妖精の町、ヴロツワフの町歩きの続きです。




ヴロツワフはかつてはモンゴル、ボヘミア王国、ローマ帝国、ドイツなどの占領下にあったため、
様々な文化的影響を受けており、また、文化遺産も豊富な町です。




こんなにウキウキする町歩きは久しぶりだわ♪



町のあちこちにヴロツワフ Wroclaw の頭文字「W」が刻印されています!
ゴミ箱にまで!徹底していますね~~




旧市街はカラフルでかわいらしい建物に囲まれております。
シャッターを押す手が止まりません!ペーさんカメラカメラカメラ




写真はミニチュア旧市庁舎。



実物大の旧市庁舎。
屋根部分の繊細な造りには溜息が出ます。昔の人々の技術力の高さには感嘆しますね。


現在こちらの旧市庁舎は市立美術館として一般公開されています。



なんと無料で見学できます! よっ!太腹っ!よ



一番目を引いたのはこちら↓


1942年の鉄のゲート。



こんな門が家にあったらなぁ~~。いかほどかしら?お金


ヴロツワフ、見どころが多いですが、残念ながら、昼過ぎの列車で次なる町へ
移動しなければなりません。
早めにランチができるお店を調べたところ、ポーランドの名物料理「ピエロギ」専門店を発見。



旧市庁舎の前にありました。
営業時間に注目。11:03~22:56。何でしょうね、この中途半端な営業時間は^-^;



店内は良い雰囲気。ピエロギは大き目で1人だと多いのでシェアがオススメ。
前夜ほぼ寝ていない我々の胃にはちょっとモタレましたが、
胃が元気であれば美味しく頂けると思います。たぶん。。。

ちなみに、夫は、これ以降、ポーランドでピエロギを食べることはありませんでした。。汗2
あまりお好みでなかったかな。

そうそう、このお店、何とアルコール類がないのです!
ノンアルコールビール(写真上中央)かジュースのみ!

餃子にはビールだ!と張り切っていた夫だったので、
これもまたピエロギ離れのひとつの原因であったのでしょう。。。たぶん汗




ヴロツワフの駅の中。列車チケットは当日でも買えます。
朝早く(5時頃)から窓口は開いていましたし、駅構内にあるファーストフードのお店も
軒並み営業しておりました。やはりポーランド人は働き者です。


ヴロツワフ、思ってた以上に素敵な町でした。
ここに宿泊して、もっとゆっくり町を歩きたかったほどですルン♪
誰にでもオススメできる町です。星5つほしほしほしほしほし

ボンジュール! 本日よりポーランド旅行記を再開したいと思います書くカキ×2


ワルシャワから夜行寝台列車に揺られまくり、


朝の5時過ぎ、まだ真っ暗中、ブロツワフのホームに降り立ちました。



ずいぶんと立派な駅舎です。(いま駅舎って言うのか?いや、私の世代でも言わないわな)


前夜に大量の雨が降った模様でしたが、幸いなことに雨は止んでおり
空も白けてきたので、日の出を見よう!と丘を目指してみましたが、
この街に丘はありませんでした!あへへ



気を取り直してどんどこ歩いていきましょう!少しずつ夜が明けていきます。


朝焼けのなか、教会がライトアップされていてとてもきれいでした。
6時くらいにはライトが消されました。早起きの特権ですね!



洗礼者ヨハネ大聖堂では朝のミサが始まろうとしているところでした。



続々と人々が集まってきています。人を見ると教会の大きさがわかりますね~~



朝焼けに照らされた美しい建物とスタチュー。


さっそく、第一村人ならぬ、妖精を見つけました!


街灯に掴まっていますよ。各妖精はそれぞれテーマを持っています。




とあるホテルにはグースカ寝ている妖精が。かわいい~ハート



こちらはカフェですね。左の妖精はクロワッサンを持っています!




