ふてぶてしくなった娘 《完》-娘は自分と同一人物ではないということ- | ciamemo〜オーストリア・リンツより〜

ふてぶてしくなった娘 《完》-娘は自分と同一人物ではないということ-

長くなってしまいましたが、




の続きですので、

もし興味がある方は
上のリンクからも
ご覧くださいませ^ ^




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とは言いつつも
話は飛びますが、


去年から(日本の)テレビで
バイオリニストの高嶋ちさ子さんを
見かけるようになり、


彼女のお姉さんが
ダウン症ということも
ちさ子さんご本人の口から
度々出ているのですが、

それが本当にあっけらかんとしていて、
(もちろん色々とご経験されたのでしょうけど)

お姉さんも堂々と
テレビに出てらっしゃるし、

巷でいわれていところのダウン症や
それを取り巻く典型的なイメージも全くなく、


「物事というのは常に中立で、
自分自身がそれに意味を見い出している」


ということを
体現しているなあと
つくづく思ったのです。









というのも、


例えばタンタンが

「今日はお友だちと遊べなかった」

という話をするとき、

動揺することなく
その事実を受け止められるのですが、



同じ話でも
ぽぽちゃんの場合は
過剰に感情移入してしまい、


それを投影した

「可哀想なぽぽちゃん」

というレッテルを貼った彼女を
見ていたからです。






本人は無自覚でも、

「かわいそう」

と思われた自分自身の姿を
私を通して見ることにより、

彼女もそのイメージに
囚われていた可能性もあります。









昨日書いたような経緯で

やっとのことで
ぽぽちゃんのことを
冷静に見守ることが
できるようになったとき、


「ぽぽちゃんはわたしと同一人物ではない」

とやっと
自覚できたと同時に、


ぽぽちゃんの話に
自然と寄り添うことができるように
なってきたことにも
気がつきました。





また、
彼女の悩みに対しても、

そこから起こりえる将来の
不確かなことに対して
ネガティブなイメージを持つことより

「なんとかなるんじゃないかな」

というイメージの方に
思考が勝手にシフトするようになりました。






これは本当に楽!!笑





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私自身は

思春期の悩みは
全くといっていいほど
誰にも話せなかったので、

13歳になるぽぽちゃんが、

私に
自分の悩みや将来の不安など
セキララに語る姿に

不思議な気分というか、
毎回 驚いています。





でも、
語ってくれるということは、

少なくとも
私をそういう相手として
見てくれるんだなと、

子育てに自信のないわたしが、
唯一ホッとしていることでも
あります(笑)





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思いつくままに書き綴っていたら、
長くなってしまって
すみませんm(_ _)m





本当は
当時リアルタイムで書こうと思った
話なのですが、

あの頃は深刻すぎて
とてもそんな余裕は
ありませんでした(笑)





いつか落ち着いたら記しておこうと
思っていたので、

支離滅裂だけど
書くことができて良かったです。










オムツやミルク、寝かしつけなど
「お世話」に明け暮れていた
幼稚園入学までの時代、


私の手を少し離れ、
幼稚園や学校という社会に
足を踏み入れた時代、


そして、
基本的に私たちは余計な介入をせず、
本人のことは
自分で切り開いていくことを
見守る今、、、、、。






どんな時期にも
それぞれの大変さが
ありますが、

5年、10年後に

今日記したことを

どんな風に振り返られるのか、
楽しみです。







最後までご覧下さり
ありがとうございました!