリカの撮影業界電話帳で、会社に連絡をして技術提供して欲しい旨を伝えると、1社だけ「それだったら数週間後にハリウッド郊外で撮影があるから、見物に来ても良いよ!」と言う返事が貰えた。
ビデオのメイキングを見ると、私より20歳年上の男性がクルマにカメラを取り付ける作業が写っていたので、多分この男性が会う事が出来る人だと想像が出来た。
前妻は青学の英文科卒なので、二人で数週間後にロサンゼルスまで向かう事となった。
待合せの場所は、ロサンゼルス郊外にあるストックカー専用のレーシングコースだった。
その作品は、トニースコット監督作品、トムクルーズ主演の「Days of Thunder」だった。
カメラマウントをレーシングカーの室内2台、前輪ドア下1台、バンパーからの後輪下1台の計4台を取付けるのが担当で、これを制作側から「セットアップ時間はどの位だ?」との質問に、彼は「2時間で取付けられる」と返事をすると一人で作業に入ったのだが、当然私も手伝いをする事となった。
アメリカの撮影業界のスタッフは、ほぼユニオンに加盟している関係で、部外者は撮影には立ち会えないし作業をしてはいけない決まりがあるが、ギャラが発生しない私の場合は手伝いは出来る訳だ。
私も業界で仕事をしてる関係で、言葉は分からないが彼の仕事を見ていれば先が読める。
そこには、お互い経験のある作業なので、阿吽の呼吸が生まれるのだった。
この先に何が必要か分かるので、そのパーツを持っていくと「サンキュー」と言って取付けていく。
専門業者同士なので、言葉より見れば何が必要なのか見えてくる訳だ。
トムクルーズ本人が運転席に座り、カメラを取付けて微調整をしてスタンバイ完了した。
3日程で「Camera Rigging」担当の仕事は終了して、彼の自宅に招かれ私の趣旨を説明した。
50歳を超える彼は、25歳で独立して「Camera Rigging」を独自で開発して、撮影業界では上位の位置に君臨するスペシャリストでもあり、クルマ以外に飛行機や列車、自転車やバイクにもカメラを取付ける技術を持っている。
そんな彼から、「Camera Rigging」の機材を日本用に製作してくれる事になり、更に経験を積ませてくれる事になり、様々な映画やCM等の撮影に私を呼んでくれて現場を経験させて頂いた。
ギャラは一切出なかったが、これが経験となり高度な技術も習得できるようになった。
新しいカーボン製のカメラマウントも製作中で、お披露目も私を誘ってくれた程の関係になった。
この様な関係で、日本でも撮影に来ると私を助手に呼んでくれて現場に参加できる事となった。
「Kill Bill」もそんな彼との作品で、彼が製作してくれたマウントも使う事となった。
ある日、そんな彼から連絡があり「Shell Ferrari commercial」の仕事が入り、ニューヨークとブラジル・サンパウロに香港でその撮影があるので、手伝うお誘いが来たのだった。
その撮影は、F1のCM広告で世界中で使われるCMで、歴代の参戦したフェラーリのF1を公道で走らせるそうで、5番街からタイムズスクエアーまでの10区画を全て閉鎖する大規模な撮影だと言う。
このCMは、ローマから始りニューヨーク、香港、サンパウロ、モナコ、ローマと繋がる。
そこには、1950年代から2000年代の歴代のフェラーリF1を走らせる大胆な企画だった。
彼の仕事は、NYとリオデジャネイロ、香港での「Camera Rigging」の仕事だった。
NYでカメラを取付けるクルマは、1967年型312 F1で、クリス・エイモンがドライブした実車だ。
カメラの取り付け位置は、前輪の前側、スミス・クロノメトリックメーターのアップ、ハンドルのフェラーリマークのアップ、後輪の正面側でカメラを回転、ドライブシャフトアップ、エンジン後方と、困難を極めるカメラ位置に、彼も非常に悩んだが、撮影は日曜日の道路閉鎖30分で15分の交通解放があり、全ての撮影を午前中で撮影を終わらせなければいけない。
予め、倉庫でクルマにカメラ位置に合わせて、予めマウントをクルマに合わせて作って、それを本番で10分以内に取付ける担当と、前のシーンで終わった機材の取り外しを同時進行で行う必要がある。
カメラに写りこまないアングルでは、カメラ3台分をクルマに取付けて撮影に臨む事となった。
映像時間は、僅か2秒から3秒の映像なのだが、監督が拘るシーンで重要なカットだった。
仕事が終わり、そのまま彼と二人でリオデジャネイロのサントス海岸に向かう事となった。
クルマは90年代のF1でカメラ位置が、正面の主観にドライバー横のカットで1日で撮影は終了した。
海岸に居る人達は、全てマネキンで仕込んで水着や衣装を着させての撮影でした。
機内で次に香港の撮影があるのだが、彼は私一人に任せる事を提案してきたのだった。
日本から近い事もあるが、私を認めてくれた事も嬉しかったので了承する事にした。
アメリカではユニオンの関係で、ギャラを頂く事は出来ないが、香港であればギャラを頂ける。
翌週、私は全ての機材を持って一人成田から、香港に向かう事となった。
予め、香港でのシーンの絵コンテは見ていたので、カメラ位置も把握していたが正気心配だった。
香港では、1971年のフェラーリ312で、ジャッキーイクスがドライブしたクルマですね。
カメラ位置は、前輪後ろ、正面の主観とドライバーのアップ、ハンドルとシフトノブアップだ。
場所は、香港島の銅鑼湾と九龍のホンハムをつなぐホンハムトンネル内での撮影と、九龍の込入った商店街を走るシーンだったが、トンネルは閉鎖時間を15分単位で10分道路解放して、土曜日午前中と日曜日丸1日撮影が出来る事となった。
トンネル内では200キロ以上の本番さながらのスピードで、市街地での路肩の縁石に後輪を擦るのもフェラーリのテストドライバーが、5回目で何とかクルマにダメージが起きない様に配慮してのカットだった。
市内では、完全閉鎖してのドライブだが、カメラが車体よりはみ出てる関係で、停まっているクルマにぶつからないか心配していたが、何とか2回で素晴らしい映像を収める事が出来た。
CGが無い時代の撮影の仕事は、適材適所のスペシャリストが揃って撮影をする事となる。
Sellの世界的コマーシャル撮影に、参加できた事は今でも誇りに思っている。
そして、5年前に亡くなってしまった師匠にも、快く技術提供をしてくれた事を今でも感謝してるし、関わったフェラーリの歴代のエンジン音は、私の心の中でも今でも響いている。
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