左は公衆電話。ずいぶんリラックスして電話していますね~
右はライブハウスでした。粋な妖精ですね~



ATMの下にも(左)。銀行にも(右)



教会の妖精(左)とツーリストインフォメーションの妖精(右)



消防士妖精。疲れて休憩しているのかしら。



3人の妖精と記念撮影。「Bonjour!トゥルモンド!」





どの妖精も可愛くて街歩きがとっても楽しかったです♪




市内には200体以上の妖精がいるそうで、全ての妖精を見つけることはできなかったのですが、
私が見た中で一番チャーミングだったのはこの方↓



アイスクリームのお裾わけ。らぶりーハート



長くなったので、ヴロツワフ第2段に続きまーす!


おはようございます。
写真はテロから2夜明けた昨日、日曜日の空。
人々の深い悲しみとは相反し、空は憎たらしいほど澄みわたっていました。


パリ市や在仏日本大使館からは「外出は控えるように」との御達しがありましたが、
私の住むエリアは事件現場から離れていたせいか、


近所の公園にはいつもと変わらない数の人々が出没していました。
むしろ、いつも以上にいたように感じたのは気のせいだろうか。。。

ただ、閉園時間が16時に早まったので(いつもはこの時期は17時半閉園)、
早々に公園を追い出された市民たちは、近くのまだ開いている公園にゾロゾロと移動していました。
もう家に帰りましょうよ顔2 


事件後2日目といわず、事件翌日でも、私の住むエリアはいつもと変わらないように見えました。
スーパーも開いていたし、バスも動いていたし、車の往来も通常通りだったし。



でも、マルシェが軒並み休みだったり、



オーランド大統領の緊急会見を見たり、



現場に近いリパブリック広場に人々が花を手向ける映像を見たり、
事件の全容を特集しているドキュメンタリーを見たりしているうちに、
事件が他人事ではなく、自分の住む街で起こったことなのだと、
徐々に思い知らされてきました。


そして、日本の家族友人知人はもちろん、同じくパリに住む友人、地方に住む友人、
別の国に住む友人達からもメッセージをもらい、
自分が渦中の街に住んでいるのだということを実感しました。


それは、たぶん、私の友人知人が全員無事だったからというのもあるのかもしれないし、
私の住むエリアが事件現場から離れていたため、とても静かだったから
というのもあるのかもしれません。


今回の死者数(129名)からすると、友人知人が、もしくは夫が、私が、
事件に巻き込まれていてもおかしくはなかったハズ。

現に夫の同僚はフランス対ドイツの試合を観戦しにスタジアムに行っていたしね。。



“たまたま”事件現場もしくは現場近くにいた人が巻き込まれた今回の悲劇。

事件直後は、自分がパリに住んでいながらもどこか他人事だった事件も、
時間が経つにつれ、メッセージの数が増えるにつれ、徐々に恐怖が増してきた。

事件が起きたエリアは私もよく行くし、サッカー観戦だって行ったことあるし、
もし私が事件の起きた13日の金曜日に“たまたま”現場に居合わせていたら、、、、
“たまたま”夫がそのエリアで会食をしていたら、、、、
“たまたま”友人知人がそこにいてたら、、、


“たまたま”現場にいて亡くなった方々の家族友人知人は深い悲しみと共に
計り知れない悔しさも持ち合わせていると思う。



朝からフランスがシリアを攻撃しているとニュースが流れています。

やめてくれ。

これじゃあ、いつまで経っても“報復”のし合いだよ。
フランス政府も色々考えているんだろうし、無知の私には計り知れない戦略があるんだろうけれど、
「やられたからやり返している」という図にしか見えないよ。

これじゃあ、“たまたま”がいつか本当になってしまう可能性が高くなってしまうよ。




各テレビ局のロゴには黒帯がかかっています。


本日フランス時間の昼12時、日本時間の夜20時に1分間の黙とうが行われます。


どうかどうか、もう、“たまたま”の悲劇が繰り返されませんように。。。。

朝起きたら大変なことになっていました。



カミカゼアタックと報道されています。


我々は無事です。
冷静に状況を見ていきたいと思います。

ひとまずご報告まで。


ヂェンクゥイエン!
ポーランドよりパリに無事に戻って参りました~~ルフトハンザ
覚えた言葉は「ヂェンクゥイエン」(ありがとう)のみ!!

