ちょっとした言葉の使い方を変えてみるだけで、ものの捉え方が違ってきて、元気になれることがあります。

 

大学生のころ、授業の中で先生が

「受け身の言葉を使わないで、能動的な言葉に変えてみる」

と話されたことが、日常生活の中で今も活きています。

 

例えば、悩みの中で、「職場で先輩のAさんに意地悪された」ということがよくありますね。

それを、「私が~された」という言い方ではなく、「職場の先輩Aさんが意地悪をした」と言い換えてみる。

 

「意地悪をされた」と受け身の言葉で話すときは、私は「被害者」です。

腹が立って、悲しくて、どうしようもない気持ちでいっぱいになります。

 

でも、ここで、受け身の言葉を言い換えてみたらどうでしょう。

「Aさんが意地悪をした」。

そうすると、少し、ことがらと自分との間に余裕が出てきませんか?

 

もしかしたら、Aさんは、パートナーとうまくいっていなくて、むしゃくしゃしていたのかもしれない。

もしかしたらAさんは、目の前の自分の仕事が切羽詰まっていて、気持ちがいっぱいいっぱいになってたのかもしれない。

もしかしたらAさんは・・・。

 

でも、Aさんのために残念だなあ。もう少し柔らかい言い方をしたら、自分も周りも気持ちよく仕事ができるのになあ・・・

 

など。

どうですか?

自分は、「被害者」ではなく、どんなふうにも考えることができる自分、どんなふうにも振舞える自分に変わります。

この「受け身の言葉を言い換えてみる」という方法は、これまで、私自身にも、相談に来られた方たちにも、ずいぶん役に立ってきました。

 

今、連想したのですが、心理学の授業で見た「ルビンの壺」という図。

見方によって、一瞬にして、壺に見えていたものが、2人の人の横顔に見えてきます。

 

この「受け身の言葉を言い換えてみる」方法も、一瞬にして事態が違ったふうに見えてきます。皆さんも、よかったら試してみてください。参考になれば幸いです。