まだ思い出が鮮やかなうちにササッと旅日記を書いていきたいと思います書く


今回の旅程は4泊5日。時間を有効に使うため、ワルシャワ到着後、
そのまま寝台列車で別の街に移動することにしました。
飛行機という選択肢もあったのですが、乗り継ぎ時間のタイミングが合わず断念。

寝台なので出発時間は22時頃と遅め。ということで、
出発駅であるワルシャワ中央駅周辺を歩いてみました歩く



この日はあいにくの霧。
でも、この霧が街をとても幻想的に見せてくれます。

写真は文化科学宮殿。スターリンからの贈り物として建てられたものですが、
市民には評判が悪いらしい汗 私は国会議事堂みたいで悪くないと思うんだけれどねぇ。




違う角度からの文化科学宮殿。毎時15分だけ虹色ライトアップになるようです。
エッフェル塔のキラキラタイムみたいね。

しばし観覧したあとは、お待ちかねの夕食タイム!


事前に調べておいた面白そうなバルを目指して歩いていたのですが、


ビアホールという文字に夫も私も目が釘付け。
なぜなら、ポーランドは「隠れビール大国」と呼ばれているからです!ビール
誰がそう呼んでいるのかは不明!



これは別のお店。やはりビール樽(?)が置かれています。




そりゃあそうだ。隠れていないビール大国ドイツ、チェコに囲まれているんですもの!

し・か・も!お値段は1リットル2~3ユーロと安い!飲みまくるよ~~酔っ払い



こちらのカワイイお姉ちゃん(ポスター)と同じ制服を着た店員さんがお出迎え。
モデルのお姉ちゃんには敵いませんでしたが、無愛想でテキパキ働くお姉ちゃんが対応してくれました。




食事はジャンキーだな。お世辞にも美味しいとは言えないが、今宵はビールがメインだからOK牧場ビール


ビックラたまげたのはこちらのお2人↓


5リットルのサーバーを女性2人で飲んでいるのです!
しかも、ポーランド女性、なぜかビールをストローで飲むのですF!!!
これにはビックリしたわおののく
このビールにストロースタイルはポーランドのあちこちで見かけましたよ。なぜだ!?


初日からカルチャーショックを受けましたが、世界にはまだまだ知らないことが沢山あるものです。



こちらは24時間ケバブのお店。ポーランド人はよく働く。
夜遅くまで、もしくは24時間営業のお店がけっこうありましたからね。
日本だと当たり前の光景も、今やフランスリズムに慣れた我々には新鮮な光景でした。


そうこうしていうるうちに寝台列車が出発する時間が迫ってきました。
チケットは事前にネットで購入したのですが、システムがよくわからない。
個室で部屋を取ったつもりではいたのですが、ネット予約時に途中で
英語表記からポーランド語になってしまったため、当日まで不安は拭えなかったのです汗



ホームの案内板。英語表記もしるぶぷれ。

私達が右往左往していると、英語の堪能なポーランド人のおっちゃんが声をかけてきてくれ
色々と親切に教えてくれたので、やっとこさひと安心と相成ったわけです。



これが個室。料金は2人で約89ユーロくらい。
ほとんどの人がコンパートメント(6人部屋)か普通席利用だったため、個室車両はとても静かでした。


が、しかーーし、停車時の静かな車内とは相反して走行中の騒音(?)はひどかったあへへ
列車が古いのか線路が古いのか、脱線したか!?と思うような激しいガタつきと、
上下のバンピングに何度も起こされるハメに。。。ガーン!


まあ、それでもね、寝るしかありませんよ!



おやすみなさいませ!ぐーぐーZZZよだれ



なんて言ってるうちに、車掌さんのノック音で起こされる(起きていたけどね)@朝の4時半。



飲み物サービスがありました。

列車が目的地に着いたのは朝の5時過ぎ。眠い目をこすりながら、
いよいよ、妖精の像を探しながらの街歩きがスタートします歩く